米ウーバー・テクノロジーズに創業初期段階で投資をして巨額の富を築いた著名エンジェル投資家、ジェイソン・カラカニス氏。数多くのスタートアップ経営者を見てきた同氏に、自身の生い立ちや子育てのエピソードを踏まえ、ゼロからイチを創造する人材の育て方を聞いた。

■お知らせ■

日経ビジネスの「オープン編集会議」プロジェクトでは、編集部と一緒に議論し、一部の取材にも同行していただく「オープン編集会議メンバー(第3期)」を公募します。詳細は記事最後の参加者募集概要をご覧ください。ご応募、お待ちしております。

オープン編集会議とは

読者が自分の意見を自由に書き込めるオピニオンプラットフォーム「日経ビジネスRaise(レイズ)」を活用し、日経ビジネスが取材を含む編集プロセスにユーザーの意見を取り入れながら記事を作っていくプロジェクト。オープン編集会議メンバーや取材協力者が選考に参加する、創業5年以下のスタートアップ起業家を対象にした「日本イノベーター大賞・日経ビジネスRaise賞」の候補者を募集している。

<span class="fontBold">ジェイソン・カラカニス氏</span><br> 米ウーバー・テクノロジーズの創業初期に投資をして巨額の富を築いた、米国を代表するエンジェル投資家。著名米VC(セコイア・キャピタル)の「スカウト」メンバーも務めるなど、米スタートアップ界のカリスマ的存在。投資を決めた起業家に対する面倒見の良さなどで知られる。(写真:陶山勉、以下同)
ジェイソン・カラカニス氏
米ウーバー・テクノロジーズの創業初期に投資をして巨額の富を築いた、米国を代表するエンジェル投資家。著名米VC(セコイア・キャピタル)の「スカウト」メンバーも務めるなど、米スタートアップ界のカリスマ的存在。投資を決めた起業家に対する面倒見の良さなどで知られる。(写真:陶山勉、以下同)

まず、なぜ、今回『エンジェル投資家』(日経BP社)という本を書こうと思ったのですか。

ジェイソン・カラカニス氏:いい質問だね。そもそも、私はライターで、ジャーナリストとしてキャリアをスタートしました。だから、常に本を書きたいと思っていました。しかし、これまでナンバーワンの専門家であると思ったことがなかったから、本を書いてこなかった。

 本を書くのは、その分野の専門家でないとダメでしょう。専門家でもないのに何百ページもの本を書いて、多くの人に時間を無駄にさせている連中がいる。私は、そうはなりたくなかった。

 だけど今、私はエンジェル投資家として、世界一になりました。だから、この本を書くのは私の義務だと思ったんです。皆さんに私の知識を共有してもらいたいからね。

世界一のエンジェル投資家になったから、そのノウハウを広く共有したいということですね。

カラカニス氏:そう。ソーシャルメディアの世界では誰もがインフルエンサーになりたがっている。特に米国ではね。要するに、みんなに専門家として認めてもらいたいんだ。しかし、専門家というのは、世界で一番のトラックレコードを持っている人のことを言うんだよ。エンジェル投資家の分野では、それが私が一番だよ。

 もちろん、かつてエンジェル投資家だった人の中には、私よりいいトラックレコードを持っている人もいるかもしれない。でも、今現在、積極的に活動しているエンジェル投資家としては私だよ。

著書の中で、誰もがエンジェル投資家になれる、誰もが金持ちになれるということを“アウトサイダー”に知ってもらいたい、といった趣旨のことを書いていますね。

カラカニス氏:私は、もっと多くの人に「投資」をしてほしいんだ。お金がなくても世界を変えるためにスタートアップを立ち上げてがむしゃらに働いているような人に、もっとお金が集まるようになれば、社会はもっと良くなると思うんですよ。

 だから、みんなにこの本を読んでほしい。特に、日本のお金持ちにね。世界を変えようとしている若い起業家たちにもっと資金が集まるようにする、それが私のゴールです。

 正直言って、私はこれ以上、お金は必要ない。だけど、読者が次の米ウーバー・テクノロジーズのような偉大な会社を見つけて、「ジェイソン、次のウーバーを見つけたよ」と教えてくれたら最高だね。

社会をよくするためには、なぜ、スタートアップにもっと資金が集まる必要があると考えているのですか。

カラカニス氏:政府が世界を良くしていますか。宗教が世界を良くしていますか。非営利団体が世界を良くしていますか。

 今のところ、起業家、そして資本主義こそが、世界を良くする最良のシステムであると、私は信じています。もしかしたら、将来、より良いシステムを誰かが考え出すかもしれませんが、現在は民主主義と資本主義こそ、すべての人の生活をよくする力があると思います。

