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 厚生労働省は2020年6月19日、新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」を公開した。これは海外で「コンタクトトレーシング」として利用されているアプリで、スマートフォン(スマホ)のBluetooth機能を用いて、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染陽性者との接触を匿名で把握できるようにするものだ。報道などで取り上げられてアプリ自体を知っている人は多いだろう。だが、日本でこのアプリを作ったのが、かつて日医標準レセプトソフトORCA)を開発していたプログラマーであることはご存じだろうか。

6月19日に公開された、新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」。他国のアプリと異なり、個人情報は国には何も登録しない。

 接触確認アプリの仕組みはこうだ。まずインストールの際に個別の認識番号を割り付ける。Bluetoothには電波の強さを使って互いのおおよその距離を計測する機能がある。この機能を用いて、アプリをインストールしている同士で近づいた際にはその情報を2週間記録しておく。記録するのは接触した日時と距離、回数、累積接触時間だ。連絡先や位置情報などは記録せず、個人情報は取得しない。アプリ利用者がSARS-CoV-2陽性になった際、厚労省のサーバーにその旨を登録すると、半径1mの距離で15分以上接触した人がアプリで確認した際に接触歴を確認できる。いずれにせよ、位置情報は記録せず、個人情報はサーバーなどにまったく登録されず、自身が望まなければ陽性者のとの接触についても無理やり知らせられることもない。

 国内では複数のグループの手で同様のアプリが開発されていたが、GoogleやAppleが「1国1アプリ」という方針を示したことから、国のアプリとして提供されることになった。だが、このアプリは国が1から作ったものではなく、「COVID-19 Radar Japan」というボランティアのプロジェクトによって骨格が作られたものだ。このプロジェクトを立ち上げたマイクロソフトの廣瀬一海氏とは、筆者は17年前に知己を得ていた。現在、マイクロソフトでクラウドシステムのエンジニアとして働く廣瀬氏だが、2003年から2005年にかけて日医総研に所属しており、ORCAや医見書、給管鳥などの開発にプログラマーとして携わっていた。筆者は以前所属していた媒体でコンピューター系を扱っていたことから、「Debian」というマイナーなLinux OSを採用していたことに興味を持ち、いろいろと話を伺っていたのだ。

 当時、ORCAがDebianを採用したのは、「すべてがフリーであるため」だった。「ソースコード」と呼ばれる、通常は隠されているプログラムの本体そのものが公開され、自由に改変できるようになっている。そのため、問題があればすぐに誰でも修正できるし、希望する仕組みの追加もできる。今回のアプリについても、廣瀬氏はORCAの開発と同じことにこだわった。「医療に用いるアプリケーションの透明性はソースコード自体を開示することで担保できると思った」と廣瀬氏。また、実際にプログラムをきちんと書くのは10年ぶりのことだったという。

 廣瀬氏は3月中旬、シンガポールで開発された『TraceTogether』という新型コロナウイルス接触確認アプリを見て、日本版の開発を決める。廣瀬氏はこのアプリにCOVID-19だけでなく、広く麻疹などの感染症でも使える可能性も感じていたという。ただ、行動履歴だけでなく電話番号も取得するシンガポール方式のままでは日本では受け入れられないと感じ、独自のソフトが必要になるだろうと考えた。当初は廣瀬氏1人で作っていたが、3月末にAppleとGoogleが各国の承認を求めることを決めたことを受けて方針を転換。マイクロソフトが社外で技術情報の発信やオープンソースプロジェクトへの貢献度が高い人を表彰するMVPの受賞者を中心にデザイナーやエンジニアを巻き込んだ。

 「オープンソースでソフトウエアを開発する際、最初からデザイナーが参加するのは珍しい。ただ、廣瀬さんが個人で開発しているというのを見せてもらったらば壊滅的で」と福岡県のスタートアップ企業で働くデザイナーの松本典子氏が笑えば、日本にいる外国人も使えるようアプリの外国語対応を進めた静岡県の教育企業で学習アプリ開発を手掛ける竹林崇氏も「いつものオープンソースソフトフエアのプロジェクトと思って軽く参加したが、気がついたらどっぷりとプロジェクトに関わっていた」と話す。最終的にはシンガポールや香港などからも参加者が集まり、テストに対する協力者も含めると260人以上のメンバーによって開発が進められた。「医師から見れば、『医療の専門家ではないでしょう』ということかもしれない。だが、私自身昔とったきねづかがあったし、さまざまな専門家の力も借り、医療機関の個人情報に関するガイドラインなどきちんと考えて作っている」(廣瀬氏)。

 濃厚接触者を簡単に追えるようになれば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の第2波が来ても、封じ込めは効率的に進むだろう。ただ、既にあちこちでも報道されている通り、このアプリは6割以上の人がインストールしなければ意味がないと言われている。海外でも十分な数のインストールが進んでいるわけでもないようだ。

 ORCAを作ったプログラマーが医療現場に役立てるため、現場の目線からORCAの哲学も生かしながらボランティアで作ったアプリ。アプリが公開された今、そのバトンを受けて広めるのは医療者の役割でもある。

■お断り(2020/06/21)
・本文中で、Debianを「マイナー」と表現していますが、これは現在の評価ではなく、Redhat系が主要ディストリビューションだった20年前時点における記者の評価です

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