マツダが「人とくるまのテクノロジー展」に出展した次世代SKYACTIVの車体。車体側面の開口部を環状構造で補強している(濃いグレーの部分が従来に対して強化した部分)
マツダが「人とくるまのテクノロジー展」に出展した次世代SKYACTIVの車体。車体側面の開口部を環状構造で補強している(濃いグレーの部分が従来に対して強化した部分)

 毎年5月に楽しみにしている展示会がある。一般にはあまり馴染みがないかもしれないが、その名を「人とくるまのテクノロジー展」という。主催しているのは、自動車技術者の学会である、「自動車技術会」で、この展示会は同学会が開催する学術講演会の併設展示会という位置づけだ。しかしこの展示会、併設展示会というにはあまりにも規模が大きい。1992年から始まったこの展示会を、筆者は20年以上にわたって見てきたのだが、かつてはパシフィコ横浜の展示ホールの半分程度の規模に過ぎなかったのが、現在ではすべての建屋を使っても入り切らないほどの出展申し込みがあるという。しかも現在の展示ホールはかつての約2倍に拡張しているから、発足当初に比べると4倍以上の規模になっているはずだ。

初めて次世代SKYACTIVの車体を展示

 この展示会、通称「人くる」に行くと、いろいろと掘り出し物が見つかることがある。筆者がまず目を引かれたのは、マツダが次世代の「SKYACTIV」の車体の実物を初めて一般公開していたことだ。すでに次世代のSKYACTIVエンジンである「SKYACTIV-X」についてはこのコラムの第89回や第96回で取り上げているのだが、次世代SKYACTIVで刷新されるのはエンジンだけではない。車体やサスペンションの考え方も含めてすべてを一新する予定だ。

 これらを総称してマツダは「SKYACTIV Vehicle Architecture」と呼んでいるのだが、その次世代車体を、マツダは今回「人くる」に持ち込んだ。SKYACTIV-Xは昨年の「東京モーターショー2017」で一般公開しているが、次世代車体の一般公開はこれが初めてだ。ただし今回公開したのは、前回のこのコラムで紹介したFR(フロントエンジン・リアドライブ)レイアウトの「Large」アーキテクチャーではなく、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)レイアウトの「Small」アーキテクチャー向けの車体だ。もっともFR向けでも、基本的な考え方は踏襲すると思われる。

 「SKYACTIV Vehicle Architecture」が最終的に目指しているのは、人とクルマが一体となり、人間の能力を最大限に生かすことである。例えば人間は歩いているときに、頭は揺れず視線もぶれない。これは人間の身体に仮想の軸があり、視線がぶれないように、無意識に身体を使っているからだ。この仮想の軸が滑らかに働くことが、クルマの運転中に視線をぶれさせないために重要である。

 このために今回、マツダは車体設計に新しい考え方を導入した。これまで車体剛性は、ねじり剛性や曲げ剛性といった特性で評価するのが一般的だった。これに対してマツダは、右前輪と左後輪、あるいは左前輪と右後輪というように、斜めの位置にある車輪の動きの関係が重要であり、この両輪を結ぶ対角線で見た車体剛性が、運転者の運転感覚に大きな影響を与えることを見出した。

 対角方向の剛性が重要なのは、車体に伝わった衝撃など路面からの情報を、すばやくドライバーに伝えるためだ。右ハンドルのクルマの場合、ドライバーは右前輪と左後輪を結んだ対角線上に位置しており、この方向の剛性を強化すれば、それだけ前輪に伝わった衝撃が素早くドライバーに伝わる。路面からの情報が早くドライバーに伝われば、ドライバーはそれだけ速く反応することができる。車体に伝わった衝撃をドライバーにすばやく伝えるために、次世代SKYACTIVでは車体構造だけでなく、例えばシートも身体に密着させることを重視している。

新旧車体構造の比較。対角線方向の車体剛性を強化したのが特徴だ。
新旧車体構造の比較。対角線方向の車体剛性を強化したのが特徴だ。
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 具体的に、対角線方向の車体剛性をどう強化しているか。従来のマツダの車体構造では、例えばセンターピラーとルーフの補強材、およびフロアの補強材を結合した「環状構造」を構成することを重視していた。今回は、この横方向の環状構造に加え、クルマの縦方向でも環状構造を構成することを重視したのが特徴だ。例えば従来は、サイドシルとリアピラーの補強材がホイールアーチを介して結合されていなかったり、あるいはフロントピラーの根本とサイドシルを結ぶ部材が、ストラットタワーとの間で環状構造になっていなかったり、という具合だ。次世代車体ではこうした部分の強化を図った。

