現実世界とゲームの世界をAR(拡張現実)技術で結び、爆発的な人気となったスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」。開発・配信を担うのが米グーグルの社内ベンチャーとして産声をあげ、2015年に独立した米ナイアンティックだ。

 ポケモンGOの成功はIT(情報技術)業界に何をもたらしたのか。ARの可能性を広く一般に知らしめたナイアンティックは、次に何を目指すのか。ジョン・ハンケCEO(最高経営責任者)が、日経ビジネスの単独取材に語った。

(日経ビジネス2月5日号の時事深層「ARは既存産業を変革する」で実施したインタビューの全文です)

<span class="fontBold">John Hanke(ジョン・ハンケ)</span>氏<br /> 1966年生まれ、米テキサス州オースティン出身。89年テキサス大学オースティン校を卒業、米国務省に入省。ワシントンやミャンマーでの勤務を経て退職、94年にカリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールへ。在学中から複数のスタートアップ経営に参画する。96年にMBA取得。2000年に衛星写真と地図をリンクさせるサービスを手がけるキーホール社を共同設立。04年、同社がグーグルに買収されると、地理サービス部門でグーグルマップやグーグルアース、グーグルストリートビューの立ち上げを率いる。11年に社内スタートアップとしてナイアンティック・ラボを設立。15年8月に独立し、現職。(撮影:北山宏一、以下インタビュー写真も)
John Hanke(ジョン・ハンケ)
1966年生まれ、米テキサス州オースティン出身。89年テキサス大学オースティン校を卒業、米国務省に入省。ワシントンやミャンマーでの勤務を経て退職、94年にカリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールへ。在学中から複数のスタートアップ経営に参画する。96年にMBA取得。2000年に衛星写真と地図をリンクさせるサービスを手がけるキーホール社を共同設立。04年、同社がグーグルに買収されると、地理サービス部門でグーグルマップやグーグルアース、グーグルストリートビューの立ち上げを率いる。11年に社内スタートアップとしてナイアンティック・ラボを設立。15年8月に独立し、現職。(撮影:北山宏一、以下インタビュー写真も)

ポケモンGOの配信が始まってからの1年半を、どう評価していますか。

ジョン・ハンケCEO(以下、ハンケ):ゲームが人々を物理的に動かすパワーを持っていることを、いろいろな人に実感してもらえた1年半でした。配信直後から、街のいたるところでプレーヤーがゲームを楽しむ光景を見かけました。なかには「一時的な流行で終わるだろう」と眉をひそめる人もいたかもしれませんが、今でも多くのファンに楽しんでもらっています。

 私たちのゴールは「瞬発的なヒット」ではなく「息の長い成功」でした。ゲームを通じて人と人とのあいだにつながりが生まれ、そのつながりが深まるのを、ナイアンティックはイベントの開催を通じて手助けする……。17年8月に横浜市のみなとみらいでのイベントには累計200万人が来場しました。同じく17年11月に鳥取砂丘で開いたイベントにも、(地方都市にも関わらず)8万9000人が訪れました。

 ポケモンGOって「ただのゲーム」ですよ。ゲームに登場するポケモンたちも「ただのARキャラクター」に過ぎません。それでも、これだけ現実世界に大きな影響を及ぼす力を持っていることがわかったのです。この意義はとても大きい。

「家の外で遊ぶ」に支持集まる

「ただのゲーム」「ただのARキャラクター」が、何故これだけの力を持ったのでしょうか。

ハンケ:まずはやはり、ポケモンが世界で長年愛されてきた素晴らしいブランドであることです。16年はポケモンにとって、最初の作品を投入してから20周年という節目の年でした。任天堂や(著作権管理などを担当する)ポケモン社が高品質なゲーム作品の投入を続け、ファンを増やしてきた功績は大きい。

 一方で私はもう一つ、ポケモンGOが人々を家の外に連れ出すゲームだったことがポイントになったと考えています。ゲームそのものの面白さ以上に、ゲームで遊ぶためにプレーヤーたちが外出し、自分たちが日常を送る世界の面白さに気づくきっかけとなった。何気ない日々が、ポケモンたちのおかげでより彩り豊かなものになった。この点が、広く支持されたのです。

たしかにポケモンGOでは、ポケモンを捕まえるのにも攻略アイテムを入手するのにも、現実世界を歩き回らないといけない仕組みになっています。

ハンケ:はい。現実世界では、通りかかることはあっても立ち止まったことはない場所ってよくありますよね。日本であれば近所の神社、とか。ほかにも歴史的な建造物や場所、看板、石像、石碑などなど、私たちの身の回りはいろんな興味深いものであふれています。ただ、その事実に気づかないまま暮らしている人も多いのではないでしょうか。私たちは、ゲームを通じて彼らの背中を押し、日常生活の楽しさや面白さに気づいてほしかったのです。

