6月21日、東京・千代田区にあるグロービス経営大学院の教室。児童虐待ストップを訴えるNPO代表者らの記者会見の壇上に、一人の女性の姿があった。村上絢さん。村上ファンドを率いる投資家・村上世彰氏の長女であり、自身もシンガポールを拠点に株式や不動産売買などを手掛ける投資家だ。2015年、父・村上氏が手掛ける株取引に絡む強制調査では、絢さん自身も調査の対象になった(2018年5月に告発見送りの決定が下された)。そんな彼女は日本の非営利組織の活動を資金面で支援する村上財団の代表理事という顔も持つ。2人の子どもの母でもある絢さんに、非営利組織を支援する理由と思いを聞いた。

(聞き手は日経ビジネス副編集長村上富美)

今すぐ動くべき問題に村上財団として、必要な活動資金を支援する (写真:大槻 純一、以下同)
今すぐ動くべき問題に村上財団として、必要な活動資金を支援する (写真:大槻 純一、以下同)

今回、このキャンペーン「なくそう!子どもの虐待プロジェクト2018」に村上財団として支援を決めた理由は?

慶應義塾大学法学部政治学科卒業。モルガンスタンレー証券会社債券部に勤務。その後、投資家として活動する傍ら、株式投資を通じて日本の上場企業におけるコーポレートガバナンスの必要性、徹底を訴える。高校時代はスイスに留学。海外の社会貢献活動の在り方にも影響を受ける。NPO法人チャリティ・プラットフォーム代表。村上財団の代表理事。
慶應義塾大学法学部政治学科卒業。モルガンスタンレー証券会社債券部に勤務。その後、投資家として活動する傍ら、株式投資を通じて日本の上場企業におけるコーポレートガバナンスの必要性、徹底を訴える。高校時代はスイスに留学。海外の社会貢献活動の在り方にも影響を受ける。NPO法人チャリティ・プラットフォーム代表。村上財団の代表理事。

村上財団理事長・村上絢さん(以下、村上さん):児童虐待の問題への対応や解決が、一刻も早くなされるべきだと考えたからです。基本的には、行政が動き、予算を確保して対策をとるべきだと思いますが、それには時間がかかります。けれど、今、この瞬間にも救いを求める子どもたちがいることを考えると、時間の余裕はありません。村上財団はファミリー財団であり、寄付や支援の決定を早急に下すことができます。こうした財団としての強みを活かし、対応を急ぐべき問題、行政が対応しきれない社会問題について、機動的に支援していきたいと考えています。

投資家である村上さんが、日本の非営利団体の支援をするのはなぜですか?

村上さん:そもそも日本社会全体の中で、お金が循環していないことが問題だと思っています。経済活動でもそうですが、お金は世の中を循環してこそ意義があると思うのです。私は投資家としての活動の中でも、例えば株式投資の場合、必要以上に内部留保が多い会社に対しては、設備投資など将来の事業のための投資に使う、中期的に有効な投資が見つからない場合には株主へ還元するなど、資金をため込まずに使うように求めています。ですが、日本の企業も家計も資金を必要以上にため込む傾向があり、資金が必要な非営利セクターには、資金が流れていっていない。日本全体におけるお金の循環を考えたときに、日本の上場企業が抱える問題を解決するだけでは足りず、非営利セクターにもきちんと必要な資金が流れていくことがとても重要だと思うようになりました。その結果、日本における非営利活動のあり方や支援の仕方について問題意識を持ち始めました。社会の隅々まで資金が流れてこそ、日本経済の持続的な成長につながると思っているからです。

非営利セクターにお金が回っていないと。それは、非営利団体の活動にも影響を及ぼしているとお考えですか?

村上さん:はい。日本では欧米に比べ寄付文化が根付いておらず、非営利団体の活動に資金が流れにくい状況があります。まず、個人からの寄付が少なく、ファミリー財団の数も少ない。欧米の場合には、例えばNPO・NGOと民間セクターや行政の連携が積極的に図られています。例えば、ソーシャル・インパクト・ボンド(行政が非営利団体などに社会的事業を担ってもらい、その資金を行政が民間から調達。事業の進み具合に応じて、行政が資金提供者に返済・利子の支払いなどを行う仕組み)の活用もどんどん増えています。2010年にイギリスで開始し、これまでに2億ドル以上の資金が調達されたと聞いています。一方で日本では、昨年初めての事例が生まれたばかり。

 このように資金が流れにくいという事情もあり、多くのNPOは行政からの委託事業を行って活動資金を確保していますが、それも決して多くはない。私は日本における非営利団体がより多くの寄付金を継続的に集めるためにも、ソーシャル・インパクト・ボンドのような資金の流れる仕組みを定着・拡大させていくためにも、非営利団体が創出する社会的価値をきちんと数値で公に示すことが重要だと考えています。そしてそれによっていろいろな仕組みを活用し、もっと個人を中心に寄付を増やしていくことで、非営利団体の数も活動の幅ももっと広げていけると思います。

いつから、非営利団体の支援をするようになったのですか?