 詐欺や犯罪といった欠陥も、もちろんあります。しかし、資本主義は人々にインセンティブを与え、民主主義がそのインセンティブを追求し世界を変える自由を与えるんです。

 最近では、こうした考えはあまり人気がありませんが、もっと資本主義と民主主義の力を信じるべきです。

必要なスキルなどわからない。子供は打たれ強く育てろ

最近では、テクノロジーがもたらす未来の変化に不安を感じている人も少なくありません。AI(人口知能)が多くの職を奪ってしまうのではないかといった不安です。特に、子供を持つ親は、どのような教育を授けるべきか悩みも多いと思います。エンジェル投資家として成功したカラカニスさんも、お子さんはいらっしゃいますよね。

カラカニス氏:ええ。娘が3人。30カ月の双子と、もうすぐ9歳になる長女です(インタビューした9月時点)。

娘さんにはどんな教育をしていますか。

カラカニス氏:まず、未来を恐れることはないよ。恐れるのではなく、準備をしておけばいいんです。将来にどんなスキルが必要になるかなんて、誰にもわからないのだから。

 しかし、想像することはできます。

 私が娘たちに教えているのは、柔軟で打たれ強くなれということです。「grit(勇気、闘志)」という言葉がありますが、まさにそれです。倒れても、立ち上がって、もう一度挑戦できるような人間になってほしいですね。

 それは、新しいスキルを学べる能力とも関係していると思います。

 娘が5歳くらいの時でしょうか。娘を連れてサンフランシスコの桟橋にカニ釣りにいったんです。娘がカニにとても興味を持ってね。サンフランシスコは中国人がとても多いのですが、桟橋でたくさんの中国人がカニ釣りをしているんです。

 その人たちのほとんどが英語を話せないのですが、娘は中国人のお年寄りたちのところに駆け寄っていって、どうやって釣っているのか聞いたんですよ。もちろん、会話にはなりません。

 だから、家に戻ってカニの釣り方を娘と一緒に検索しました。

 どうやって釣るのが一番いい方法か知っていますか。

子供にもっと自由を

小エビや魚の切り身を餌にするとか。

カラカニス氏:はずれ(笑)。腐った鶏肉です。もう、ねばつくくらいに腐った臭いやつ。それが一番釣れるとわかって、スーパーに鶏肉を買いに行って庭で腐らせて、それを持ってもう一回釣りに行きました。10杯も釣れましたよ。

 サンフランシスコでは、多くの親が見知らぬ人に話しかけるなと子供に教えています。桟橋は手すりもないですから、落ちたら危ないと桟橋にも連れていきません。

 私の娘は桟橋を走って行って、中国人のお年寄りたちに話しかけました。下手をすれば桟橋から落ちたかもしれません。しかし、私はむしろ、桟橋でカニ釣りをしている見知らぬ人に、自分から話しかけようとする娘を放っておきました。その経験が、とても大事だと思ったからです。

 仕掛けにカニがかかって引き上げようとしたとき、とても重いんですよ。「手伝って」と娘は言いましたが、私は手を貸しませんでした。カニを捕まえたいのなら、自分でやりなさいと。

 腐った鶏肉も触りたくないですよね。娘もはじめはそうでした。エビやイカの方がいいと。だけど、たくさん釣りたいのならどうすべきか、自分で選ばせました。

 子供の言うことに耳を傾ければ、自分自身のアイデアを持っているものです。親は子供に、自分が考えたアイデアはどんなことでもやってみていいんだということを、学ばせた方がいいと思います。

 子供を守ることは重要なことです。間違っていません。しかし、子供をもっと自由にさせ、打たれ強く育てるべきです。

子供にもっとリスクを取らせるべきだということですか。

カラカニス氏:ちょっとしたリスクはOKでしょう。

 娘は他の子と同じように、おもちゃもアイスクリームも大好きなんですね。あるとき、アイスクリームを食べたいとせがむから、ハイキングに一緒に行くなら1マイル(約1.6km)ごとに5ドルお小遣いをあげると言いました。大人でも絶対にクルマから出たくないような嵐のような大雨でしたが、ジャケットを羽織り、娘は5マイル(約8㎞)も歩き切り、25ドルを稼ぎました。