 外を歩いていれば運動にもなります。運動すると脳の動きも活性化します。部屋のなかでソファに寝転んで(動画配信サービスの)ネットフリックスを鑑賞しているのと、出かけた先でポケモンGOをプレーして歩き回るのとでは爽快感がまったく違う。

 ですからポケモンGOの楽しさは、単にピカチュウを捕まえることにあるのではありません。外を歩き回って、足を運んだことのない場所に出向き、その場所でいろんな人々とつながる点にあるのです。この「外を歩き、新たな視点をもって様々な場所を訪れ、人とのつながりを楽しむ」という3点は、ナイアンティックが非常に重視しているコンセプトです。

「ピカチュウがあらわれる」はARの本質にあらず

17年12月に実施したアップデートでは、プレーヤーがいる場所の天候の変化に応じて、ゲーム内で出現するポケモンの種類が変わる機能を加えました。

ハンケ:世界中の気象データをリアルタイムで取得することで、プレーヤーが今いる場所と同じ天気を、ゲームの世界でも再現しています。ARというと「カメラを通じてとらえた画像に、ピカチュウのようなデジタルのオブジェクトを合成すること」というふうに思われる人もいます。が、それは違います。

 ARは視覚的な体験にとどまりません。現実世界とデジタルの世界をつないで両者の垣根をなくしていく取り組み、言い換えれば、現実世界にデジタルの情報がシームレスに共存するための取り組み、その全てを含んだ言葉なのです。

現実世界とデジタルの世界をつないでいく……。天候のほかには、どんなアイデアがありそうですか。

ハンケ:いくらでもありますよ。社員ともよく話をしています。たとえば天気以外では、季節というのも一つの要因になりうると思います。

 それから、こんなのはどうでしょう。最近では航空でもバスでも、あるいは船舶の運行会社でも、運行データをリアルタイムに更新して、一般にも公開しています(編集注:民間の旅客機ならflightradar24など)。このデータをゲームの世界と連動させることができたら、面白そうだと思いませんか?

 たとえばゲームの世界で使うアイテムを持って、バス停まで足を運んだとします。現実世界でバスがやってきたら、ゲームの世界でもバーチャルのバスがやってきて、手元のアイテムを「載せる」ことができる。現実世界でバスが移動するにつれ、ゲーム内の世界でもアイテムが移動していくのです。ゲーム内でバスがアイテムを「運んでくれる」ということですね。

 飛行機にアイテムを載せれば、地球の裏側までアイテムを運んでもらうような新しい体験も可能になります。これも現実世界とデジタル世界の融合です。

なかなか斬新ですね。

ハンケ:反対に、ゲームの世界で起きていることを現実世界に反映させることもできます。ナイアンティックの位置情報ゲーム「イングレス」では、ゲーム内で何が起きているかの情報を公開しています。ですからゲーム内で自分のチームの陣地が攻撃されると、現実世界でもその場所に置いてある照明の色が変わったり、スモーク装置を作動させたり、ということも可能になります。

 要するにIoT(Internet of Things、モノのインターネット)ですね。ソフトバンクの孫(正義)さんもよく語っていますが、これからは世界のあらゆるモノがインターネットにつながる。ARを活用すれば現実世界とデジタルの世界は溶け合い、両者の垣根はますます低くなっていくのではないかと思います。

ポケモンGOの成功は、IT業界にどんな影響を与えたと思いますか。

ハンケ:ARに注目が集まり、関連産業の盛り上がりに火がつきました。米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOに、アップルのティム・クックCEO。あるいはグーグルのスンダー・ピチャイCEO……。いずれもポケモンGOの配信前は、ARについての言及は少なかったと記憶しています。

 元々フェイスブックとグーグルが熱心だったのはVR(仮想現実)でした。アップルに至ってはVRについても言及が少なかったように思います。それが、状況が全く変わりました。ポケモンGOの配信が始まったあとの決算発表会などでは、必ずといっていいほどARの活用について語られるようになりました。

VRとARの可能性について、ハンケCEOはどう考えていますか。

ハンケ:VRは、現実世界とは隔離された場所での体験です。現実世界とは完全に切り離され、ファンタジーの世界に足を踏み入れていくようなものです。VRとARは同じ文脈上にある技術としてとらえられがちですが、仮想の世界に入り込むVRは、現実とデジタルを組み合わせるARとは根本的に異なるものです。

