6月2日の日本経済新聞朝刊1面に、「世界の株、時価総額最高」という記事が載った。投資マネーが株式市場に流れ込み、5月末の世界株の時価総額が76兆ドルとなり、2年ぶりに最高を更新したという。

 牽引役は、アップル、グーグルの親会社であるアルファベット、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コムといった米国のIT企業だ。日経新聞もこの記事で指摘しているように、時価総額の上位には日本企業が全く見当たらない。1~8位が米国企業で占められ、9位にテンセント、10位にアリババと中国企業がランクインした。

 日本勢は全く振るわない。10年前(2007年5月末)は、10位にトヨタ自動車が入っていたが、今回は38位まで後退した。

 時価総額だけではない。今、最も投資を呼び込んでいるAI(人工知能)開発においても、日本勢は完全に出遅れてしまったと言っていい。

 なぜ、こんなことになったのか。

 今、僕はAIの取材を進めている。その中で、AI研究の第一人者である東京大学大学院工学系研究科の松尾豊特任准教授に話を聞く機会があり、「なぜ、日本はAI時代に出遅れてしまったのか」と尋ねた。彼の答えは以下のようなものだった。

 これまでAIブームは3度あった。1度目は1950年代後半で、2度目が1980年代だった。この2度目のブームは日本でも相当な盛り上がりを見せた。通商産業省は約550億円を投じて「第五世代コンピューター」を開発しようとした。

 しかし、残念なことに結局実を結ぶことはなかった。当時はインターネットが普及しておらず、ビッグデータを収集することができなかったからだ。

 松尾さんは、「あの時、もしビッグデータがあれば、日本がシリコンバレーのような存在になっていたかもしれない」と言った。そのくらい、当時の日本は政府も企業も闘志に燃えていたのだ。

 ところが、3度目のブームが到来した今、その炎は全く消えてしまった。松尾さんによれば、その原因は日本企業の構造にあるという。

60代の古い発想では波に乗れない

 AIは、スポーツと同じで20代半ばから30代前半の若い世代が中心に活躍する分野だ。それだけ柔軟な思考や発想を要するのだ。マイクロソフトの副社長だった西和彦さんを1980年代に取材した時、「マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏は、23歳という若さですでに活躍していた」という話を聞いた。若いからこそ自由な発想で活躍できるというのは、IT技術全般に言えることだろう。

 マイクロソフトのみならず、アップルのスティーブ・ジョブズ、グーグルのラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンも、みんな20代で創業し、経営の意志決定をしていた。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグも、ハーバード大学在学中にSNSサイトを立ち上げた。

 一方、日本企業の多くは、20代や30代には発言権が全くない。彼らがどんなに素晴らしいアイデアや技術を持っていても、意志決定をするのは50~60代という発想の古い世代だ。これではAI時代の波に乗ることは難しい。

 各社がこぞって技術競争をする分野では、新しい技術で儲けたら、その大半を使ってさらなる技術開発をしなければ置き去りにされる。それでまた儲けて、開発に力を注ぐ。そのサイクルをどんどん回して事業を広げていくのだ。日本企業は、残念ながらうまくシフトできていないように見える。

 松尾さんによれば、AIのブレークスルーは、人間の脳の神経回路を模した「ディープラーニング(深層学習)」にある。そこで彼は、ディープラーニングなどの技術で優位に立つベンチャー企業30社の設立に協力している。「30社が波に乗れば、日本は大きく変わる」と自信を持って話していた。

 問題は、技術者の確保だ。例えば今、自動車大手各社が自動運転車の開発をしているが、技術者は米国から集めなければならないという。国内だけでは、自動運転に必要なAIに詳しい技術者が足りないからだ。

 2年前、トヨタは自動運転車の開発を進めるために、シリコンバレーに新会社を設立した。ホンダも、アルファベットの自動運転研究開発子会社ウェイモと提携し、共同研究をしている。その中心はいずれも米西海岸だ。

AIで新たな仕事が生まれる

 AIは、どんどん実用化されていくだろう。その過程で、大きな問題があると言われている。それが雇用だ。

 2015年、英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授と、カール・ベネディクト・フレイ博士が、野村総合研究所との共同研究で「10~20年後には、日本で働く人の約49%の仕事がAIに代替される」と示唆した。

