韓国で、米朝首脳会談を求める示威運動が行われた(AFP/アフロ)
韓国で、米朝首脳会談を求める示威運動が行われた(AFP/アフロ)

トランプ米大統領が5月25日 、米朝首脳会談を「中止」する意向を明らかにしたと報じられた。北朝鮮の非核化の行方を注視していた世界中が驚きに包まれた。しかし、朝鮮半島問題の専門家、武貞秀士氏はトランプ氏の意図は「中止でない」とみる。

(聞き手 森 永輔)

米ホワイトハウスが5月24日、ドナルド・トランプ大統領が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長に宛てた書簡を公表。「私は現時点ではこの長く計画してきた会談を実施するのは不適切だと感じる。よって(中略)シンガポールでの会談は実施しないと表明する」と記されていることが明らかになりました。トランプ大統領はなぜこの時期に米朝首脳会談の中止を決定したのでしょう。

武貞:トランプ大統領は「中止」ではなく「仕切り直し」を提案したのだと思います。書簡の宛名が「金正恩委員長閣下」と非常に丁寧な表現になっていることがそれを示している 。そして、その後の展開から、米国も北朝鮮も首脳会談をキャンセルしたくなかったことが分かります。

武貞 秀士(たけさだ・ひでし)氏<br>拓殖大学大学院特任教授<br> 専門は朝鮮半島の軍事・国際関係論。慶應義塾大学大学院修了。韓国延世大学韓国語学堂卒業。防衛省防衛研究所に教官として36年間勤務。2011年、統括研究官を最後に防衛省退職。韓国延世大学国際学部教授を経て現職。著書に『韓国はどれほど日本が嫌いか』(PHP研究所)、『防衛庁教官の北朝鮮深層分析』(KKベトスセラーズ)、『恐るべき戦略家・金正日』(PHP研究所)など。
武貞 秀士(たけさだ・ひでし)氏
拓殖大学大学院特任教授
専門は朝鮮半島の軍事・国際関係論。慶應義塾大学大学院修了。韓国延世大学韓国語学堂卒業。防衛省防衛研究所に教官として36年間勤務。2011年、統括研究官を最後に防衛省退職。韓国延世大学国際学部教授を経て現職。著書に『韓国はどれほど日本が嫌いか』(PHP研究所)、『防衛庁教官の北朝鮮深層分析』(KKベトスセラーズ)、『恐るべき戦略家・金正日』(PHP研究所)など。

 まず米政権が書簡の内容を公表してからわずか半日で、北朝鮮が反応しました。金桂官(キム・ゲグァン) 第1外務次官が「わが方はいつでも、いかなる方式でも対座して問題を解決していく用意があることを米国側にいま一度明らかにする」(産経新聞5月26日)と結ぶ談話を発表。この素早い反応はトランプ大統領にとってもサプライズ だったと思います。

 トランプ大統領もすぐ「北朝鮮から温かく生産的な声明を受け取った」 とのメッセージをツイッターに投稿しました。「6月12日の開催もあり得る」との見通しも示しました 。

 どちらもキャンセルしたくなかったのは明らかです。

「体制の保証」をめぐるすれ違い

では、なぜトランプ大統領はこのような書簡を送ったのでしょう。

武貞:6月12日に会談を開催しても「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化(CVID)」 に合意できないことが明らかになったからでしょう。合意できなければ、対北強硬派であるジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)などが収まりません。ならば「首脳会談は行わず、仕切り直した方がよい」とトランプ大統領は考えたのだと思います。

 今日までの経緯を振り返ってみましょう。3月8日に韓国の特使、鄭義溶(チョン・ウィヨン)大統領府国家安保室長がトランプ大統領と会談し、金委員長がトランプ大統領との会談を熱望していると伝えました 。金委員長は非核化の意欲を示すとともに、核・ミサイルの実験を凍結すると約束しました。米韓合同軍事演習にも理解を示したとされます。

 トランプ大統領はこれを即座に受け入れ、会談に応じる考えを示しました。ここから米朝の協議がスタートしたわけです。

 この時点では、トランプ大統領は、CVIDが実現できると考えていたと思います。しかし、協議が進むにつれ「体制の保証」と「非核化」についての理解が米朝間で異なることを悟った。