 親はもっと子供にチャレンジをさせるべきです。最近の子供は身の回りの世界を怖がりすぎます。恐れる必要はないんだということを、もっと教えたほうがいい。

銃、ドラッグ、ギャンブル……カオスの中で育った

あなた自身は両親にどのようにして育てられましたか。

カラカニス氏:ブルックリンの野蛮人の中で、サムライのように育てられました(笑)。6~7歳のころからバーで働き、12~14歳のころは朝4時までは働いていました。ケンカ、銃、ギャンブル、ドラッグ……。クレイジーなカオスですよ。そんな環境で育ちましたから、社会に出た時は余裕でしたね。

 でも、そんな環境で子供を育てることはお勧めしません。

そのような環境で育ったことは、あなたにいい影響を与えましたか。

カラカニス氏:いいえ。子供たちには、そんな環境に行くことは絶対に勧めません。犯罪だらけでしたし、本当に危険でした。バールで頭をかち割られて男が床に倒れるとか、そういうのを10歳で見ていたんですよ。そんな状況、想像できますか。

 幸いにも私は生き延びましたが、生存者バイアスというのがあって、修羅場を生き抜いた人は、そのような環境は問題ないと考えがちです。しかし、私は娘にそのような世界を見せたくありません。

 ただ、厳しい環境を生き抜いた人がとても打たれ強くなるというのは、確かにあると思います。しかし、何人かは生き残ったとしても、それ以外は犯罪者になったり命を落としたりするようでは意味がありません。私は生き残ったからといって、そのような環境に子供たちをさらすのは賢い選択ではありませんね。

子供にギャンブルはやらせるな

著書の中で「ノー・ギャンブル、ノー・フューチャー」と語っています。カラカニスさんは、どうやって“勝てる”ギャンブラーになったのですか。

カラカニス氏:規律と自己認識です。

 私は、自分がどんな環境で育ってきて、どんな人間かを理解しています。自分はサムライだから、かつては問題があれば、刀を抜いて問題を解決すればいいと考えていたこともありました。お金が必要だから、ギャンブルをやろう、といった具合にね。

 しかし、それは良い解決方法でありません。もし、刀を持っていて、ギャンブルのやり方を知っているのであれば、それをもっと知的に活用することができるからです。

 私はギャンブル狂にはなりたくありません。しかし、資金があって、自分に有利な状況でギャンブルができるのであれば、確実にお金を稼ぐことができます。逆に、規律なきギャンブルは、身を亡ぼすだけです。

 私は、ディールごとにうまくいくと考えた理由をメモにまとめ、あとでなぜそれが間違っていたのか、正しかったのかを読み返すようにしています。子供時代の経験から、自分にはギャンブラーの素質は備わっていると思いますが、そのすべてを大人になって発揮する必要はありません。むしろ、取捨選択していかないと、規律なきギャンブル狂になってしまいかねません。

 私たち大人は誰もが、子供時代の産物です。子供時代に経験した様々なことが部品のように組み合わさってできているのです。だからこそ、子供時代の経験の中で、何を大人として選択して生きていくのか、そして、何を自分の子供たちに引き継いでいくのか、その選択が非常に重要だと考えています。

 誰しも、子供時代に失敗したり、怖い思いをしたりした経験はありますよね。だから、大人になって自分たちの子供には過保護になりがちなんです。しかし、もっと自分とは何者かという自己認識をしっかりすれば、もっといい選択肢を子供たちに与えられるのではないでしょうか。

“摩擦“を取り除け

イノベーションを起こしていくには、ゼロから新しいマーケットを立ち上げられる人材を育てていく必要があります。ゼロからイチを創造するうえで、最も重要なスキルは何でしょうか。

カラカニス氏:起業家にとっては、従来の製品よりも10倍優れた製品を作ることです。継続的な改善も重要ですが、市場をひっくり返したいのなら、従来の何倍も優れた製品を作らなければなりません。ウーバーやエアビーアンドビーなどは、いずれもそれを実行しています。

 そのうえで、非常にシンプルな視点もあります。時間の節約、苦労の軽減、節約。一言でいえば、日々の生活における摩擦に気が付き、それを取り除く実行力です。

 例えばウーバーがやったことは、タクシーを呼ぶのに電話をして、配車係と話し、下車の際に運賃を払うという “摩擦”を取り除いたんです。ウーバーはこれらすべてをスマートフォンのアプリで実現しています。

シリコンバレーで活動する日本人起業家の内藤聡(Anyplace CEO=最高経営責任者)さんに投資していますね。

米Anyplaceの内藤聡CEO(最高経営責任者)。カラカニス氏から投資を受けた日本人。ホテルの空き部屋を中長期の“住居”として提供するサービスを展開している。
米Anyplaceの内藤聡CEO(最高経営責任者)。カラカニス氏から投資を受けた日本人。ホテルの空き部屋を中長期の“住居”として提供するサービスを展開している。

