非核化をめぐる米朝実務者協議はどのように展開していくでしょう。
ゴールドスタイン:非核化は現実的な相互主義に基づいてゆっくり進んでいくでしょう。相互主義が、非核化を前に進める方策なのです。相互に事を進め、信頼を醸成していくことが大事。
金正恩(キム・ジョンウン)委員長には、ぜひ最初の一歩を踏み出してほしいと思います。最初の一歩は核兵器ではなくミサイルに関わるものになるのではないでしょうか。朝鮮戦争に参加した米軍兵士の遺骨返還も信頼醸成に結び付きます。米国は、北朝鮮が取った行動を受けて相応の行動を取っていく。
非核化は米朝だけが進めるものではありません。多国間で進めるものです。冷戦期に米ソが進めたのは核「軍縮」で、これは米ソの2国間で実行できました。しかし、今回進めるのは完全な「非核化」です。これには関係国――米国と北朝鮮はもとより、日本、中国、韓国、ロシア――の合意が必要です。
日本には日本の役割があります。同様に、中国には中国の、ロシアにはロシアの役割がある。それぞれの役割がどんなものになるのか、まだ決まっていませんが。ちなみに中国による圧力は金委員長の背中を押しました。中国が制裁に加わったからこそ、金委員長は完全な非核化に向けて米国と協議することになったのです。
この一環で、米朝韓による3カ国協議や、中国を加えた4カ国協議が進展し、朝鮮戦争を終結させる平和協定が締結されると信じています。金委員長にとって平和協定の締結は重要です。体制保証の一部をなすものですから。
安倍晋三首相が金委員長と会談することにもなるでしょう。
ドナルド・トランプ米大統領は11月に行われる中間選挙の前に、有権者に対して成果を提示する必要があります。このことは、金委員長はもちろん、中国もロシアも知っていることです。だとして、中ロは非核化に協力するでしょうか。金委員長に対し非核化を遅らせるよう求めるかもしれません。もちろん金委員長がその影響を受けることなく行動するかもしれない。この点は、我々が今後解き明かさなければならない問題です。
平和協定が締結されるまで、どれくらいの時間がかかると見込んでいますか。
ゴールドスタイン:3~6カ月の間に実現するかもしれません。
それは早いですね。
ゴールドスタイン:短期間で進む可能性があります。米国が5月24日に米朝首脳会談をキャンセルしたあと、いかに急展開したかを思い出してください(関連記事「金正恩がゴルバチョフになる可能性を読む」)。
ゴールドスタインさんは、米国が北朝鮮に軍を送る可能性に言及されています。戦争のためではなく、北朝鮮が非核化する代償として、米軍が北朝鮮の体制を保証する。平和協定が締結されれば、この方向に進むでしょうか。
ゴールドスタイン:いずれ分かるでしょう。6月12日に行われた米朝首脳会談の冒頭、トランプ大統領と金委員長が二人きりで話し合いました。あの場で議題に上ったのです。
もし、そうなれば、北朝鮮が米国陣営に属すことを意味しませんか。
ゴールドスタイン:私はそこまで言うつもりはありませんが、可能性はあるでしょう。
一方で、北朝鮮が、韓国との軍事境界線(DMZ)付近に展開している通常兵器群を後退させることも考えられるでしょう。これに応えて米軍は軍事演習を取りやめる。
北朝鮮は102万人に及ぶ陸上兵力の3分の2をDMZの近くに展開しているとみられています。240mm多連装ロケットや170mm自走砲を配備し、何度も「ソウルを火の海にする」とすごんできました。
ビジネス投資が信頼を醸成する
ゴールドスタイン:現実的な相互主義に基づく行動は軍事的なものにとどまりません。経済的な行動こそ優先すべきでしょう。米日欧のビジネスパーソンが北朝鮮に行くのです。
民間が主導する“マーシャルプラン”を進めることで、北朝鮮は我々を信用するようになります。その時にポイントとなるのは与信です。これは、スターリン式の計画経済を改めるすべにもなる。
金王朝は市場経済に移行する決断をしました。我々はこれと歩調を合わせることができます。北朝鮮がいくつかの核施設やいくつかのミサイル施設を廃棄したなら、我々は投資で応じるのです。
ポンペオ国務長官に期待
トランプ政権は米朝首脳会談を決断した後、安全保障チームを改組しました。国務長官をレックス・ティラーソン氏からマイク・ポンペオ氏に、安全保障担当の大統領補佐官をH.R.マクマスター氏からジョン・ボルトン氏に替えた。ゴールドスタインさんはこれまでの安保チームを高く評価していました。新チームはどうですか。
ゴールドスタイン:バランスの取れた良いチームだと思います。ボルトン氏は強硬派、ポンペオ氏は現実主義者。そして国防長官にジェームズ・マティス氏がいます。
旧チームも良いチームでした。しかし、トランプ大統領との関係がうまくいかなかった。現行チームの方がより良いといえるでしょう。
中でもポンペオ氏が良い。
同氏は様々な視点を持っていますね。軍事、ビジネス……。陸軍や起業家を経験しています。
ゴールドスタイン:おっしゃるとおりです。加えて、インテリジェンスも分かっている。
CIA(米中央情報局)長官だったポンペオ氏が国務長官に就任したことで、この二つの機関が連携して動くようになりました。現在の米国は外交を進めるにあたって軍事力に依存しています。国務省を立て直し、CIAを立て直し、軍が軍事的な役割に専念できる体制を築く必要があります。
私は、ポンペオ氏のように実務的で頭の回転が速い人物が好きです。思い込みを持つことなく交渉に臨む。こちらの言いたいことを言うだけでなく、相手の話も聞く。北朝鮮との交渉では、こうした姿勢が必要です。
ボルトン氏については、多くの人が懸念を抱いています。
