トランプ政権は7月から500億ドル相当の中国製品に関税を課すと発表した。即座に対抗関税を発表した中国は、今世紀半ばまでに米国に並ぶ大国になるという目標を掲げている。両者の角逐は足元の“貿易戦争”だけでなく、先端技術や軍事まで幅広い分野で本格化していくだろう。

日経ビジネスでは6月25日号特集「米中100年 新冷戦~IT、貿易、軍事…覇権争いの裏側」で、現在の関税措置の打ち合いや米国の懸念、中国化する世界の現状を徹底した現地取材でまとめた。それに関連して、米中に精通した専門家のインタビューを掲載する。初回の今日は米外交シンクタンク、外交問題評議会のアジア研究部長を務めるエリザベス・エコノミー氏に話を聞いた。

(イラスト:北沢夕芸)
(イラスト:北沢夕芸)

エコノミーさんは最新の著書『The Third Revolution』で習近平・国家主席が率いる現在の中国の状況を毛沢東による建国、鄧小平による改革開放に次ぐ第3の革命と名付けています。

エリザベス・エコノミー氏(以下、エコノミー):習主席の究極の目的は偉大な国として中国を再生させることだ思います。その時に浮上する疑問は、どのようにそれを達成するか、どのようにして世界的な舞台で存在感を取り戻していくのか、ということです。これまでに習主席が決定したことを見ると、国内では抑圧的で独裁的、国外では野心的で拡大志向な国家を構築することです。

<span class="fontBold">Elizabeth C. Economy(エリザベス・エコノミー)氏。</span><br />米外交シンクタンク、外交問題評議会のアジア研究部長。中国の国内政策と外交政策の専門家として評価が高い。(写真:Mayumi Nashida)
Elizabeth C. Economy(エリザベス・エコノミー)氏。
米外交シンクタンク、外交問題評議会のアジア研究部長。中国の国内政策と外交政策の専門家として評価が高い。(写真:Mayumi Nashida)

集団指導体制は過去のモノ?

エコノミー:習主席がそれをどのように進めたかというと、第一に中央集権化を進めました。中国を改革・開放に導いた当時の最高指導者、鄧小平が構築した集団指導体制ではなく、彼の手中に権力を集中することで実現したんですね。

 第二に、共産党が中国社会と中国経済に深く入り込みました。企業の中に細胞組織を作るように命じたのは一例です。そして第三に、外国からの影響が国に及ばないように、制限と規制の「仮想の壁」を築きました。

 中国は製造業の高度化を目指す「中国製造2025」を進めていますが、この壁によってAI(人工知能)や新素材など最先端の分野で多国籍企業が公正に競争できなくなる可能性があります。また、外国のNGO(非政府組織)の管理に関する新たな法律によって、外国のNGOが中国の取引相手と協力することが難しくなりました。ご存じの通り、インターネットへのアクセス制限も厳しくなっています。

野心的な外交政策についてはどうでしょう。

エコノミー:習主席は2014年に、「ゲームのルールを書く手助けをするだけでなく、そのゲームを演じる場をつくりたい」という趣旨の発言をしています。私は国際的な組織のルール、組織、制度、規範に中国の価値観や原理をこれまで以上に反映させるという意味に捉えています。

習近平と中国の「第3革命」

 また、対外的な野心は領土問題にも見て取れます。習主席は中国が主張する領有権を実現させようとしています。台湾や南シナ海について、鄧小平は先送りしましたが、習主席は鄧小平のようには考えていません。南シナ海に軍を配置し、周辺の国々の主権を蝕んでいます。

 外交政策の中には、習主席の肝いりの「一帯一路」も含まれます。この構想は過剰生産と投資を輸出するだけでなく、中国共産党の価値観を広め、中国の安全保障を強化するメカニズムと言えますので。ここまで述べてきたことが、私の言う習主席の「第3の革命」です。

習主席の時代に共産党の支配は強化されました。

エコノミー:習主席が主導した反腐敗運動は支配を強める上で重要な役割を演じました。過去を振り返ると、反腐敗運動の大半は始めてもすぐに中止されるというのが一般的でした。でも、習主席の反腐敗運動は逮捕される人が年々増えるなど力強さが増しています。これは非常に珍しいことです。