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ただ日本では一般的に、ARよりVRのほうが導入が進んでいます。

ハンケ:もちろん「VRに投資するべきではない」と言いたいわけではないですよ。ただやはりVRとARの得意不得意を理解しないといけない。

 VRは、ホームシアターの延長線上にあるものだと思います。DVDがブルーレイになって、ハイビジョンテレビが4Kテレビになって、ステレオが9.1チャンネルサラウンドになった……そんな流れで、次に何がほしいかと考えたときに選択肢として浮かんでくるのがVRだと思うのです。

 ただしVRが素晴らしいものであっても、大きなゴーグルで現実世界と自分を遮断し、「仮想の映像内に身を浸す」というのは、人が朝から晩までやることではないだろう、というのが私の考えです。

人間は現実世界を生きているから、と。

ハンケ:そうです。家にいてリラックスしたいときはVRが適していると思います。ただ、ビジネスとして可能性があるのは家の外で使える技術ではないでしょうか。ARは、現実世界にデジタルの付加価値をもたらしてくれます。家で楽しむ仮想の世界より、現実世界に影響する技術のほうが応用の幅も広いはずです。

 ポケモンGO以降、IT企業もこぞってARの開発に本腰を入れ始めています。これは私たちにとっても、とってもエキサイティングな時代になった、といえます。今後はARに最適化されたハードウエアが登場すれば、ますますARは人々の支持を得ていくことになるのではないでしょうか。

グーグルグラス、コンセプトは間違っていなかった

ARに最適化されたデバイスという文脈では、2013年に発表されたグーグルグラスが思い浮かびます。しかしグーグルグラスの販売は開発者向けに限られ、消費者の手に届くことはありませんでした。

ハンケ:一般論として「グーグルグラスは失敗だった」と考えられています。けれど、これは単にハードウエアの性能が足りなかったというだけ。コンセプトが間違っていたとは思いません。将来人類が振り返ることになったとき、グーグルグラスは技術史に残るマイルストーンとして位置づけられることでしょう。

 どんな分野の製品であっても「世界初」が最も成功するとは限りません。任天堂のファミコンだって、世界初のテレビゲーム機ではありません。iPhoneだって、世界初のスマートフォンではありません。いろんな製品が繰り返し繰り返し開発され、投入されるなかで、いつかブレークスルーが訪れるのです。

 ARに最適化されたデバイスでブレークスルーが起きるのも、時間の問題だと思います。グーグルだけではなくて、最近はエプソンもARに対応したメガネ型デバイスの開発を進めています。米Osterhout Design GroupやMiraという会社も、魅力的な製品の開発を進めています。

ちなみにスマートフォンは、ARにとっては理想的なデバイスではないということですよね。

ハンケ:そうですね。スマートフォンは、ARにとっては本格普及に向けての「つなぎ」のデバイスだと思います。

ARに適したデバイスとは、どんなものになるのでしょう。

ハンケ:ひとつはグーグルグラスのような、視覚経由で情報を取得するメガネ型デバイス。もうひとつが、耳に装着する聴覚型の端末です。ここにAIを活用したバーチャルアシスタントを組み合わせれば完璧です。

視覚と聴覚を組み合わせた端末になるのでしょうか。

ハンケ:いえ、聴覚だけの可能性もあります。スカーレット・ヨハンソンが出ていた「her」という映画がありましたが、その世界と一緒ですね。視覚なのか聴覚なのか、それともその両方なのか。それは私にもまだわかりません。

ナイアンティックとして、ゲーム以外の分野に参入する考えは。

ハンケ:あります。会社としてのゴールは、ARを活用したいろいろなアプリケーションやサービスを生み出すための技術的な基盤(プラットフォーム)を提供する会社になる、ということです。ゲームはそのスタートに過ぎません。ゲームで培った技術を、将来的には旅行やショッピング、あるいは恋人とのデートにも使えるようなARプラットフォームの開発につなげていきます。

ゲームはROIが高い

ではARを活用するフィールドとして、ゲームを選んだのは何故ですか。

ハンケ:それは単純に、ゲーム事業のROI(投資に対するリターン)が高いからです。その技術を使いこなすのに努力が必要になりますが、楽しんでもらえる。実用的なアプリケーションの場合、(技術が成熟するまでの)リターンは低く、しかも使い勝手を高めるためにそれ相応の投資が必要になります。

