長らく伸び悩んできた日本人の実質賃金。その背景には日本の対外交易条件が原油価格に大きく依存するという構造問題があった。そのうえでROE(自己資本利益率)の向上を目指すと、企業は利益を増やす一方で、従業員の賃金は減らさざるを得なくなると、水野和夫法政大教授は指摘する。
米国の国際経済学者、ロバート・ギルピンがいうように資本主義は確かに「歴史上、富を生み出すのに最も成功したシステム」(*1)ではある。ただし、もっと正確に言うとすれば「資本家にとって」と付け加えなければならない。
民主主義の経済的な役割は、資本主義を「国民の利益」に近づけることにあった。しかし、1970年代半ば以降の新自由主義的なイデオロギーがその理念を葬り去った。その結果、働く人々の実質賃金を下げるメカニズムが働き、このままの状況が続けば日本では1970年代初頭の水準にまで下がる可能性がある。
カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインは「ショック・ドクトリン」(大惨事便乗型資本主義)と呼んで、過激な市場原理主義導入を批判した。ドイツの哲学者、カール・シュミットや英国の経済学者、ケインズは大航海時代のイギリスなどを「海賊資本主義」(略奪資本主義)と呼んだ。その海賊資本主義が現代に復活と言っていいだろう。
16世紀、イギリスの海賊がスペインを襲った。これと同じように21世紀の海賊である「グローバル資本家」は中産階級を襲ったのである。
原油価格が日本の制約
近代社会において富を生み出すのは、今日のAI(人工知能)などを含む機械である。機械はエネルギーがないと動かない。
エネルギーが枯渇してくれば(石油価格が上昇すれば)、中産階級が略奪の対象となるのは不可避だった。それを回避するのが国民国家の役割のはずだったが、21世紀の国家は頼りにならない。国家は資本の僕(しもべ)となりつつあるからだ。
輸出商品と輸入商品の交換比率を指す対外交易条件は日本にとって与件と言っていい。日本の対外交易条件は円建て原油価格との相関が強い(図1)。事実上、日本の対外交易条件を決めるのは原油価格と言える。その一方で、日本の財政・金融政策が原油価格に影響を及ぼすことは不可能だ。