 「体制の保証」について、トランプ大統領は「軍事境界線の北側にある北朝鮮を存続させる」「金委員長が統治する体制を崩壊させない」と理解していました。しかし北朝鮮が求める体制の保証は、米国が韓国に提供している核の傘をたたむことまで含むものでした。また「非核化」の進め方についても、米国が6カ月程度の期間内に一括して核装備を搬出することを想定したのに対し、北朝鮮は「段階的」に進め、その都度見返りを求める「相互」方式にこだわりました。

戦略爆撃機B52は認識の差の象徴

米国が、この溝は埋めがたいものであると認識したのはいつでしょう。

武貞:北朝鮮が5月16日 に南北閣僚級会談を中止した時だと思います。この時、北朝鮮は理由として、米韓が空軍の合同演習「マックスサンダー」を実施したことと、この演習に核兵器搭載可能な戦略爆撃機B52を参加させたことを挙げていました。

 米国は、B52を参加させても問題ないと考えていました。北朝鮮が「米韓合同軍事演習に理解を示す」意向であることを鄭安保室長から聞いていたからです。それにB52は、過去の米韓演習に何度も参加しています。1953年に休戦協定を締結して以来、戦争が起きていないことを考えれば、米韓相互防衛条約と在韓米軍、B52をはじめとする戦略爆撃機こそが北朝鮮の存続を保証する装置であるわけです。こう考える米国にとって北朝鮮が語る論理は非常に奇妙 なものに聞こえました。

 しかし、「体制の保証」は①米国が核の傘をつぼめることと②韓国に提供する防衛を低下させることを含むと考えている北朝鮮にとって、B52の参加は、米朝首脳会談の開催で合意した後、受け入れがたいものになっていたわけです。

 実際にはB52は参加していませんでした。現行のB52は核兵器を搭載してもいません。米国とロシアが結んだ新戦略兵器削減条約(新START) が核弾頭の数を制限しているためです。しかし北朝鮮は「改造すれば、すぐに搭載が可能になる」と猜疑心を高めています。

 つまり、北朝鮮がいう「体制の保証」が朝鮮半島全体を対象に米国の関与を解消することを意味しているのに対し、米国が考える「体制の保証」は北朝鮮の体制存続を想定しているわけです。米国は北朝鮮の体制を保証する、つまり現状維持なら朝飯前、「取引(ディール)できる」と考えていた。しかし北朝鮮は米国の核の傘解消という現状の変更を求めていたわけです。

 この認識の違いを残したままでは、6月12日の首脳会談で合意に至ることはできないと悟り、首脳会談の中止を決断した。しかし、米朝首脳会談が流れてしまえば、金正恩体制を中国側に追いやることになるし、南北交流は進展し続けるというリスクを理解したトランプ大統領は再交渉への期待を含んだ文言を入れた。書簡にある「この最も重要な首脳会談について考え直すことがあったら、遠慮なく私に電話するか手紙を書いてほしい」 という部分です。

 つまりトランプ大統領は仕切り直ししようとしたのです。そして、北朝鮮が半日後に首脳会談開催の意義に触れたサプライズの談話を発表しました。いま首脳会談実現に向けて再交渉中ですが、米国は、期限を設け北朝鮮にCVIDを迫る方針からCVIDの内容を緩和する方向に舵を切りつつあるようです。

北朝鮮は“泣きを入れた”のか?

金次官が25日に発表した談話は、北朝鮮が米国に対して“泣きを入れた”ようにも読めます。「トランプ大統領が中止理由に挙げた『怒りや敵対心』は、一方的な核放棄を迫る米側の行き過ぎた言動が招いた反発にすぎない」 (産経新聞5月26日)という表現は言い訳のように受け取れます。

 「望ましくない事態は、米朝の敵対関係がどれほど深刻で、関係改善のための首脳会談がいかに切実に必要であるかを示している」は首脳会談を懇願しているニュアンスを受けます。

武貞:果たしてそうでしょうか。「トランプ大統領がこれまでどの大統領も下すことができなかった勇断を下し、首脳対面という重要な出来事をもたらすために努力したことについて、ずっと内心は高く評価してきた」は、褒められることに弱いトランプ大統領に対する誘い水でしょう。

 「わが方は常に度量が大きく開かれた心で米国側に時間と機会を与える用意がある」という表現は上から目線ですらあります。

米朝首脳会談がもたらす6つのメリット

厳格なCVIDの合意を取り付けることができなくとも米朝首脳会談を流すことなく実施することで米国はどんなメリットが得られるのですか。

武貞:第1は米国、もしくはトランプ大統領自身が主役になれること。北朝鮮が平昌オリンピックに参加して以降、今日まで、朝鮮半島をめぐる国際関係は韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を中心に回ってきました。この主導権をわが手に取り戻す。

