激しさを増している貿易戦争が、トランプ大統領の強硬姿勢と中国の手詰まり感から早期の解決も見通せないでいる。だが、注意すべきは事態がトランプ大統領主導の「貿易戦争」から議会主導の「経済冷戦」へと深刻化している点だ。

米中関係は貿易戦争から経済冷戦へ(写真:AFP/アフロ)
米中関係は貿易戦争から経済冷戦へ(写真:AFP/アフロ)

 米中の関税の応酬による貿易戦争は第2幕を迎えた。8月23日に双方が160億ドル相当の輸入品に25%の追加関税を発動した。9月にはさらに米国は2000億ドル相当、中国は600億ドル相当の輸入品に追加関税を課す構えだ。

 貿易戦争は激しさを増しており、トランプ大統領の強硬姿勢と中国の手詰まり感から早期の解決も見通せないでいる。

進展がなかった、事務レベル協議の裏側

 8月22日、ワシントンで行われた事務レベル協議も何ら進展がないまま終わった。これは協議前から当然予想されていた結果だ。元々、この協議は中国商務次官が米国の財務次官と協議を行うという変則の形となった。中国側の発表では「米国の要請で訪米する」とのことだったが、これは中国特有のメンツを守るための発表で、実情は違う。米中双方の思惑はこうだ。

<米国側>  トランプ大統領としては中間選挙まではこの対中強硬姿勢を続けている方が国内的に支持される。今、何ら譲歩に動く必要がない。しかも、米国は戦後最長の景気拡大で、余裕綽々で強気に出られる。

<中国側>  習近平政権としては、対米強硬路線が招いた今日の結果に国内から批判の声も出始めており、それが政権基盤の揺らぎにつながることは避けたい。対米交渉の努力を続けている姿勢は国内の批判を抑えるためにも必要だろう。

 また、貿易戦争による米国経済へのマイナス影響で米国国内から批判が出て来るのを待ちたいものの、時間がかかりそうだ。しかも、中国経済の減速は明確で、人民元安、株安が懸念される。金融緩和、インフラ投資での景気てこ入れも必要になっている。米中貿易摩擦の経済への悪影響はできれば避けたい。

 このように、事態打開へ動く動機は米国にはなく、中国にある。

 ただし、そこに中国のメンツという要素を考えると、取りあえず次官級で落としどころに向けての探りを入れるというのが今回の目的だ。

 トランプ政権としては、この時点で本気で協議を進展させるつもりは毛頭ない。本来の交渉者である米通商代表部(USTR)はメキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)協議のヤマ場でそれどころではない。所管外でも対中強硬論者の財務次官に、人民元問題も持ち出すことを口実に、協議の相手をさせた、というのが実態だ。

 「11月、APEC(アジア太平洋経済協力)、G20(20カ国・地域)の際、米中首脳会談か」といった米紙報道も、そうした一環の中国側の観測気球だろう。

 中国としては落としどころへの瀬踏みをしていき、ある程度見通しが立った段階で、切り札の王岐山副主席が事態収拾に乗り出す、とのシナリオを描きたいのが本音だろう。

米議会主導の「国防権限法2019」に透ける対中警戒の高まり

 ただし、こうした米中双方の追加関税の応酬という貿易戦争にばかり目を奪われていてはいけない。米国議会が主導する、対中警戒を反映した動きにも注目すべきだ。

 8月13日にトランプ大統領が署名した「国防権限法2019」がそれだ。

 かつて私は、「米国」という主語をトランプ氏とワシントンの政策コミュニティを分けて考えるべきで、後者が“経済冷戦”へと突き進んでいることを指摘した。(参照:関税合戦は序の口、深刻度増す“米中経済戦争”)。

 まさに後者の動きがこれだ。

 これは米国議会の超党派によるコンセンサスで、現在のワシントンの深刻な対中警戒感の高まりを反映したものだ。トランプ大統領は短期で「ディール(取引)」をするために、その手段として追加関税という「こん棒」を振りかざすが、それとは持つ意味が違う。

 中国の構造的懸念を念頭に、貿易以外の分野も広く規制する。昨年12月に発表された「国家安全保障戦略」で明らかになった、現在の米国の対中観を政策に落とし込んだものだ。

 議会の原案に対してトランプ政権はむしろ緩和のための調整を行って、大統領署名に至った。

 メディアで特に報道されているのは、そのうちの対米投資規制の部分で、中国を念頭に置いて、対米外国投資委員会(CFIUS)による外資の対米投資を厳格化する。先端技術が海外、とりわけ中国に流出することを防ぐためだ。

