悪質なタックルを仕掛けた日大アメフト部の選手はたった一人で記者会見に臨んだ(写真:AP/アフロ)
悪質なタックルを仕掛けた日大アメフト部の選手はたった一人で記者会見に臨んだ(写真:AP/アフロ)

 日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題。タックルを仕掛けた日大の選手は、たった一人で会見に臨み、前監督や前コーチから指示されたという内容を詳細に述べた。その目的が相手選手に明らかに「ケガをさせてこい」ということを意味していたので、事態はアメフト部の指導方針や日大の対応を問題視するだけでなく、大学とはどうあるべきかを問われる大きな問題に発展している。

 これについては、前々回の当コラムでも取り上げたが、残念な状況が依然として続いている。私自身も連日テレビの情報番組に呼ばれ、次々と明らかになる事実を前にコメントを求められているが、まだまだ事態は収まる気配がない。5月29日には関東学生アメリカンフットボール連盟が日大アメフト部関係者と同部への処分を決定したが、警察の捜査は始まったばかりだ。唯一の救いは、ケガをした関西学院大学のQB(クオーターバック)の選手が、心配された後遺症もなく無事にゲームに復帰したということだろう。

 日大アメフト部の指導者や大学に対する不信感があまりにも大きくなってしまったので、ここまでどこのメディアでも取り上げていないのだが、私は会見に臨んだ日大の学生が頭を「丸刈り」にしていた(させられていた)ことが気になっていた。

 まずもってリーダーが発揮する指導力とその影響について整理しよう。人間は社会というものを形成して集団で生きていくのだから、その中でリーダー的な役割を担う存在が生まれてくる。これ自体は、決して悪いことではないだろう。リーダーが良い影響力を発揮して多くの人をあるべき方向へ導いていく。そのために周囲の人たちもリーダーに協力する。それは社会も会社も、学校も運動部も、みな同じ仕組みの中で機能している。問題は、その時にリーダーが発揮するリーダーシップ(影響力)のクオリティー(質)だ。

 

 その影響力を原始的な順番、あるいは質の低い順に並べれば次のようになるだろう。

暴力や恐怖 → 地位や立場の違い → 好意や善意 → 尊敬や憧れ

 

 私たちは、昔から「暴力や恐怖」で動かされる。時には国家体制そのものが暴力を肯定して恐怖政治を生む。私たちは、多くの場合「暴力や恐怖」の前に無力だ。

 

 私たちの社会や組織は、「地位や立場の違い」を作る。リーダーの中にはその地位を利用して、人に何かを命令する人がいる。地位の低い人、立場の弱い人はその指示を聞かないわけにいかない。

好意を抱けるリーダーには喜んで協力

 私たちは、相手に感じる好意やその人に対する善意として、リーダーの意向に沿った行動をとる。それは「暴力や恐怖」と違って問答無用に動かされるものではない。また相手の地位に従うのではなくて、自発的に動くものだ。

 私たちは、尊敬する人物のために自ら動く。憧れを抱くリーダーのために何とか役に立ちたいと思う。こうした影響力は、行使されるものではなく、それぞれの人が自らの中に感じる前向きなエネルギーだ。こうした人が数多くいる組織が活性化するのは、自明の理と言えるだろう。

 話を日大アメフト部に戻そう。悪質なタックルをした学生は、様々な形で暴力を受けていた。実際に監督やコーチに殴られていたかどうかは知らないが、理由の説明もなくゲームを干されたり、丸刈りを強要されたりするのは立派な暴力だ。最近出てきた情報では、日大アメフト部ではコーチの暴力が横行し、それを理由に多くの選手が退部したと報じられている。以前から暴力的な体質であったことは間違いないだろう。

 また監督やコーチという立場の違いから、理不尽な練習を選手たちに課してきたという情報も現役選手だけでなくOBからも出てきている。また前監督が大学の要職にいることも、コーチと選手が無謀な要求を聞いてしまう体質につながっている気がする。その地位が作る影響力である。

 「暴力や恐怖」
 「地位や立場の違い」

 日大アメフト部がこうしたものをベースに運営されていたとしたら、それはそのこと自体が惨事であり、所属していた選手たちもある意味では被害者と言えるだろう。

暴力体質が生んだ悲劇

 もちろん監督やコーチも選手から慕われたり尊敬されたりする部分もあっただろう。しかし、出てくる情報を見る限りは、この部の運営が極めて原始的な力学で動かされていたという気がしてならない。自分たちの選手にすら日頃から暴力的なのだから、相手選手への暴力にも鈍感なのは当たり前のことだ。この指導者たちに暴力が嫌悪すべきことだという感覚がなくなっている。それがこの問題の原点であり、真相と言えるのではないだろうか。 

 あの悪質なタックルは、日大アメフト部に恒常的にあった暴力的な体質が生んだ悲劇なのだ。

 このまま筆を置くのは、あまりにも悲しすぎるので、ある米大リーグ選手の直近のコメントを添えておこう。

 ニューヨーク・ヤンキースの抑えのエース、アロルディス・チャプマン投手がロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手との対戦(日本時間5月26日)について聞かれた。チャプマンは時速169キロの球を投げたことがある世界最速記録を持つキューバからの亡命選手だ。大谷との初めての対戦では、真っ向勝負。5球すべてストレートを投げて、ショートゴロに打ち取った。そのチャプマンが言った。

「彼のようないい打者と戦うために野球をやっている」

 相手をケガさせたり、ライバルがいなくなったりしたら、自分を輝かす場所がなくなってしまうのだ。

 

 そんなことも分からなくなった前指導者の罪は、あまりにも重い。

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