 5月22日に米韓首脳会談が行われた際、文大統領が「米朝首脳会談は99%行われると信じる」と発言する傍ら、トランプ大統領は「どうなるか分からない」と語り、違いを際立たせました。トランプ大統領はこうしてでも、流れを米国に持ってきたかったのでしょう。そして、トランプ大統領が首脳会談キャンセルの手紙を韓国に事前通告することなく送ったのですから、文大統領のメンツは丸つぶれでした。

 第2は、合意が成立しなくとも米朝協議が続くことで、北朝鮮との全面戦争が避けられること。トランプ大統領も戦争は望んでいません。

 第3は北朝鮮が中国に一層近づく事態を避けられること。中国の最近の発言は「北朝鮮が核開発をしなければならないのは、米国が核で北朝鮮を脅かすからだ」ということを暗示しています。習国家主席は、第2回中朝首脳会談が行われた直後にトランプ大統領と電話協議し、北朝鮮の非核化プロセスでは「段階的な行動を望む」と伝え、北朝鮮の意向を考慮するよう迫りました 。

 第4は、北朝鮮と韓国が米国抜きで関係改善を進める事態を避けられることです。

 北朝鮮と韓国は4月27日に南北首脳会談を開きました(関連記事「日本が過小評価する南北宥和が狭める米の選択肢」)。これを「米朝首脳会談の前座」と評する向きがありますが、それは誤りです。この時に両国は、南北の宥和と核の問題を切り離し、非核化協議が膠着状態に陥っても南北が統一を自主的に進めることで合意したのです 。核の問題は米国に任せて、南北でできることをしていくということです。

 そして第5は、少なくとも米朝協議が継続している間、米国は核技術や核物質の拡散を防止するべく北朝鮮の核開発を直接監視しやすくなることです。

 最後の第6は、北朝鮮を舞台にした資源獲得競争に米国も参加できるようになることです。

核よりも大事な、資源をめぐる先陣争い

北朝鮮を舞台にした資源獲得競争ですか。

武貞:はい、そうです。順にお話ししましょう。まず中国。習近平政権は、これまで経済発展が遅れてきた東北部・吉林省の開発に力を入れています。その一環として開発が遅れている吉林省の発展のために長吉図開発開放先導区という特区を設けた。長吉図はこの地域の中心となる3都市の頭文字を並べたものです。「長」は長春。「吉」は吉林市。「図」は中朝国境の町、図們。既に長春から図們までを高速鉄道で結んでいます。

 中国はこの特区の延長線上に、北朝鮮・茂山の鉄鉱山の採掘や、北朝鮮の天然の不凍港である羅津(ラシン)港の活用を見据えています。茂山は、国境となる豆満江 を越えてすぐのところにある東アジア最大の鉄鉱山。韓国の鉄鉱石輸入量の100倍に相当する埋蔵量があると言われています。ここの独占採掘権を中国が握っており、北朝鮮の資源獲得は中国が先行しています。利権確保のために中国は、中朝国境にあるたくさんの橋を全額負担をして作り直し、北朝鮮の羅先市に続く道路の改修をしています。

 南北が統一すれば我が物となるはずの鉄鉱資源を中国に取られていることに韓国はほぞをかんでいます。この状況を改め、北朝鮮に眠る資源を韓国が開発できるようにするための国策を探っている。文大統領が南北宥和を進めているのは単なる感情論からだけではありません。こうした実利も重視しての行動なのです。

 中国に続いてロシアもこの資源競争に加わっています。ご存知のように羅津港第三埠頭の49年にわたる租借権を手にしています。ロシアと北朝鮮の国境のすぐ近くにある港ですね。冬はウラジオストック港が凍結するので、ロシアはどうしても羅津港は使用したい。北朝鮮での利権を確保するためにプーチン政権は金正恩体制に対して1兆1000億円の借金の返済免除をしています。