モーターでタイヤを微妙に動かす

 足回り部品では、NTNが出展した「sHUB」が面白かった。これは、サスペンションとタイヤをつなぐ「ハブベアリング」と呼ばれる部品にタイヤの角度を微妙に調整するモーター機構を組み合わせたものだ。従来のステアリング機構は、当たり前のことだが、どの程度ステアリングを切ったら、タイヤの角度がどの程度変わるかは固定されており、走行しながら直進やコーナリングなどの走行条件ごとに最適な設定に変更することはできなかった(一部に、変更が可能な機構も存在する)。

NTNが出展した「sHUB」。モーターでタイヤの角度を微妙に調整する。走行条件を最適化したり、ドライバーのステアリング操作に対する応答性を高めたりといった機能を実現できる。
NTNが出展した「sHUB」。モーターでタイヤの角度を微妙に調整する。走行条件を最適化したり、ドライバーのステアリング操作に対する応答性を高めたりといった機能を実現できる。

 今回のsHUBは、既存のステアリング機構を大きく変更することなく、左右のタイヤの角度を個別に補正することができるのが特徴だ。運転時のハンドルの操作角度と車速のデータをもとにタイヤの転舵角度を最適に補正することで、車両のコーナリング性能や高速直進時の安定性を向上させるほか、スリップなど非常時の車両姿勢を安定化させる機能も備える。そのための制御技術を神奈川工科大学と共同で研究し、「sHUB」に適した制御方法を開発した。この制御方法を適用すると、車両の安定性が向上するため、運転時のステアリング操作量を最大4割減らせるという。そのぶん運転の負担は軽くなる。

 意外だったのは、この機構によってステアリング操作に対するタイヤの動きの応答性も高まるということだ。通常のステアリング機構では、ステアリングを回転させると、その動きが機構的にタイヤに伝えられてタイヤが動く。しかし、軸のねじれなどがあるため、その応答には一定の遅れがある。これに対して、sHUBではステアリングの動きをセンサーで検知し、電気的にモーターに伝え、モーターでタイヤを動かす。これにより、例えばレーンチェンジのときの車両の応答時間は、従来が0.2秒だったのに対してsHUBを搭載すると0.1秒と、応答時間が半分に短縮されたという。

 自分が操作した結果が、より早く車両の動きに反映されれば、それに対する修正も速くできるので、運転しやすくなり、安心感も増す。まだ車両に搭載して実験を始めたところで、システムの耐久性や、ばね下重量が重くなることによる乗り心地の悪化など、実用面での検証はこれからだが、自動運転技術の実用化が広がる中で、自家用車には運転の楽しさを向上させることが求められており、sHUBはそのための技術として期待が持てる。

“ライダー”を様々な企業が出展

 その自動運転技術を実用化するうえで必須のセンサーと言われているのがレーザー光を使うレーダー、いわゆる「ライダー(LiDAR)」である。現在、実験車両などで主に使われているのは米ベロダインの製品だが、高いものでは価格が800万円以上もすることや寸法が大きいことなどから、画期的な低コスト化・小型化が求められている。この拡大必至の市場を巡って大手自動車部品メーカーからベンチャー企業までが入り乱れて開発競争を繰り広げていることは、すでにこのコラムの第63回でもお伝えしてきた通りだが、今回の「人くる」でも様々な企業が出展していた。

 最も注目されるのは、京セラがライダーを開発中であることを表明したことだろう。京セラのライダーの特徴はカメラと一体化することで「センサーフュージョン」を1台で実現したことだ。このコラムの第63回でも触れたように、センサーには得手不得手があるため、自動運転では「カメラ」「ミリ波レーダー」「ライダー」の3種類のセンサーを搭載することが必須とされている。今回の京セラの試作品はこのうちのカメラとライダーを一体化したものだ。

京セラが出展した開発中のライダー。カメラと一体化しているのが特徴だ。
京セラが出展した開発中のライダー。カメラと一体化しているのが特徴だ。

 現在のライダーでは認識したい範囲にレーザー光を照射するのに、多数のレーザー素子を搭載したり、本体を回転させたり、あるいはモーターで回転する鏡を使ってレーザー光の方向を変えたりといった方式が採用されており、これが小型化・低コスト化の障害になっている。このため多くのメーカーでは低コスト化や小型化を狙って、機構部分のまったくない「メカレス化」を図る企業が多い。

 これに対して今回京セラが出展したのは、ガルバノミラーと呼ばれる、モーターでミラーを動かしてレーザー光をスキャンさせる方式だ。あえて「メカ式」を採用したのは、信頼性の確立した技術を使うことで早期の実用化を狙ったためだ。認識できる範囲は横方向に20度、縦方向に5度で、解像度は縦方向が65、横方向が85だという。組み合わせるカメラの画素数は2044×2044で、本体の寸法は幅70×高さ60×奥行き100mmと、ライダーとカメラを一体化した割には比較的コンパクトだ。現在はルームミラーの裏の室内側にカメラを取り付けることが多いが、京セラの新型センサーも、これと同様に室内に取り付けることを想定している。