 また共産党だけでなく、戦争で勝てるように人民解放軍も強化しました。戦区の見直しや統合作戦本部の設立など米国のシステムに近いアプローチで人民解放軍を再構築しました。これは人民解放軍の質を向上させるためのものです。

「腐敗は中国共産党の死」

習主席にとって反腐敗運動はどういう意味を持つと考えていますか。

エコノミー:一つは腐敗の根絶です。習主席は権力を握った際に、「腐敗は中国共産党の死であり中国という国の死になりうる」と述べました。胡錦濤・前国家主席も同じことを話しましたが、実際に推し進めたのは習主席です。彼は政治体制から腐敗を取り除かないと、イデオロギーを失ったのと同じであり、共産党の未来がないと考えています。人々が中国共産党に対する信念のためではなく、政治的、経済的な発展のためだけに共産党に入党するのであれば、共産党は生き残らないでしょう。

 もちろん、反腐敗運動には政敵の排除という狙いもあります。この運動で政府の副部長級やそれ以上の高官が多数、拘束または逮捕されました。彼らは習主席の政敵に関わりのあった人々なのは確かです。ただ、低いレベルでは全員が彼の的ではありませんので、この運動の目的は腐敗撲滅がメインだと思います。

エコノミー:繰り返しになりますが、彼の包括的な目標は偉大な中華民族の再生だと思います。そのために、国内では政治体制の前線で強固な共産党を築くこと、戦争で勝利できる人民解放軍を作ること、単なる製造業の中心になるのではなくイノベーションのリーダーになること、米国や日本、ドイツなどと対抗できるような革新的で最先端の経済を構築すること――が国内政策の優先事項になります。

 外交政策の最前線は台湾や香港、南シナ海の領有権などの主権問題で中国を再統合させることだと思います。また、中国が主張するインターネット主権(各国がインターネットに関して最高権力を保持すべきだという考え方)や人権といったイシューで、欧米の自由主義・民主主義的な価値観ではなく、中国の価値観を反映させたいと考えているのでしょう。最終的にはアジアから米国を追い出すことが目標だと思います。

アジアの地図を書き換える中国

第2次大戦後、米国が中心になって築き上げた国際システムに修正を加えようとしているのでしょうか。

エコノミー:自由主義的な国際秩序のルールを書き換えようとしているか、といえば答えは「イエス」です。もちろん、領土面もそうです。南シナ海の軍事拠点化や(戦闘機のスクランブルの基準になる)防空識別圏の設定といった動きを通して、中国は地理や戦略地政学的な状況を書き換えています。

 また、中国が形成を目指している経済・外交圏構想、「一帯一路」を通して35カ国・地域の76港の支配権を握っています。商業的な目的といっていますが、人民解放軍の艦艇が何度も停泊しています。そこに安全保障上の要素があるのは明らかです。彼らはルールを書き換えているだけでなく、地理を再構築しています。

中国が大国への階段を駆け上がるきっかけになったのは2001年の世界貿易機関(WTO)加盟でした。ところが、中国は共産党による一党独裁体制のままで市場開放も限定的です。

エコノミー:西側諸国、とりわけ米国や欧州連合(EU)は時間の経過とともに、中国が市場を開放していくと信じていました。「知的財産保護の方法を学ぶためにもう少し時間がかかる」という中国の言葉を信じたんです。

トランプ大統領の対中強硬策は必要

 確かに、(1998~2003年に首相を務めた)朱鎔基氏は国有企業改革に全力で取り組んでいたと思います。でも、市場開放や知的財産権の保護、補助金の撤廃や国有企業改革などの多くを実現できませんでした。習主席は中国経済の開放にほとんど関心がないのだと思います。

 だからこそ、トランプ大統領による抵抗が重要になる。私は多くの面でトランプ大統領に同意していません。彼と彼のアドバイザーが環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱したのは間違いだったと思っています。それでも、トランプ大統領による強硬策は必要なことだと思っています。中国は約束したことを全く実現しないのですから。

