(写真:AP/アフロ)
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対話から交渉モードへのギアチェンジ

 今回の日米首脳会談の通商分野の結果は、「交渉への同床異夢のギアチェンジ」だった。

 昨年2月の日米首脳会談では、マイク・ペンス副大統領と麻生太郎副総理による日米経済対話(dialog)が合意されたが、今回それがロバート・ライトハイザーUSTR代表と茂木敏充経済財政担当相による協議(talks)へ移行することになった。これは単なる「看板の付け替え」ではない。

 より交渉の要素が強まったのは事実だ。しかし「交渉(negotiation)ではない」というのが日本側の説明だ。これに対してトランプ氏は、「交渉」の結果、「合意」を目指すと明確に発言した。少なくともトランプ氏の思いは交渉なのだ。

 トランプ氏の意を受けて忠実に交渉するだけの「交渉屋」であるライトハイザーUSTR代表が米側の責任者になった。これを受けて立つのがTPP11の交渉で評価を上げた茂木大臣である。この2人の人選が交渉モードへのシフトを物語っている。

 さらに本件もTPP同様、取りまとめ役を外務省ではなく、官邸主導にするとの意図も背後にある。強力な通商外交を展開するために、こうして実質的に内閣官房を徐々に「日本版USTR」にして体制強化していくのが官邸の方針だろう。

FTAは念頭にないが、協議の結果次第

 焦点であった日米FTAについては、今回の首脳会談の共同記者会見でも言及せず、その後の日本側の説明でも、「日米FTAは念頭にはなく、その予備交渉でもない」と明言している。やはりこれまで同様、今は明示的にFTA交渉というタイミングではない、との日本側の考えを米側が了解しているのだろう。

 昨年のペンス副大統領や最近のラリー・クドロー国家経済会議委員長が「いずれFTAを締結することが望ましい」との言い方をしているのもそうしたことを踏まえてのことだ。協議をした結果、それが将来FTAになるかもしれない、との位置づけだ(参照「事実上『日米FTA交渉』は既に始まっている」2017年11月8日」)。日本も現在TPP関連法案が国会審議にかかっていることもあって、まずはTPPを固めることが先決だ。米側はそれを邪魔しない代わりに、日本は二国間の協議もきっちりやる、との了解だろう。

 そういう意味では、昨年来の両国の暗黙の了解を踏襲したと言える。

協議を巡る日米の綱引き、結果は同床異夢

 トランプ氏の頭は690億ドルに上る対日貿易赤字しかない。貿易不均衡の是正が目的で、それを表すのが今回も出てきた「互恵的(reciprocal)」というキーワードだ。それは昨年2月の首脳会談からキーワードになっていて、要警戒であることはかつて指摘したとおりである(参照:「トランプ氏が発した『互恵的』の真意」2017年2月14日)。

 これに対して、安倍晋三総理は「互恵的」を敢えて「相互の利益になる貿易取引のための協議」と説明した。

 これは似て非なるもので、前者は結果の平等を目指し、80年代から貿易不均衡というアンバランスな結果を是正する大義名分に使われてきた言葉だ。他方、後者は双方向のウィン・ウィンを意味する。これは、例えば米国が農畜産物の関税引き下げを日本に要求するならば、日本も米国に対して自動車の関税引き下げを要求するとの伏線だ。駆け引きは、この「互恵的」というキーワードを巡って行われているのだ。

 もう一つの同床異夢は協議のスコープだ。

 安倍総理は協議の目的として、「公正なルールに基づく」「インド太平洋地域の経済発展を実現するために」と説明した。ここには「対中国」戦略への思惑が込められている。これを直裁に翻訳すると、「単に日米二国間の問題に終始するのではなく、視野を広げて中国を睨んだルール作りで日米がどう協力するかも協議したい」ということだ。そこには最近の中国への懸念を背景に、デジタル貿易など、TPPを越えたプラスαのテーマを念頭に置いているのだろう(参照:「直前予想、日米首脳会談はこうなる!」2018年4月17日)。

 戦略的には極めて大事なのだが、そういうことには全く関心がなく、対日貿易赤字という目に見えた数字しか映っていないトランプ氏の視野を果たして広げることができるかどうか、至難の業だろう。

 これは協議をどういう時間軸で行うかにも影響する。

 トランプ氏は11月の中間選挙を睨んで、目に見える成果を支持層にアピールすることが目的だ。当然短期での成果を出したい。他方、対中を睨んだルール作りにまで視野を広げて交渉すると当然時間を要する。トランプ氏の大統領再選スケジュールに合わせた時間軸で丁度だろう。

 今後、ライトハイザーUSTR代表と茂木大臣の交渉では、こうした協議のスコープと時間軸をどう設定するかのせめぎ合いにまず直面するだろう。

鉄鋼問題は協議合意のための人質

 鉄鋼問題は安倍総理の日本除外要求にもかかわらず、継続協議となった。トランプ流交渉術でまんまと人質にされたようだ。トランプ氏は通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウムの関税引き上げを多くの国々との間で交渉材料にしていると誇らしげに語った。日本とも上記協議に絡めて、交渉の進展次第では将来的に関税引き上げから除外される可能性があるとした。これは、「しばらくは協議の人質にする」と明言したものだ。本来の制度の安全保障とは全く無関係で、筋違いであっても平然と言ってのけるのがトランプ氏だ。

 これに対する「本来、同盟国の日本は除外されるべき」との安倍総理の言葉も全く意に介さない。しからば、日本もこの措置がWTO違反であるとして提訴することも考えるべきだろう。所詮駆け引き、ゲームとしか捉えていない相手には、それに応じた対応を淡々と行うのが得策だ。ただ国内には対米配慮の外務省などを中心に慎重派も多くいるので、今後の政府内調整が注目だ。

 こうした同床異夢はライトハイザー・茂木協議ですぐに顕在化するだろう。そしてそこから厳しいせめぎ合いが始まることを今回の日米首脳会談は示唆している。

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