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 「我が国のデジタル変革への取り組みは大きな遅れをとっている。変化の速度が極めて速い中で、現在の遅れが将来取り返しのつかない競争力格差を生み出すことにつながることを我々は認識する必要がある」。これは日本政府の文書だが、誠にごもっともである。ただし本物の文書を私が少し改変している。読者の皆さんはどこをどう変えたかお分かりになるだろうか。

 答えは冒頭の「デジタル変革」だ。原文では「IT革命」と記している。実はこの政府文書は「e-Japan戦略」である。18年前の21世紀初頭、2001年1月に出された国家レベルのIT戦略(今風に言えばデジタル戦略)を示したものだ。Twitterでのやり取りでフォロワーの人から、e-Japan戦略を今読むと趣深いと教えてもらい、改めて読み返してみて、この一文に出会った。

 思わず笑ってしまった。本当は笑えない事態なのだが、もう笑うしかない……と言ったほうがよいだろう。何せ、この一文は18年後の日本の今を完璧に予言している。日本や日本企業が世界の「IT革命」に乗り遅れた結果、今や米国、そして中国などのIT(デジタル)先進国に、日本は取り返しのつかない競争力格差をつけられてしまったからだ。

 2001年以降、米国では直前のネットバブル崩壊を乗り越えたアマゾン・ドット・コム(Amazon.com)やグーグル(Google)がクラウドサービスを生み出し、アップル(Apple)がiPhoneを世に送り出し、フェイスブック(Facebook)が誕生してSNSを普及させた。その後、ウーバーテクノロジーズ(Uber Technologies)など新興IT企業が続々と誕生した。そして中国や東南アジア諸国などでも、米国企業のITビジネスを完全コピーしたIT企業がグローバル企業に成長しつつある。

 で、日本はどうかと言うと、ただただ下を向くしかない。実は1990年代後半には日本でもネットビジネス(今風に言うとデジタルビジネス)の取り組みが盛んだった。楽天をはじめとする新興IT企業が続々と誕生したし、日本エアシステム(現・日本航空)が世界に先駆けて航空券のチケットレス販売を始めるなど、既存企業もそれなりに頑張っていた。だが、e-Japan戦略を発表した前年のネットバブル崩壊で全てが暗転した。

 今思い出しても涙、涙である。楽天など一部は生き残ったが、多くの新興IT企業がバタバタと倒れた。既存企業の間でも「ネットビジネスは所詮虚業だ」などと言って、EC(電子商取引)などから手を引く既存企業が続出した。ちなみに日本政府の取り組みはどうだったか。e-Japan戦略では「2003年までに、国が提供する実質的にすべての行政手続きをインターネット経由で可能とする」とあるから、こちらもやはり笑うしかない。

 悪い事は重なるものである。企業のIT部門も例の「2000年問題」の取り組みが一段落するとやることがなくなってしまった。で、多くのIT部門で要員が大幅に削られてシステム開発能力はもとより保守運用能力も失い、ITベンダーへの丸投げが常態化するようになった。ハードウエアが売れなくなってきたコンピューターメーカーも含めITベンダーがこれに食い付き、日本のIT業界は人月商売を主たる業務とする労働集約型産業に落ちぶれていった。