村上さん:もともと父(世彰氏)が、2007年にチャリティ・プラットフォームという組織を立ち上げ、NPOなど非営利団体やプロジェクトの支援をしていました。

 チャリティ・プラットフォームでは500を超える団体の方々から直接話を伺い、非営利団体の活動の実態、どのような支援が最も必要なのかを調査しました。結果、「活動に必要な十分な資金が確保できない」ということが最大の問題点であると分かったのです。

 一方で、多くの人が寄付をしていないのは、「どこに寄付していいか分からない」ことが大きな理由であり、さらに「寄付をしても、自分に何ができたのか分からなくて継続していない」というケースが非常に多いことも分かりました。

 チャリティ・プラットフォームではまず、どんなNPOがあり、どんな活動をしているかをリスト化し、何か支援をしたいと考える人が、自分の考えに合致する寄付先を簡単に探せる情報サイトをつくりました。そして、団体側からは「いくらの寄付で何ができるのか、できたのか」を発信していただくように努めました。

 同時にチャリティ・プラットフォームとしても、様々な団体や活動に5億円規模の助成を実施したり、イギリスで最大のクラウドファンディングのサイトを日本へ持ち込んだり、企業連携型のチャリティ・キャンペーンを実施するなど、日本に寄付文化を根付かせるために中間支援組織として活動しました。その後、2016年にファミリー財団として村上財団を創設し、現在、よりダイレクトなNPOの支援に取り組んでいます。

村上財団はどんな視点で寄付先を選んでいるのでしょうか。

村上さん:今回の虐待防止キャンペーンもそうですが、現在は女性と子どもに関する分野が中心です。一つには自分も女性であり、子育て中ということもありますが、日本の現状を考えると、労働力としての女性を確保していくために、最もボトムアップしていかなくてはならないフィールドだと思うからです。具体的な支援実績としては、障害児保育園の開園に関わる費用やブラック校則を見直す活動、養育費不払いをなくすために尽力する団体など、12の団体やプロジェクトを支援してきました。

<村上財団の支援実績=抜粋>
生活が厳しい家庭に食品を届けるプロジェクト。東京都文京区で取り組みをはじめ、全国への展開を目指す。村上財団は初動資金を寄付。
生活が厳しい家庭に食品を届けるプロジェクト。東京都文京区で取り組みをはじめ、全国への展開を目指す。村上財団は初動資金を寄付。
困難な環境にある子どもの学習支援を展開するNPO法人キッズドアが実施した『U-25 TOHOKUソーシャルビジネスコンテスト』を支援。
困難な環境にある子どもの学習支援を展開するNPO法人キッズドアが実施した『U-25 TOHOKUソーシャルビジネスコンテスト』を支援。
NPO法人フローレンスが開設した障害児保育園ヘレンの運営資金を支援。
NPO法人フローレンスが開設した障害児保育園ヘレンの運営資金を支援。

ちなみに財団の原資は? また、寄付金額に目安などはあるのでしょうか。

村上さん:固定した原資のようなものはなく、案件に対して必要な金額をその都度協議し、投資活動から得た利益を寄付をする形をとっています。

 一回の寄付は100万円の時もあれば数千万円の時もあります。支援に関して決めている金額は特にありません。支援させて頂きたい団体とのコミュニケーションを通じて、寄付の金額を決めさせていただいています。例えば、設立したばかりの団体に、事業が軌道に乗るまでの計画を教えていただき、そこまでにかかる費用を支援させていただいたこともあります。

ロビーイング活動を支援していきたい

女性や子どもに関する分野への支援が多いということですが、寄付金の使い道や、活動内容については重視するポイントはありますか?

村上さん:私たちが支援する際に重視するのは、まず、考え方や信念に共通するものがあること。またロビーイング活動など、きちんと声を上げて世の中にインパクトを与えていく活動を行っているかどうかも判断材料になります。すべての寄付も支援も、「知る」ことから始まります。声を上げて世の中の一人でも多くの人に問題を知ってもらうことが、非常に重要だと考えています。

支援がどんなインパクトを与えたか、結果もチェックするのですか?

村上さん:これまでの日本での寄付の形は、お金を渡したら終わりで、そのお金の使われ方や効果について検証するということがあまり行われてこなかったと思っています。けれど、それでは支援者と団体の関係が希薄で、継続した支援などに至らず、非営利セクターが発展していかないと思うのです。

 企業の場合、ROE(株主資本利益率)のような指標があり、明確に事業の成果を数値で示すことができます。一方で非営利組織の場合、成果を数値で表すことが難しいこともあり、寄付者も成果報告などを求めてこなかった。しかし、今後は団体が、寄付に対する成果に責任を持ち、寄付者には資金がどのように使われてどのような効果があったのかをきちんと報告する、そういう意識を持つように変わっていくべきではないかと思っています。

 ソーシャル・インパクト・ボンドに注目するのもそうした理由です。事業を遂行して成果を上げることで資金が支払われる、という前提ならば、引き受けた団体は結果に責任を負うことになります。

物言う株主、ならぬ、物言う支援者ということでしょうか?