 このCFIUSによる対米投資の審査は、既に2年前から権限強化を議会の諮問機関から提言されている。実態的にもトランプ政権になってからこれまでに11件の対米投資が認められなかったが、そのうち9件が中国企業によるものであった。これをきちっと制度化するものだ。

 そのほかこの法案には、中国の通信大手ZTEとファーウェイのサービス・機器を米国の行政機関とその取引企業が使用することを禁止する内容も入っている。

 また国防分野では、国防予算の総額を過去9年間で最大規模の79兆円にする、環太平洋合同演習(リムパック)への中国の参加を認めない、台湾への武器供与の増加などの方針が示された。

 ここまでは日本のメディアでも報道されているが、今後日本企業にも直接的に影響する大事な問題を見逃している。それが対中輸出管理の強化だ。

メディアが見落とす「対中輸出管理の強化」

 輸出管理については、これまで国際的には多国間のレジーム(枠組み・取り決め)があった。これに参加する先進諸国は、大量破壊兵器や通常兵器に使われる可能性のあるハイテク製品の輸出については規制品目を決めて各国が審査する仕組みだ。こうしたこれまでの仕組みが中国の懸念に十分対応できていないというのだ。

 キーワードが「エマージング・テクノロジー」である。

 「事業化されていない技術」という意味であろう。例えば、AI(人工知能)や量子コンピューターなどの技術がそうだ。

 こうした技術は未だ製品として事業化されていないので、現状では規制対象にはなっていない。しかし、そういう段階から規制しなければ、将来、中国に押さえられて、軍事力の高度化につながるとの警戒感から、規制対象にしようというものだ。今後、具体的にどういう技術を規制すべきか、商務省、国防省などで特定化されることになっている。

 問題はこの規制が米国だけにとどまらないということだ。

 当初、米国は独自にこの規制を実施する。しかし米国だけでは効果がない。そこで、本来ならば国際レジームで提案して合意すべきではあるが、それは困難で時間がかかる。そこで当面、有志国と連携して実施すべきだとしている。その有志国には当然、日本も入るのだ。

 今後、日米欧の政府間で水面下での調整がなされるだろうが、日本企業にも当然影響することを頭に置いておく必要がある。

 またこの法案とは別に、商務省は中国の人民解放軍系の国有企業の系列会社44社をリストアップして、ハイテク技術の輸出管理を厳しく運用しようとしている。中国の巨大企業のトップ10には、この人民解放軍系の国有企業である「11大軍工集団」が占めており、民間ビジネスを広範に展開している。米国の目が厳しくなっていることも念頭に、日本企業も軍事用途に使われることのないよう、取引には慎重に対応したい。

 かつて東西冷戦の時代には「対共産圏輸出統制委員会」による輸出管理(ココム規制)があった。一部に「対中ココム」と称する人もいるが、そこまで言うのは明らかに言い過ぎであることは指摘したとおりだ(ちなみに、かつてあった「対中ココム」とは、共産圏のうち、中国に対してだけ緩和するための制度である。従って「対中ココムの復活」というのは明らかに間違い)。

 ただ一歩ずつそうした「冷戦」の色合いが濃くなっているのは確かである。「冷戦」とは長期にわたる持久戦の世界である。目先の動きだけを追い求めていてはいけない。

日本が向き合うべき本質がそこにある

 こうした対中警戒感は、ワシントンの政策コミュニティの間ではトランプ政権以前からあった根深い懸念であった。しかし、習近平政権が打ち出した「中国製造2025」が「軍民融合」を公然とうたって、軍事力の高度化に直結する懸念がより高まったのだ。従って、こうした動きは、追加関税のような中国と「取引」をするような短期的なものではなく、構造的なものだと言える。

 トランプ大統領による関税合戦よりも、もっと根深い本質がある、米国議会主導の動きにこそ目を向けるべきだろう。日本がそれにどう向き合うかも問われている。

個別事件に引き続き要注意

 最後に、前出の7月11日のコラムにおいて、「今後、個別事件に要注意」と指摘したところ、その後、FBI(米連邦捜査局)による摘発が相次いでいる。7月中旬には元アップルの中国人エンジニアが自動運転に関する企業機密を中国に持ち出そうとした事件、8月初旬には元ゼネラル・エレクトリック(GE)の中国国籍のエンジニアが発電タービンに関する企業秘密を窃取した事件などだ。

 悪い予想が的中して複雑な気持ちではあるが、ハイテクの世界では、ある意味、日常的に起こっていてもおかしくない。それを捜査当局が摘発するモードになってきていることは今後も要注意だ。

 トランプ氏の言動にばかり目を奪われていてはいけない。米国議会、情報機関、捜査機関など、「オール・アメリカ」の動きが重要になってくる。それが米国だ。

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