私はデータ分析や論理思考(ロジカルシンキング)といったビジネススキル研修を、プロの講師として様々な企業や団体で実施している。数多くの企業研修に立ち合った感想を言うと、受講している社員個々人の理解力には、どの企業にも大きな違いはない。

 ところがその先で、研修で学んだ新しいスキルをしっかりと組織的に活用して成果を上げている企業とそうでない企業の間に、はっきりとした差が出ている。多くの研修主催者や経営者が望んでいた「成果につなげたい」というゴールに反し、学んだスキルは一向に組織に定着せず、実行されないことに頭を悩まされることになる。これは私が教えているデータ分析や論理思考の分野に限らず、ほかの研修でもよく聞く話である。

 定着せず成果が出ない理由は1つではないだろう。それでも客観的な理由と背景を明らかにすると、次の一手や有効な策が見えてくることもあるはずだ。

 この特集ではデータ分析の領域において、個人や組織に研修などで学んだスキルを定着させて成果を上げるまでに起きる問題を3つの切り口で考えてみたい。「ご褒美が設定されていない」「試す時間が確保されていない」「上司が責任を負わない」である。これら3つの問題は、いわばデータ分析を阻む厄介な存在だ。1回目の今回は「ご褒美が設定されていない」に焦点を当てる。

社員にスキルを使わせるにはインセンティブが必要

 そもそも人はスキル(武器)さえ手に入れれば、自主的に使い始めるのだろうか。どんなスキルであれ、ないよりはあったほうがいいと誰もが思っているだろう。特にデータ分析は今や理系出身者だけのスキルではない。「売り上げが伸び悩んでいるのはなぜか」「あの店舗だけ好調な理由は?」「どの程度の頻度で故障が起きるのか、主な原因は何か」など、自分の仕事でデータ分析できるテーマはいろいろある。研修やセミナーに参加して、データ分析スキル(分析手法や考え方のプロセスなど)を習得できる機会があれば、「ぜひ参加してみたい」というモチベーションは多くの人が持っている。

 ところが学んだスキルを「使う」となると、全く別な動機やインセンティブが必要になる。そのことにどれだけの人が気づいているだろうか。

 そもそも個人や組織に新しいスキルを定着させて成果を出すまでの道のりは、決して短くはない。研修の翌日からいきなりパフォーマンスが上がるような便利なスキルなど存在しない。仮にあったとしても、それは大した価値を生み出すものではないと考えるのが普通だ。