村上さん:非営利組織が手掛ける事業は、人の命や人権など、行政の手がなかなか届かない分野が多い。成果についても数値化しにくい分野だと思いますが、それでも寄付を使ってどれだけの人を救えたか、寄付をした人が「自分の支援が何につながったのか」というイメージを持てるような、活動の結果や成果、経過を支援者に伝えることは重要だと考えます。

 ふるさと納税のように、一般の人が税金の使い道を選んで寄付をする場合も、その結果が問われるのではないでしょうか。

非営利団体としても、寄付の結果に責任を持つことで、経営感覚というか運営感覚を磨くことにつながりそうです。

村上さん:私は非営利団体の活動内容については、その団体の方ほど詳しくないですし、実際に活動をすることはできないのですが、団体の活動が大きくなっていくために、資金的な面でのアドバイスなどでも貢献ができるのではないかと思っています。

父、村上世彰氏の影響と裁判

株式投資でも、非営利団体の支援でもお父様の影響が大きいようですね。

村上さん:仲良しですね。父の本にも書いてありますが、父は、家族で外食に行くと子どもたちに今日の食事代がいくらか答えさせて、当てた人にお小遣いをくれるんです。それも毎回、毎回なんです。対価として高いか、安いか、「モノの値段」について考えさせたかったのかなと思います。おかげで数字に強くなりました。

そんなお父様が村上ファンドの一件で、大きな注目を浴びた時はどんなお気持ちでしたか?

村上さん:ちょうど父が話題になったころ、私は高校生でスイスに留学をしていました。留学先の高校は、テレビも新聞も禁止だったので、そんなに大騒ぎになっているとは知らずにいました。帰国するときに飛行機の中でニュースを見たら父が出ていてびっくりしたくらいです。私は5月に帰国し、その直後の6月に父が逮捕されました。

日本で一番、村上ファンドの事件を知らない人だったかもしれませんね。

村上さん:そうかもしれません(笑)。でも、裁判はすべて傍聴しました。

来てほしいと言われたのですか?

村上さん:いえ。大学に入る前で時間がありましたし、行くのは当然だと思っていました。

大学卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社したのはなぜですか? 証券業界を選んだのは、お父様の影響でしょうか?

村上さん:父の地裁判決が出たのが私が大学1年の時で、高裁判決が3年、最高裁判決が大学4年のときでした。父を悪く言う人も多い中、証券会社には、父の主張は正しいという人も多かったのです。そこで自分の目で金融という世界を見て、何が真実なのか知りたい、と思い証券業界に就職をしました。

退社後に投資活動を始めて黒田電気などへの投資が話題になりました。2015年には強制調査が入りましたね。

村上さん:産休中で仕事をしていなかった時期であったため、まさか私が嫌疑対象者になるとは思いませんでした。結局2018年5月に告発見送りが決定したのですが、黒田電気の案件などで、目立ってしまったことが原因だったのかなと思います。

(編集部註:強制調査の直後に絢さんは妊娠七カ月でお子さんを死産。そのショックもあり、生活の場をシンガポールに移した)

資金が社会の中で循環すれば、日本はもっと良くなる

村上ファンド裁判から今日まで、絢さんの目から見て、日本は変わりましたか?

村上さん:投資の面で言えば、変化していると思います。コーポレートガバナンス・コードも導入され、株主の意見が尊重されるようになりました。1990年代には5%と言われた外国人投資家の比率も35%に高まったと聞きます。

絢さんからご覧になると、村上世彰氏は、どんな人物ですか?

村上さん:父はもともと経済産業省(在籍当時は通商産業省)出身であり、日本に貢献したいという思いが強いのではと思います。父がファンド時代からずっと唱えている「日本の上場企業へのコーポレート・ガバナンスの浸透」についても、通産省時代に「コーポレート・ガバナンスを日本に浸透させる」担当となったことがきっかけだったようですが、その時に「これこそ日本の将来のために絶対に必要なことだ」と強く感じ、その思いに動かされて今日まで投資活動をしてきたと言っています。

 対して私は、高校時代に留学し、友人も外国人や外国居住の人が多いせいか、「日本」に対する思いにおいては、父とは少し感覚が違うように感じています。

では、絢さんが、それでも日本の非営利組織を支援する理由は何でしょうか。

村上さん:日本を見ていると、もったいないと思うからです。ようやく政府の主導によって内部留保の問題や労働生産性や労働人口の問題などが認識されてきていますが、まだまだ上場企業や非営利団体を含む資金循環が十分になされているとは言えません。でも、それが実現すれば、この国はもっとよくなると思っています。

 ただ、社会全体を変えていくにはまだまだ時間がかかると思います。だからこそ、村上財団として非営利団体を支援することで、今、この国が取り組むべき問題、一刻も早い対応が急がれる問題の解決に貢献したいと考えています。

■訂正履歴
記事のリード部分で「強制調査では、絢さん自身も捜査対象に」とあるのは「調査対象」の間違いです。お詫びして訂正します。記事は修正済です。 [2018/7/2 7:00]
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