ゴールドスタイン:その点については役割分担があると考えています。ボルトン氏は欧州と中東をカバーする。同氏はアジアのことはよく知りません。多くの米国人がそうですが……。一方で、イスラエルには近い。米国の伝統的な保守ナショナリズムに近い立場にあります。それゆえ米国のリベラル系メディアは彼のことを好んでいません。だから彼もリベラル系メディアを批判する。
一方で、ボルトン氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領との関係を調整する力を持っています。人にはそれぞれ役割があるのです。
加えて、マティス国防長官にも注目すべきでしょう。彼の役割はユニークで、アンカーのようなものです。彼は「マッドドッグ(凶暴な野良犬)」と呼ばれますが、それは誤りです。彼の本質はまるで僧侶のような軍人であることです。8000冊の蔵書を所有する学者であることは有名でしょう。米国の初代大統領を務めたジョージ・ワシントン以来、博識な軍人がいるのは米国の伝統です。尊敬すべき人々です。
ウエストファリア条約の世界に戻る
国民国家(nation state)の役割が再び浮上すると主張されています。
ゴールドスタイン:はい、ウエストファリア条約が構築した、主権を持つ国民国家が中心となる体制に立ち戻る動きが進んでいるとみています。冷戦が終結して以降、2008年に経済危機が起きるまで、我々は国際機関が主導するグローバルガバナンスの方向に歩みを進めました。国民国家はその重要性を減じていった。しかし、その流れは変わりました。
国民国家こそが最も重要な存在なのです。経済運営においても、政治においても、です。よって、WTO(世界貿易機関)やNATO(北大西洋条約機構)も再構築する必要があります。トランプ大統領がやろうとしているのはそういうことです。
EU(欧州連合)が分裂することもあり得ますか。
ゴールドスタイン:そうは思いません。ブレグジットを機に改革が始まりました。
それまでは大変でした。ギリシャの債務危機を思い出してください。
EUは移民問題を乗り切れるでしょうか。移民の受け入れに対する意見のずれがEU内に深刻な溝を生んでいます。
ゴールドスタイン:ドイツが試されていますね。たいへんな状況になっています。これに対処する仕組みをどう作るか、知恵が求められている。その点は米国も同様です。
トランプ大統領がメキシコ国境に築こうとしている壁は有効な策でしょうか。
ゴールドスタイン:私が予測していたように、ついにメキシコに左派ポピュリスト政権が誕生しそうです*。同政権はNAFTA(北米自由貿易協定)からの離脱を辞さないでしょう。これも国民国家を重視する新しい時代の到来を示す一例です。ある人はこの状況をカオスと呼びます。
国民国家を重視する時代は「国民ファースト」の時代でもあります。仏思想家のシャルル=アンリ・クレレル・ド・トクヴィルは1830年代半ばに『アメリカのデモクラシー』をものし、当時の米国を次のように分析しました。人々の暮らしは市民の参加、市民文化の上に成り立っている。政府が存在するのは、統治する権限を我々が政府に与えたからだ。政府が私に、私の権利を与えたのではない。私が政府に、私を統治する権利を与えたのだ。いま再び、この考えが重視される時代が訪れています。
国民重視はもちろん大事ですが、トランプ政権の動向を見ていると、国民に受けることばかりを意識して、近視眼的、孤立主義的な政策に陥っている印象を受けます。国民ファーストと孤立主義を分かつのは何でしょう。
ゴールドスタイン:“孤立主義”というのは虚構です。国民ファーストを、グローバルガバナンス重視のイデオロギーに基づいて解釈した表現です。国民国家よりもグローバルガバナンスを重視する人々が、トランプ大統領のすることを、“孤立主義”と呼ぶのです。“孤立主義”というのはナンセンスです。米国が真の意味の孤立主義に陥ることは決してありません。
今の世の中、孤立してやっていける国はない。
ゴールドスタイン:おっしゃるとおりです。我々は統合されたグローバル経済の中で生きているのですから。ただし、このグローバル経済はそれぞれの国民国家によって運営されるべきものです。
この新しい時代は実体経済を重視する時代でもあります。FRB(米連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル総裁が6月28日、「実体経済に即して金融政策のかじ取りをするべきだ」と発言しました。これはウォール街中心の考え方を改めるということです。我々は2008年に金融危機を経験しました。それまで我々は、規制緩和に重きを置き、投機的な資金が拡散するのを野放しにしていた。この古いシステムは崩壊したのです。
国民国家と実体経済を重視する時代に日本はどうあるべきでしょう。
ゴールドスタイン:グローバルプレーヤーになってほしいと思います。米国と同等の責任を担う。実際に何を行うかについて同様である必要はありませんが。地球全体を見据えた責任を果たしていただきたい。経済や技術の面で日本は大きな力を有しています。特に環境技術には目を見張るものがある。70年代に石油危機を経験して以降、日本は最先端の環境技術を身につけました。
日本は国際社会に参加し、常に正しい行動を取ってきた。今は、それを全地球規模で展開するときです。
日本は国際社会に軍事面でも貢献すべきと考えますか。
ゴールドスタイン:もちろん貢献してほしいと考えます。日本はかつての帝国主義国家ではありません。民主主義国家なのですから。
そのためには憲法を改正する必要があります。
ゴールドスタイン:それは日本が決めることです。私は、私が理解する世界の姿をお話ししました。それをどう理解し、決めるかは、日本の問題です。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。