 周辺国がこうした動きをしている中で、北朝鮮との国交がない米国は同国の資源にアクセスできずにいる。

米国が北朝鮮の資源に注目しているのはどこから分かるのでしょうか。

武貞:マイク・ポンペオ国務長官の5月13日 が示しています。同長官はCVIDに向けて北朝鮮が行動を起こしたら経済再建を支援する意向を示しました。エネルギーとインフラ、農業技術を対象に民間部門による投資を認める。この分野における米企業の技術を提供する見返りに、資源へのアクセスを得る意図が読み取れます。また、6月12日に米朝首脳会談を開催するための再調整の過程で米国は「非核化に向けて行動を起こせば経済支援を行う」と繰り返しています。

CVIDの実現は「出口」に

米国がCVIDの実現にあきらめ、資源へのアクセスを重視する方向に進むとすると、今後の米朝関係はどう展開していくのでしょう。

武貞:米朝首脳会談はいずれ開かれます。6月12日開催に向けて米朝両国が詰めの真っ最中です。トランプ大統領は前言を撤回することをはばからないですから、6月12日に会談が開催される可能性は十分です 。既に、CVIDで合意できなくても、お互いが恥をかかないですむ発表文の作成に着手していることでしょう。

昨日(5月26日)に行われた第2回南北首脳会談は今後の米朝協議にどんな影響を与えるでしょう。

武貞:北朝鮮が韓国の顔を立てて米朝首脳会談実現に向けての思いを語りました。同時に、米朝の協議がギクシャクしても4月27日の板門店宣言で約束した軍事当局者会談、閣僚会談、離散家族再開は粛々と実行してゆきましょうということで一致した。

 金委員長は、やはり文大統領は仲介者だと持ち上げて、韓国からの経済支援の約束を確認した上で、トランプ大統領に予定した通りの首脳会談開催を呼びかけました。南北が認識を共有しながら、北朝鮮が米朝首脳会談に臨むという展開になりました。北朝鮮は孤立しているようには見えないのですから、米国は首脳会談を延期しにくくなったし、北朝鮮に対して厳格なCVID受諾を迫りにくくなっています。

しかし、米朝首脳会談が実現しても、CVIDで合意できず会談が長引くことになれば、米本土に届くICBM(大陸間弾頭弾)が完成してしまいませんか。米国はそれを容認するのでしょうか。約束を反故にされてきたこれまでの経緯を繰り返す事態も懸念されます。

武貞:容認はしません。CVIDをにらんだ様々な要求を北朝鮮にしていくでしょう。例えば、MTCR(ミサイル技術管理レジーム)*に加盟し、このルールに則ることを求めることが考えられます。

*:大量破壊兵器の運搬手段となるミサイル及びその開発に寄与しうる関連汎用品・技術の輸出を規制すべく、輸出管理の取組を調整するための非公式・自発的な集まり

 両国の信頼醸成につながる取り組みを進めることもあるでしょう。例えば米国が主導する多国間海軍演習である環太平洋合同演習(リムパック)への参加を北朝鮮に促す。以前は中国海軍も参加していました。

 これまで米国はCVIDの実現を交渉の入り口に置いてきました。CVIDを実現すれば、休戦協定を平和協定に転換するとか、経済支援を実行するといった具合です。しかし、これを出口に持っていくことを考え始めているのではないでしょうか。

 これは北朝鮮に核保有を認めることではありません。非核化は目指す。しかし、米中間選挙までの半年とか、次の米大統領選挙までの2年間で、という具合に時間を縛る考えは捨てる。NPT(核不拡散条約)も、核保有国に対し核を廃棄することを求めていますが、期限は設けていません。これのバリエーションと考えれば、それほどおかしな考えではないと思います。

朝鮮統一後にCVIDを求めるのが現実策

 日本は核保有国であるインドやパキスタンとつき合っています。イスラエルとも同様です。北朝鮮をこれらの国と同じように考えてもよいのではないでしょうか。

 北朝鮮が保有する核兵器は日本にとっての脅威です。日本全国を射程距離内に入れているノドンミサイルが200発以上の核弾頭を配備されています。しかし、北朝鮮の核兵器は日本を征服するために作ってきたのではなく、半島有事で日本が米軍への便宜供与をする決定を阻止するためのものです。

 北朝鮮は、朝鮮半島を統一するために米軍の軍事介入を阻止したいのです。そのために米本土を射程に収める核搭載ICBMを完成することで、「米国第一」を最優先する米国が軍事介入を断念して、南北だけで朝鮮半島を統一する環境を作りたいというのが北朝鮮の戦略です。

