前回は、無線LANの標準規格IEEE802.11ax(802.11ax)に対応する東芝のLSIに実装した機能を、必須とオプション別に整理して紹介した。さらに、1024QAM(Quadrature Amplitude Modulation)に対応するための誤差補正技術について解説した。今回は回路の低雑音化技術を取り上げる。1024QAMは従来の256QAMより信号点が多くなり信号点間の距離が短くなる。そのため、256QAM向けの雑音対策では十分ではなく、新しい雑音対策が必要になる。
雑音に関する2つの課題
一般にアナログ無線回路では、回路を構成するトランジスタや抵抗素子により雑音が発生し、無線信号に悪影響を与える。特に、扱う無線信号が微小の場合注1には信号対雑音比(SN比)が劣化して通信の速度低下や障害につながる。
我々が802.11axに対応する際に、雑音に関して大きく2つの課題があった(図1)。1つは、前述の1024QAMやマルチユーザー伝送に対応するために、従来規格(802.11ac)より厳格化された雑音仕様への対応が必要になることだ。例えば、LO(局部発振器)信号†のアナログ回路由来の雑音(位相雑音)である。この位相雑音は、サブキャリア周波数近傍で増加する特性を持つ。802.11axのサブキャリア帯域幅は802.11acの1/4となる。そのため同じ位相雑音でも802.11ax では、サブキャリア当たりの信号電力が相対的に下がりSN比が悪くなる(図1(a))。
もう1つの課題は、LOの2系統同時動作による干渉と混信だ(図1(b))。80+80MHzチャネルに対応するためにLOの2系統同時動作が必要になるからだ。
当社が開発した802.11ax対応試作LSIでは、位相雑音の低減に向けて送受信回路を低雑音化した。具体的には「電流駆動送信回路」と「低雑音受動ミキサー」を採用した。2系統あるLOの互いの干渉による信号劣化の問題への対策には、「低信号漏洩LO分配経路」を使った。なお低信号漏洩LO分配経路に関しては、送受信器の混信も軽減する。