お金の流れの透明化

 今回の一件では、お金の流れについても透明ではありません。先に述べたように、政府から受注したのはパーソルプロセス&テクノロジーという会社で、それが日本マイクロソフトとフィクサーという会社に再委託されたと報道されています。

 しかし、一方でOSS版のCovid19Radarの開発はコミュニティーによって行われ、報酬は発生していないというツイートもありました(しかし、このツイートは後に削除されています)。

 これだけから見ると、政府からの発注を受けたパーソルプロセス&テクノロジーが自ら開発する代わりにOSSを納品し、開発費はコミュニティーに還元せず自分の懐に入れたというストーリーを「邪推」することもできてしまいます。

 しかし、私はこの邪推されたストーリーが真実だと考えてはいません。問題なのは、パーソル側が不当なピンはねをしたと邪推できる余地があること、それを否定できるだけの情報が公開されていないことだと考えています。

 パーソル側とOSSコミュニティーとの関係はどのようなものであったのかということが、概略でも公開されていれば、このような邪推の入り込む余地はなかったでしょう。

 透明性とはこのような不要な摩擦をなくすために欠かせない要素なのです。実際、WHOも接触管理アプリケーションの開発には透明性が欠かせないと述べています。

 仮にこのストーリーが真実であっても、心情的にはともかく、法的には問題ではありません。OSSの利用は原則として無料で自由です。

 Covid19RadarのライセンスであるMPLはその商用利用を禁じていませんから、このような利用の仕方はライセンス違反ではありません。全く合法です。

 ただ、MPLライセンスには改変の公開義務があります。もしCOCOAにCovid19Radarからの改変があればその部分を公開する義務がありますが、現状、COCOAのソースコードは公開されていません。パーソル側にCOCOAのソースコード開示要求を出した人もいらっしゃるようですが、原稿執筆時点ではまだ返答がないようです*1

*1 この点についてCOCOAは現状MPL違反の可能性が高いです。早急な改善が望まれます。https://blog.yugui.jp/entry/2020/06/20/095443参照。

 ライセンスに違反しないからといって、報酬をピンはねするような行為は、開発者に大変嫌われます。あるいは、パーソル側とCovid19Radarの開発者たちがMPLとは別のライセンス契約した可能性も考えられます。その場合は、MPL違反も邪推ということになってしまいます。そうだとしてもこの透明性のなさは、さまざまな問題や懸念を引き起こしています。

 そのような態度は開発コミュニティーへのリスペクトも感じられず、下手するとOSSプロジェクトそのものが瓦解する事態につながりかねません。将来、政府が再びOSSを活用しようとする際に開発者の協力が得られなくなるような事態も考えられます。

皮肉の抑止

 最後に今回の一連の件で痛感したのは、皮肉な態度の害悪です。

 批判的、あるいは皮肉な態度は、最も低コストで「いい格好」ができる方法です。誰かが見つけた欠陥や不具合をあげつらって、「そんなことじゃダメだ」というのは誰でもできます。手っ取り早く、自分は誰かを批判する偉い存在であると感じられます。それが錯覚であろうとも。

 しかし、そのような一時の快感のために焼け野原を作り出してどうなるというのでしょうか。それによって得られる快感は一瞬のもので、逆に批判される側は下手すると一生傷つくことになります。

 ここまで害悪がひどいと、人を傷つける発言を法律か何かで禁止したくなりますが、きっとそれはうまくいかないのでしょう。言論統制は簡単に全体主義につながります。私たちが欲しいのは心の平安であって、「1984」の世界ではないのですから。

 ですから、提案したいのは「生産的ではない、相手に対するリスペクトがない批判はカッコ悪い」という価値観を広めて回ることです。そうやって長い時間をかけてでも価値観をアップデートすることで不幸な状況を減らしていけるのではないでしょうか。

まとめ

 COCOAは新型コロナ感染流行を遅らせるための有効な手段となるべく開発されたアプリです。それがOSSとして開発されたことは素晴らしいことだったと思いますが、なにぶんみんなの経験値が低かったので、いろいろな問題も発生しました。特に透明性について課題があったと思います。

 この経験を糧にして、今後政府とOSSのより良い関係が構築できればよいと思います。また、ネットでの皮肉にさらされて傷つく人が少なくなることを期待したいです。

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