 さらに今、「シンギュラリティー」という言葉が注目されている。AIが人間の知能を超えることを意味する。2045年にはAIが人間の知能を抜き、その頃には人類の仕事の90%が奪われてしまうという見立てもある。

 AIは人類にとって味方となるのか、敵となるのか。

 世の中には人を怖がらせるのが好きな人間がいる。「AIの普及が雇用を奪い、招来を暗くする」という話は、そういった人たちの間で広がる偏った見方ではないかということだ。残念なことに、人を怖がらせたい人たちは、マスコミに多い傾向があると僕は見ている。

 一方で松尾さんは、技術を発展させていけば人類にとってプラスになると考えている。AIが敵になるという話は、あまりにもネガティブな見方ではないかと話す。

 1800年前後に英国で起こった第一次産業革命では、蒸気機関の発明によって多くの産業用機械が開発された。「機会に仕事が奪われる」と危惧した職人たちによる「打ち壊し運動」が起こった。ところが、結果的には産業革命によってほかの仕事が増え、職人たちが仕事を失うことはなかったのだった。

 松尾さんが「プラスになる」と語るのは、AIの進歩によって従来の仕事が減っていく一方で、新しい仕事も生まれていくと見ているからだ。

 では、AI時代では、どのように仕事と向き合っていけばいいのだろうか。

「好きなことしかしない」という働き方

 僕は先日、筑波大学の落合陽一助教とともに、同大学でシンポジウムのパネリストを務めた。彼はワークライフバランスという言葉に対して、「こんなものは古い」と言い切った。これからは、「ワークアズライフ(人生としての仕事)」という考え方を持つべきだという。

 つまり、「好きなことしかするな」ということだ。辛いと感じる仕事は辞めた方がいい。楽しい仕事をやるべきだと。極端なことを言えば、趣味も仕事も同じだという。

 また、堀江貴文さんも同じことを言っていた。先日、彼は「多動力」(幻冬舎)という本を出したが、その中で「我慢なんかするな」と述べている。一つのことをコツコツと続けるような時代は終わり、好きなことを好きなようにやればいいということだ。

 一見、それは落ち着きのないことのように見えるが、興味の湧いたものに手当たり次第取り組むことによって、どんどんアイデアが出る。この化学反応こそが、AI時代に向けての武器になるという。

 日本企業が付加価値の高い製品やサービスを生み出せなくなった原因は、チャレンジをしない「守りの経営」になってしまったからだと僕は思う。

 松下電器産業(現・パナソニック)の松下幸之助氏、ソニーの盛田昭夫氏、ホンダの本田宗一郎氏などの創業者たちは、皆、チャレンジ精神の塊だった。ところが、経営者が三代目、四代目になってくると、「攻めの経営」から「守りの経営」にシフトしてしまった。今、経営危機に陥っている東芝も、その原因は挑戦する精神をなくしたことではないかと思う。

 若い世代も安定志向が強まっている。先日、医療機関の会合に出席したとき、集まった大学病院のトップたちが、「留学する学生が減り、日本の医療レベルがどんどん落ちている」と口をそろえていた。

 昔は、大学医学部を卒業すると、医学の研究をするために留学する学生が多かったが、今は急減してしまったという。多くの学生たちは、医療技術の向上よりも、早く医者になって経済的な安定を目指すようになったからだ。

 以前も触れたが、最近の大学生が希望する進路の第一位は公務員だという。また、就職したい企業には条件が二つあり、一つは残業がないこと、もう一つはちゃんと休暇が取れることだそうだ。学生たちは、就職活動をする時、夜の10時に希望する会社に電話をし、社員が出たら「残業しなければならない会社だ」と判断して候補から外すという話もある。

 その一方で、変化を楽しむ若者たちもいる。僕はこれまで若い起業家たちを1000人以上取材してきた。彼らは、大企業で数年勤務した後に起業しているケースが多い。なぜ会社を辞めたのかと聞くと、一様に「ワクワクするような仕事をしたかったから」と答えた。大企業の仕事は、自分で意志決定ができないからワクワクしなかったと言う。

 彼らは起業することでアイデアを自由に実現できる土壌をつくり、革新的な事業で収益を伸ばしている。まさに、楽しみながら付加価値を生み出していると言える。ここから、AI時代に生き残る大事なヒントが得られるのではないだろうか。

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