ゲームは何か不具合があっても所詮遊び……ですよね。

ハンケ:パソコンが普及し始めた30年ほど前も、最初は「家計簿をつけられますよ」「夕食のレシピを保存しておけます」というのが宣伝文句でした。けれど実用的ではなくて、誰もそんなことはしなかった。当時のパソコンでみんなが何をしていたかというと、ゲームで遊んでいたのです。

 広い意味で「携帯する端末」ということでいえば、iPhoneが登場するより遥か前に任天堂のゲームボーイが登場しているのも、同じですよね。最新技術の扉を開くのは、いつもゲームなんです。私たちがARを活用する対象として最初にゲームを選んだのも、ごく自然な流れだったと思います。

さきほどARで買い物を変えることもできる、と話していました。ナイアンティックなら、どんな体験ができるようしますか。

ハンケ:小売業は、本当に「再発明」されなきゃいけない業態だと思います。みんな悪戦苦闘しています。消費者は、店まで足を運んだのにネットでも買える商品が売り場に並ぶだけの光景を目にするのに飽き飽きしています。たとえばAR対応のメガネ型デバイスを使えば、手に取ったジャケットをその場でバーチャルに試着して、自分に似合うかどうか確認できるようになるでしょう。

 私が成し遂げたいのは、身の回りの商品の脱・コモディティ(汎用品)化です。シャツでもジャケットでも靴でも、私たちの身の回りの商品は本当に安く売られるようになっています。しかし、大量生産された安価な商品を漫然と購入する時代はじきに終わるでしょう。これからは商品について深く知識を得たうえで購入する時代になるはずです。

 商品はどこからやって来たのか。職人が手作りしたのか、それとも工場で生産されたのか。使われている素材は環境に優しいものなのか……。ARを使えば買い物を単なる「商品を入手する行為」ではなくて「商品にまつわるストーリーに耳を傾け、学びを得る体験」に変えられるのです。

情報を伝えるのであれば、必ずしもARを使う必要はないのでは。「情報を盛り込んだ冊子を売り場に置いておく」のような方法もありえますよね。

ハンケ:それでもいいですが、だって面倒でしょう? 商品を手に取るという行為と、その商品についての情報を得るという行為を、シームレスにつなげられるのがARだと思います。デジタルですからコンテンツに制限がありません。映像や音声を加えることもできます。情報の説得力が増します。

 何より大切なのはユーザー・エクスピリエンス(UX)です。消費者にいかに面倒をかけず、かつ楽しく情報を得てもらえるかが大切なんです。iPhoneもそうでした。iPhoneの機能のほとんどは、他社の端末でも既に実現できていたもの。けれど他の端末は操作が面倒だったり、デザインが醜かったりした。

 いまでも売り場にQRコードを印刷したカードを置いておけば、消費者はスマートフォンでコードを読みとり、情報にアクセスできます。けれど、それって面倒ですよね。そうじゃなくて、デバイスが自分の視線の先にあるものを自動認識し、特に指示しなくても情報を教えてくれるようにしたいのです。

小売業との提携検討したい

旧来型の小売業との提携もありえますか。

ハンケ:喜んで検討したいと思います。レガシー企業で、自分たちのビジネスを一から作り直したいと思っているところは数多くあると思います。

2017年秋に、約200億円の資金調達を実施しました。

ハンケ:ベンチャーキャピタル数社と、中国のネットイーズに力を借りることにしました。お金は、ARの技術基盤を整えるのに使う予定です。2018年の最初の四半期のうちに、技術関連でひとつ、発表を用意しています。

ハリー・ポッターを題材にした新しいARゲーム「Harry Potter : Wizards Unite (邦題未定)」の開発も明らかにしました。どんなゲームになりますか。

ハンケ:まだお伝えできないですね……。

やはりポケモンGOのように、外を歩き回るゲームになるのでしょうか。

ハンケ: それはそうですね。さきほどお話ししたように「外出してもらって、街のいろんな場所を訪れてもらって、人とのつながりを楽しんでもらう」という3つのコンセプトはポケモンGOと同じです。ハリー・ポッターも、この3つのコンセプトがゲームの核となります。ただ、もちろん新しい技術も投入して、ポケモンGOとは違う体験も楽しんでもらえるようにしますよ。

ポケモンGOとはどう違うのですか。

ハンケ:それは、配信をお待ちください。

そもそも、今回の訪日の目的は何だったのでしょうか。

ハンケ:それも秘密です。ただ将来的なプロジェクトがあって、その打ち合わせのため、というのは一つの理由です。じきにわかります。お楽しみに……。

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