関税措置は最善の方法でしょうか。

エコノミー:私の案は、日本やEU、オーストラリア、韓国のような国々、つまり中国の市場開放が必要だと考えていて、知的財産権の侵害に関する責任を問いたいと考えている国々と米国が協力することです。米国がそういった国々と協力し、特定のルールや制約について中国に抵抗すれば、必ずいい結果が得られます。

 例えば、中国は多国籍企業に対して「ウェブサイトで台湾を中国とは別の独立した存在として扱ってはならない」と圧力をかけています。ユナイテッド航空、カンタス航空など1社ずつ個別に落としていくわけです。その時に、米国商工会議所と欧州の商工会議所が一緒になれば、押し返すことができる。

 中国は米国と国際社会が分断しているときに利益を得ます。逆に言えば、われわれが団結していれば負けないと思います。

「中国人にショックを与えるのは難しい」と語るエコノミー氏
「中国人にショックを与えるのは難しい」と語るエコノミー氏

冷静沈着な中国人を動揺させたトランプ大統領

トランプ政権は鉄鋼・アルミに対する関税措置やZTEとの取引禁止など中国に対して強硬な措置を取り始めました。こういった政権の対応をどう評価しますか?

エコノミー:よいと思います。それで正しいと思います。3月下旬に中国を訪れましたが、トランプ政権とよい関係を築いていると思っていた彼らはとても驚いていました。関税や台湾旅行法、米朝首脳会談などは予想しておらず、こうした展開にショックを受けていました。

 ご存じのように、中国人にショックを与えるのはとても難しい。彼らはとにかく話し続け、「では、これを改善しましょう」といって何もしません。トランプ大統領は「もう話は十分。あなた方は実行すべきだ」と伝えました。そのメッセージを伝えるのは重要だと思います。

 ただ、同時に関税措置を通して、どのような良い結果を得られるのかということを知ることも重要です。貿易戦争ではいい結果を得られません。同盟国と協力して中国に対応すべきです。米国がTPPに復帰すべきだと私が主張しているのもそのためです。

「独裁政権に安全な世界を作ろうとしている」

中国の一党独裁・国家資本主義は民主主義・自由市場経済とは対極の存在です。ただ、途上国や非民主主義国家の中には中国モデルを理想と思うところもあります。中国モデルは西欧モデルの代わりになり得るでしょうか。

エコノミー:中国はスーダン、南スーダン、エチオピア、ケニア、ナミビア、ジンバブエ、ラオス、カンボジア、ベトナム、南米の国々で公務員の人材開発を支援しています。何のために訓練しているのかと言えば、政治的な安定を維持するためです。いわば、独裁政権にとって安全な世界をつくり出そうとしているんです。

 米国は「民主主義に安全な世界を作る」と言いますが、中国は独裁政権にとって安全な世界を作り出そうとしています。ただ、自国の独裁政権が強化されるのを望まない人々は抵抗しています。「一帯一路」構想の国々、パキスタンでさえも抵抗する人々が出ていますから。

 中国にとってはグローバルな政治経済のゲームのルールを変えるうえで、こういった途上国や独裁政権を支援することは重要です。国連の票数は国の大小ではありません。人権やインターネット主権などの問題で自国の主張を押し通すのに使えると考えているのでしょう。発展途上の小国と協力し、発展を支援するのと同時に政治体制も変えていくという一帯一路は大きな論点です。

それを防ぐために米国は何ができますか?

エコノミー:トランプ政権以前の米国はそのために多くの事を成し遂げてきました。市民社会や法の支配、自由民主主義と自由市場経済の基礎となる制度を築くために、米国は数多くの非政府組織と連携してきました。米国は戦後の歴史において極めて重要な役割を果たしたと思います。

 トランプ政権はこれが優先事項ではないのでしょう。例外はマティス国防長官です。マティス長官は日米豪印の「自由で開かれたインド太平洋戦略」を支持しています。自分が率いる国防総省だけでなく、国務省の重要性を説くなど外交の価値を認識しています。トランプ大統領にはそういう関心はありません。

今の中国の急旋回を予想できた専門家はいない

過去には中国の政治体制や経済成長が崩壊するという見方も数多くありました。そういった中国崩壊論についてはどう思いますか?