デンソーも出資するベンチャー企業

 今回の「人くる」では、京セラ以外にもライダー関連で「掘り出し物」に出くわした。一つは長瀬産業のブースに展示されていた米TriLuminaのライダーである。現在のライダーのほとんどは、レーザー光をスキャンすることによって、認識したい範囲の物体の検知や、物体との距離測定を行っている。これに対してTriLuminaのライダーは「フラッシュライダー」という、スキャンしない方式である。その代わり、微小なシリコン製の基板上に多数のレーザー素子を形成した「面発光レーザー」を使い、ちょうどカメラのフラッシュを物体に当てて写真を撮るように、検知したい範囲全体に一度にレーザー光を当て、物体の検知や距離の測定をするのが特徴だ。

長瀬産業が出展した米TriLumina製の面発光レーザー素子。放熱のためのフィンを取り付けている
長瀬産業が出展した米TriLumina製の面発光レーザー素子。放熱のためのフィンを取り付けている

 面発光レーザーはすでに通信などの分野では実用化されている技術だが、ライダーでは100m以上の遠くにある物体を検知する必要があるため、出力の高い面発光レーザーが必要で、これを製造するのが難しく、まだ実用化には至っていない。TriLuminaはライダー用の面発光レーザー技術を開発しているベンチャー企業で、デンソーも出資するなどこの分野では高い技術力を備える。以前から筆者も注目していたのだがまだ実物を見たことがなかった。展示したのは7mm角のプリント配線板上に面発光レーザー素子とドライバーICを取り付けたもので、150のレーザー素子をチップ上に形成している。

中国製のライダーも

 もう一つ、掘り出し物と思ったのが自動運転開発ベンチャーのZMPが自社ブースに展示していた中国ロボセンスのLiDARだ。2種類のライダーが展示されていたのだが、そのうちの一つは、米ベロダイン製とそっくりの円筒形状のもので、内部でレーザー光の発信源そのものを回転させて周囲360度の物体を認識するタイプと思われる。こちらはZMPが代理店となって5月下旬から国内販売を始めている。そしてより注目されるのが、もう一つ展示していた「M1」というタイプのMEMSを使うタイプだ。MEMSは「Micro Electro Mechanical Systems」の略で、半導体製造プロセスを使って作る微小な機械システムのことだ。

自動運転技術の開発ベンチャーであるZMPが展示した中国ロボセンスのライダー。すでに販売しチエル円筒形のタイプ(右)と、開発中のMEMSを使うタイプ(左)
自動運転技術の開発ベンチャーであるZMPが展示した中国ロボセンスのライダー。すでに販売しチエル円筒形のタイプ(右)と、開発中のMEMSを使うタイプ(左)

 MEMSは面発光レーザーと並んでライダーの小型化・低コスト化を可能にする技術として注目されている。具体的には、半導体製造プロセスで微小な鏡を形成し、この鏡の角度を変えることでレーザー光をスキャンしようというアイデアだ。日本ではパイオニアがMEMSを使ったライダーの開発に力を入れている(関連記事)ほか、イスラエルのInnoviz Technologiesというベンチャー企業も開発を進めている。つまり、MEMSを使ったライダーは、先進国でもまだ開発途上の最新技術なのである。

 ロボセンスが開発を進めているM1のスペックを見ると、検知距離は最大200m、検知範囲は水平方向に63度、垂直方向に20度で、それぞれの解像度は0.09度、0.2度、走査速度は20フレーム/秒と、パイオニアやInnovizの試作品と比べてもそん色ない。実用化時期や目標コストなどは今回分からなかったが、ライダーのような最新の自動運転用技術でも中国が猛追してきていることを、今回の「人くる」では実感した。

 トヨタ自動車は、2018年1月に開催された世界最大級の家電見本市「CES 2018」で、モビリティ・サービス専用の自動運転EVのコンセプト車「e-Palette Concept」を発表しました。2020年に実証実験を開始することを目指しています。日産自動車も2018年3月に自動運転EVを使ったモビリティ・サービス「Easy Ride」の実証実験を横浜・みなとみらい地区で実施しました。トヨタや日産だけではありません。いま世界の完成車メーカーはこぞって「サービス化」に突き進んでいます。それはなぜなのでしょうか。

 「EVと自動運転 クルマをどう変えるか」(岩波新書)は、当コラムの著者である技術ジャーナリストの鶴原吉郎氏が、自動車産業で「いま起こっている変化」だけでなく、流通産業や電機産業で「既に起こった変化」も踏まえて、自動車産業の将来を読み解きます。自動車産業の変化の本質はEVと自動運転が起こす「価値の革新」です。その全貌を、ぜひ書店でご確認ください。

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