カラカニス氏:彼も同じです。住居にまつわる摩擦を取り除くことをしています。サンフランシスコで1カ月、家を借りようと思ったらいかに大変か。家具もインターネットのアクセスもテレビもない……。スティーブ(内藤氏の呼称)は、こうした不便をすべて解消するソリューションを提供しています。

※編集部注:Anyplaceはホテルの空き部屋を中長期の“住居”として提供するサービスを展開している。今後、アパートなどの空き部屋にレンタル家具などを揃えて中長期で貸し出すサービスも準備中。1カ所に定住しない新しいライフスタイルを求める人たちをターゲットにしている。

 スティーブはハードワーキングだし、とても賢い。私は常に、人に投資をし、ビジネスのアイデアはその次なのですが、彼に投資を決めた時もそうでしたよ。

【お知らせ】「第3期オープン編集会議メンバー」を公募します

日経ビジネスRaise オープン編集会議メンバー募集

■趣旨
日経ビジネスはイノベーションにまつわる様々な課題を議論し、解決策を探るために、オピニオンプラットフォーム「Raise(レイズ)」を活用した読者参加型のプロジェクト「オープン編集会議」を実施しています。

今回、新たにオープン編集会議にご参加いただく学生、社会人の方を20人程度募集します。第3期「オープン編集会議メンバー」に選ばれた方はお仕事に支障のない範囲で、日経ビジネスの記者とともに編集プロセスにご参加いただきます。テーマに対する各自の問題意識を持ち寄り、オンラインの「Raise」やオフラインの場で議論するほか、日経ビジネス編集部が設定する一部の取材にも同行します。議論や取材の結果は誌面に反映します。

好奇心と行動力を備えた、意欲ある方の応募をお待ちしております。

*過去のオープン編集会議メンバーの主な活動模様はこちら

■第3期オープン編集会議メンバー募集概要
テーマ 「ゼロイチ人材の育て方」

イノベーションを活性化するには、「ゼロからイチ」を創造する人材が欠かせないと言われます。一方、これまでの日本の学校教育や企業など組織の人材教育は、画一的な評価軸の下で実施されているケースが多く、イノベーションに不可欠な多様性を許容する環境とは相反するという意見も少なくありません。

スタートアップや大企業の新規事業の創出など、イノベーションの必要性が叫ばれる中、そもそも、イノベーションを起こしていく“ゼロイチ人材”はどのように生み出し、育成していったらよいのでしょうか。日経ビジネスのオピニオンプラットフォーム「Raise」のプロジェクト「オープン編集会議」で議論し、提言していきます。

>>Raiseオープン編集会議「ゼロイチ人材の育て方」
活動内容 日経ビジネスの編集チームとともに、オフライン・オンラインでの編集会議や一部の取材に参加していただきます。活動内容は日経ビジネスオンラインや日経ビジネス本誌記事(11月下旬)などで報告していきます。
  1. メンバーの初顔合わせとなる「キックオフ会議」への参加
    *キックオフ会議は10月26日(金)18:30〜20:00(日経BP社)を予定
  2. オープン取材(編集部が設定した取材先との座談会)への参加
  3. 日経ビジネスRaiseを使ったオンライン上での議論への参加
活動場所
  1. 日経BP社(〒105-8308 東京都港区虎ノ門4丁目3番12号)
  2. 取材先(主に東京都内)
  3. 日経ビジネスRaise
活動日程 10月中旬〜11月下旬
募集対象 「新しいモノ・コト」の創造に関心がある社会人や学生。過去に何か新しい製品やサービス、事業を立ち上げた経験がある方。人材育成や教育に関心がある方など。所属する企業や組織の規模・業種は問いません
募集人数 約20人
参加費 無料。移動にかかる交通費などは参加者の負担となります
選考基準
  1. 氏名、所属を日経ビジネス本誌やオンラインの記事、Raiseで公開できること
  2. オフライン、オンラインでの活動に積極的に参加できること
  3. 自己紹介(氏名、所属、経歴など)、参加希望理由、「ゼロイチ人材の育て方」というテーマについての意見
>>>応募する<<<
締め切り 2018年10月18日(木)23:59まで
選考結果 ご参加いただく方にのみ10月19日(金)までにご連絡致します
問い合わせ先 日経BP社読者サービスセンター
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