エコノミー:われわれは数十年間、「中国がああなる、こうなる」という予想をしてきました。でも、習主席の中国がここまで鋭い転換をするというのは誰も予測できていなかったと思います。

 2011年や2012年頃を振り返ると、中国では政治改革や環境問題、法の支配などに多くの人が関心を寄せていました。ところが、習主席が登場して厳しい取り締まりを実施、状況は大きく変わりました。最近は、中国について予測するのは問題だと思うことがあります。

 ただ、中国人はほかの国の人々と本当に違うのでしょうか。自分の意見を表現したり、政治に影響を与えたいと思ったりはしないのでしょうか。私はそうは思いません。LGBTや環境など様々な抗議活動が起きていますよね。中間層が反旗を翻す可能性はまだあると思います。政治改革の可能性が消え去ったということではないと思います。

米朝の間で蚊帳の外になりかけた中国

トランプ大統領は関税など中国に対して強硬な措置を講じています。これは中国を動揺させている?

エコノミー:最悪だと思っていますよ。中国やアジアにおけるトランプ大統領の優先事項を考えてみてください。一つは朝鮮半島の非核化、もう一つは中国との貿易赤字を減らすことです。

 朝鮮半島の非核化について、中国は蚊帳の外だと感じていました。初めは北朝鮮と米国の重要な仲介役でしたが、韓国の文在寅大統領が出てきたことで、トランプ大統領にとって中国は必要ではなくなりました。

 トランプ大統領が金正恩・北朝鮮労働党委員長と会談すると発表した直後の3月下旬、私は北京にいましたが、政府関係者はみな「えっ?」という感じでした。プロセスから取り残されるのではないかと懸念していたんです。しかも、金委員長は米韓軍事演習の停止を要求せずに核実験の停止を発表しました。これについて中国はとても不満に感じました(その後、米韓首脳会談後、トランプ大統領は米韓軍事演習を中止する方針を打ち出した)。

 習主席と金委員長が5年間で一度も会談しなかったという事実は興味深いものです。トランプ大統領が金委員長と会談すると発表した直後、習主席は突如として金委員長と会談しました。中国はこのゲームに入りたいと切望しています。プロセスに関わり、中国が重要な役割を担っていると国内に示したいんです。

トランプ大統領はかなり中国を振り回してきました。

エコノミー:ええ、その通りです。ある日には「北朝鮮問題で協力してくれてありがとう」と感謝の意を示し、次の日には「中国の対応は全く不十分。中国企業に二次制裁を課そう」と。トランプ大統領は「習近平が好きだ」と言っていますが、実際の行動にはそのような「愛」はありません。ここ最近は物事が習主席を超えて動いています。それが彼にとっての問題だと思います。

中国の内なる改革を信じた米国

最後にもう一度聞きますが、欧米諸国は知的財産権の侵害や技術移転の強要などについて、もっと早く手を打つべきだったように思います。でも、米国やドイツ、英国は対中貿易を重視して一枚岩になれなかったような気がします。

エコノミー:欧米諸国は米国やEU諸国などと同じように、自由貿易体制の一員に進化していくと信じていました。子どもに対して示すように、自由貿易体制の中でどう振る舞うのかを示すことで、中国がそこから学ぶだろう、と。

 そのため、中国が自国優先の措置を取ったときもWTOを利用しましたが、報復措置は実施しませんでした。知的財産の盗用を続けても投資をやめませんでしたし、市場開放が限定的でもこちらの市場は開放し続けました。

 最大の発展途上国だった以前は許されたかもしれませんが、これだけ大きくなると、ルールを破るような行為は許されません。既に中国は第2の経済大国です。いずれ最大になるでしょう。でも、名ばかりの自由貿易、名ばかりの市場経済では最大の経済大国にはなれません。

もう手遅れでは?

エコノミー:手遅れだとは思いません。中国は米国やドイツ、日本の技術へのアクセスを求めていますので手遅れだとは思いません。もっと早く手を打っておくべきだというのはもちろんですが、過去を振り返っても意味がありません。今立ち上がって、「これ以上は受け入れられません」と言うんです。

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