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「政治と感染症」を描くユニークな1冊

2020/08/31

 本を読む楽しさは「出合い」にある。新たな知見や掘り下げられた事実、どっしりと構築された思考体系に出合ったりすると、昂奮を覚える。

 コロナ禍に見舞われている現在、感染症に関する本も多数出版されているが、山岡淳一郎『ドキュメント感染症利権』(筑摩書房、2020)は、医療従事者の視野にはなかなか入らない「政治と感染症」の観点から描かれていたため手に取った。

 本書は、まず新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行第1波の中、外資系製薬会社の治療薬が特例承認された背景などを政治と企業との関係などから説き、「利権」の形として問題提起する。そして、その構造を解き明かすために幕末・明治維新の西洋医学導入期まで遡り、東大-文部省閥と、内務省衛生局に集う精鋭との派閥争いが医療にどんな影響を及ぼしたかを記す。

 やがて軍部が感染症に目をつけ、陸軍軍医の石井四郎が率いた「七三一部隊」による人体実験、そしてハンセン病患者への国家的差別といった闇の絵巻がつづられる。知識として、知ってはいたのだが、医療と政治のダイナミズムの中で語られると読み応えがある。

 びっくりしたのは、わが佐久総合病院の実質的ファウンダー、若月俊一名誉総長の若かりし頃の感染症との闘いが出てきたこと。感染症に伴う隔離は、一方で偏見、差別を招く。太平洋戦争が終わる頃、町外れの「避病舎」という掘っ立て小屋に隔離されていたジフテリアの子どもの容体が悪化し、夜中に病院に担ぎ込まれる。外科医の若月は、書物を頼りに喉の切開術を施す。症状は劇的に好転した。

 若月は、粗末な避病舎ではなく、病院の敷地に「伝染病棟」を併設し、患者を収容して治療しよう、と立ち上がる。ところが、地元からは疫病神を呼び込むようなものだと激しい反発が湧き起こる。

 一度は頓挫した。が、日本を間接統治していたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指令で伝染病棟の建設が可能となった。このあたりの記述は、若月の著書『村で病気とたたかう』(岩波書店、1971)を参考にして書かれているが、改めて感染症対策こそ戦後の医療政策の中心であったことを思い知らされた。久しぶりに元気な若月と再会したような、そんな感慨を抱いた。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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