6月6日のカンザスシティー・ロイヤルズ戦で緊急降板するロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手(写真=アフロ)
6月6日のカンザスシティー・ロイヤルズ戦で緊急降板するロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手(写真=アフロ)

 「好事魔多し」とは、よく言ったものだ。まさにそうした事態が、米大リーグで活躍を続けているロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手に起こった。

 オープン戦こそ不振を極めたが、シーズンが開幕してからは怒涛の快進撃が続いていた。大谷の代名詞「二刀流」は冴えわたり、3~4月の月間新人王を獲得するや緊急降板となった現地6月6日のカンザスシティー・ロイヤルズ戦までに残した成績は、投手として4勝1敗(防御率3.10)、打者としては114打数33安打、6本塁打、20打点、打率2割8分9厘と素晴らしいものだった。今や、投打において欠くことのできない存在として、首脳陣だけでなくチームメイトからも絶大な信頼を集めていた。

 しかし、アクシデントが起こったのは前述6日のロイヤルズ戦だった。5回表の投球練習で大谷の異変に気が付いた捕手のマルドナドが自軍ベンチのマイク・ソーシア監督とトレーナーを呼んだ。マウンド上で大谷を交えての協議が始まったが、ソーシア監督はすぐさま大谷の降板を決断した。マウンドを降りる大谷は、自分のグラブを叩いて悔しさを滲ませたが、事態はより深刻な状況に発展していた。

マメではなく中度のじん帯損傷

 当初、大谷の異変は4月17日のボストン・レッドソックス戦同様に右手中指にできたマメが原因かと思われた。それゆえに投球に安定感を欠いていた?

 ところがこのゲームの降板後に右肘の張りを訴えて、検査の結果「右肘内側側副じん帯の損傷」が判明したのだ。

 チームからの発表によれば、損傷の程度は3段階の真ん中「グレード2」でじん帯の一部損傷または部分断裂の状態だという。7日にはロサンゼルスの病院で「PRP注射」による治療を受けた。「PRP」はニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手も受けた治療法で、血液から自身の血小板を取り出し、これを注射することで自己治癒力を高めて、痛めた組織の修復や再生を促す効果があるとされている。

 野球選手の肘の治療では、腱そのものを移植する「トミージョン手術」が有名だが、リハビリを経ての復帰には通常1年以上かかる。その点「PRP」で上手く患部が癒えた場合には2カ月ほどでグラウンドに戻ってくることができる。

 現状、大谷の復帰プランは、今後3週間はボールを投げずに調整し、再検査の結果を待って今後の方針を決めることになっている。

「野球界全体が痛手」と米メディアが悲嘆

 大谷の離脱は、アメリカでも大きなニュースとして報じられ「大谷の肘の故障はエンゼルスだけでなく野球界全体の痛手(USAトゥデー)」、「18年野球界のベストストーリーを台無しにする悲しい物語となった(米ヤフースポーツ)」など、多くのメディアが深い落胆を持って伝えた。

 悲し過ぎる「大谷ロス」の喪失感を埋めようと、日米のメディアや野球ファンが原因の究明と今後のシナリオを語り始めている。

  • 日本時代の投げ過ぎが原因ではないか?
  • スプリットの多投が肘に大きな負担をかける?
  • 二刀流が投手としての練習不足を生んだのではないか?
  • 縫い目が高く滑りやすいアメリカのボール(やや重い)の弊害か?
  • 時速160キロ以上のボールを投げることが、人間の限界を超えている?

 日本時代の投げ過ぎを指摘するのは、アメリカに定着している日本人投手へのネガティブな評価だ。ただし大谷の場合は、高校1年生は外野手、2年生は成長期の故障でほとんど投げておらず、投手としてはほぼ高校3年生の時しか投げていない。しかも、夏の大会は県予選で敗れ甲子園にも出場していない。北海道日本ハムファイターズ時代も投球数は管理され、中6日のローテーションもしっかり守ってきた。投げ過ぎということはないだろう。

 アメリカでは、「スプリットが肘に良くない」というのが定説になっているが、これも「そうとは言えない」という研究結果が発表されている。エンゼルスのエプラーGM(ゼネラルマネージャー)も記者からのその種の質問に、これを否定している。

 投手として投げない時には、指名打者として試合に出場している。確かに投手としての練習は限られるが、それでも打者としての練習をこなしてゲームに臨んでいる。身体に負担がかかり過ぎるという心配はあっても、練習が足りないということはないだろう。

 日米のボールの違いについては当初から懸念されていた。中指のマメの悪化は、指が高い縫い目にかかり過ぎることから来ているのかもしれない。ただメジャーリーグに渡って1年目。重く滑りやすいボールを投げることで、積年の負荷が肘に来たというにはまだ早い気がする。

 指摘として最も信憑性があるのは、高速のボールを投げ過ぎることから生まれる故障かもしれない。当たり前のことだが、速い球は腕が速く振れているからこそ投げられるボールだ。大谷は誰よりも腕を速く振ることができる。だからこそ時速160キロを超えるボールを投げることができる。球種を問わず、「よりスピードのあるボールを投げていた投手に故障が起こる確率は高い」という調査結果もある。プロ・アマを問わず、あるいは草野球の選手でも、気持ちよく軽く投げている人には、深刻な故障は起こらないだろう。どこかで身体の限界を超えて投げているからこそ、そのストレスが肘や肩に出る。大谷の故障の原因は、そこにあると考えるのが妥当ではないだろうか。ルーキーの彼は、開幕から全力投球でアピールする必要がある。ストレートも変化球も手を抜くことなく100%に近いモードで投げていたことだろう。

怪我乗り越え投球法の変更迫られる

 このまま「PRP治療」が功を奏して夏以降に復帰できれば万々歳だが、もし「トミージョン手術」となれば、来シーズンも棒に振ることになるだろう。彼は、いったいどうなるのか? 大きな心配は尽きないが、今回の故障を乗り越えた先に大谷に迫られることがあるのは確かだ。それはプレースタイルの変更だ。

 もう時速160キロを連発するようなピッチングはしない方が良いだろう。それを諦めることを強いられる気がする。必要なのは、「二刀流」を確立するためのフィジカル・マネジメント。

 ヤンキースの田中将大投手が良い例だ。彼も故障する前は、時速150キロ台のボールを連発していたが、今では時速140キロ台のボールと変化球のコンビネーションでピッチングを組み立てている。つまり100%の力で投げてしまったら、また故障を誘発してしまうので、常に全力の一歩手前くらいの力加減で投げているのだ。そして、その状態でコンスタントに投げられる(戦える)ことを「プロフェッショナル」というのだろう。

 いくら速い球を投げても、ケガや故障でマウンドに立てなければ「天才」や「レジェンド」と呼ばれても、チームに貢献することはできない。

 これは私たちの仕事や日常においても同じことが言えるだろう。

 「無事之名馬(ぶじこれめいば)」とは、ケガや故障がないことへの評価だけでなく、コンスタントに活躍することの意義を謳っている言葉でもある。

 ケガの功名は、多くの場合、合理性を追求し現実的になることだろう。それはどこか悲しくもあり、しかし美しく逞しくもある私たちの現実だ。

 帰ってくる大谷翔平に求められることは、二刀流の「天才野球選手」からコンスタントを旨とする「プロフェッショナル」に転身すること…なのかもしれない。(=敬称略)

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

春割実施中