 つまり北朝鮮は核兵器で米国との核戦争を勝ち抜くことを考えているのでありません。

 軍事境界線北側の体制の安全を確保するため、という見方も破綻しています。1953年に朝鮮戦争が休戦となって以来、戦争は起きていません。つまり北朝鮮が保有する既存の通常兵器と在韓米軍と米韓相互防衛条約の存在で戦争は抑止されてきました。

 つまり、統一が実現すれば、北朝鮮は核兵器の使い道を失います。統一に向けて南北が話し合いを続けるとき、少しずつ核兵器を放棄する作業をすることが可能になるでしょう。南北和解のプロセスとリンクさせつつ、核兵器を廃棄するよう外交を展開すればよいのではないでしょうか。

 北朝鮮に対して期限内にCVIDを実現するよう強要することが、いまの日米韓の公式の政策です。北朝鮮が呑まなければ、米国は軍事行動を起こすという説明が数多くあります。この方法を選べば韓国と日本で数十万人の死者が出ると言われています。このシナリオと半島統一へのプロセスの過程で段階的に核兵器の廃棄を求める方法のどちらが適切でしょうか。

 日本について言えば、統一コリアができた時、国交正常化の後の経済支援を約束した日朝平壌宣言*を再交渉することになるでしょう。小泉純一郎首相が2002年に行った外交は見事なものでした。北朝鮮から賠償という名目の法外な支援要求を受ける根拠はありません。国交樹立と双方の請求権の放棄、経済支援という道筋を付けたのです。この原則は1965年に結んだ日韓基本条約の原則を踏襲しています。

*:小泉純一郎首相が2002年に訪朝し、金正日(キム・ジョンイル)総書記と署名した共同宣言 。日本は過去の植民地支配に対するお詫びの気持ちを表明。両国による請求権の放棄、国交正常化後の経済協力を盛り込んだ

 その後、北朝鮮によるウラン濃縮が明らかになり、拉致問題が膠着状態に陥ったため、この宣言に基づいた国交正常化交渉はとまっています。朝鮮半島統一の時は、日朝国交正常化の後の経済支援というシナリオではないのですが、軍事境界線の北側の地域と住民に対する経済支援の問題が残るでしょう。

 日本はこの時に、「経済支援には核兵器の放棄が前提となる」と交渉すればよいのです。「労働新聞をひもといたら『ノドンミサイルは日本の都市を狙っている』と書いてあります。これを撤去し、検証するまで、日本は支援としての大金を支払うわけにいかない」と主張すればよいのです。これこそが外交ではないでしょうか。国益に基づいた政策とはこういうものをいうのだと思います。

 「統一コリアは核を持ったまま日本を脅かす。したがって今のうちに軍事力を行使して核兵器を除去すべき」という主張があります。これは偏った議論でしょう。核施設を確実に除去できるのかどうか。除去に至る過程で軍事衝突が起こり日本と韓国に多数の犠牲者が出るシナリオを両国民が受け入れるとは思えません。

朝鮮半島の統一は現実に進むのでしょうか。

武貞:それは南北の交渉しだいです。4月27日に南北首脳会談が行われた後、韓国の文大統領の支持率は上がり史上最高の85%に達しました。同大統領の任期はあと4年あります。これから毎年、南北首脳会談を繰り返す。そして、任期の最終年にはなだらかな市場統合を実現するでしょう(関連記事「南北会談の主題は『非核化』ではなく『統一』」)。

 南北関係が順調に進めば文大統領の弟子が次期大統領の座に就くでしょう。いま米朝関係がギクシャクしても南北交流は続いているのです。この間、米国が韓国に厳しい姿勢を見せれば見せるほど、韓国の進歩派政権への支持率は高まります。「米国の圧力に抗して、民族の宥和を進めた」と韓国国民は考えるからです。

 文大統領の残り4年、プラス、次期大統領の任期5年の合計9年。こうした状況が続くならば、統一は夢物語だとは言えなくなります。

 先日、韓国を訪問した時、全国紙の記者や学者と討論をしました。皆さん、南北対話と融和の先にある朝鮮半島統一を議論していました。「日本パッシング(日本を外すこと)の平和のプロセスには反対だ。北朝鮮の経済再建の過程で韓国は日本の財力を頼りにしなければならないから」という論議さえ行われていました。朝鮮半島で「まさか」は起きないと思っていてはいけません。

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