働き方改革関連法案が5月31日の衆議院で賛成多数で可決されました。残業規制、同一労働同一賃金、脱時間給が3本柱です。今は事実上、青天井で残業時間を延ばせますが、年720時間が上限となります。日本生産性本部の調査によると日本の一人あたりの労働生産性は主要7カ国(G7)中最も低いです。労働生産性を上げるためには、労働時間を減らすか、売り上げをあげるか、両方やるか、となります。
労働時間と成果の両立の難しさは、第一生命がまとめたサラリーマン川柳にも表れています。「人減らし、定時であがれ、結果出せ」なんとも悩ましい限りではないでしょうか。
ビジネスパーソンとしては愚痴ってばかりいても仕方ありません。華僑がよく口にする言葉、「上に政策あれば下に対策あり」を実行していく必要があります。ビジネスパーソンにとって、上の政策とは、生産性の向上に他なりません。
下の対策を考えるとき、まず念頭に置きたいのが、企業とは個人プレーを披露する場所ではないということです。一人ではなし得ないことを達成するために複数の人間が集まっているのです。ですから、チームプレーを制する者が、ビジネスパーソン人生を制すると言っても過言ではないでしょう。
みんなが避ける人にこそ注目を
チームには様々な人がいます。今回はその様々な人たちの中でも、周囲が距離を置きたがる「扱いづらい人」たちを制する方法をご紹介します。扱いづらい人もタイプは様々ですが、ここでは一例として「愚痴っぽい人」「仕切りたがる人」「アピールしたがる人」「口だけの人」「噂好きな人」「議論好きな人」について見ていきましょう。
扱いづらい人を制するとは、扱いやすく誘導するように思われる方が多いと思います。それもそうなのですが、それだけではありません。菜根譚に次のような言葉があります。「事を議する者は、身、事の外にありて、よろしく利害の情を悉(つ)くすべし」。意味としては、物事を検討するときには、第三者の立場に身を置いて、利害の実情を見極めるのが良い、となります。
多くの人は、扱いづらい人のデメリットにフォーカスしています。一方、何事も「陰陽」、表裏一体で考える華僑は、デメリットがあれば、必ずメリットもある、と考えます。「扱いづらい」からこそ操りやすいのです。「問題がある」からこそ利用できるのです。「みんなが避けている」からこそ近づきやすいのです。
それでは一つずつ見ていきましょう。
愚痴に巻き込まれず味方につけるコツ
「後輩の要領が悪いせいで、仕事が増えて大変ですよ」
「上司はいつも忙しいと言って、クライアント先に全然同行してくれないどころか、指導もしてくれない」
些細なことでも大変そうに言う愚痴っぽい人は、物事のマイナス面を見るくせがあります。後ろ向きな空気を振りまくので、対応が面倒くさい人として距離を置く人が多いのではないでしょうか。
敬遠されがちな愚痴っぽい人は、常に愚痴る相手を求めているので、少しでも愚痴に付き合えば、長々と時間を取られるため避けられるのも無理もないでしょう。
そんな愚痴っぽい人は、非常に操縦しやすい相手といえるでしょう。なぜならば、内心を探ろうとしなくても愚痴に付き合うだけで、趣味嗜好から思考まで丸裸にすることが容易で、愚痴に付き合うだけで相手の欲求を満たすことができるのです。
ですので、このようなタイプは、喜んで愚痴を聞いてあげ、自分が何か提案した時の賛成票として確保しておけばいいのです。
ここでの注意点は、あくまで「聞くだけ」に徹すること。相手の愚痴に対して、「自分もそう思う」「それもそうだね」「一理ある」などとは決して言ってはいけません。同意、同調したと勘違いさせると他のところで、「あの人も同じことを言っていたんだけどね」と勝手にこちらの口を使われ、あらぬ誤解やトラブルの元となりかねません。
“ずるゆる”的には、話を切り上げるときに、愚痴で終わらせないのも大切です。例えば相手がこんな愚痴を言ったとします。
愚痴マン「最近、上司の機嫌が悪くて最悪ですよ。ちょっとしたことですぐに怒るし、八つ当たりはやめてほしいですよ」
あなた「そうなんですか~。なんか事情があるのでしょうね」
愚痴マン「お子さんの受験のことで夫婦喧嘩が多いみたいですよ」
あなた「そうなんですか~。じゃあ、一時的なものですね。あっ、こんな時間だ、そろそろ行きましょうか」
愚痴っぽい人には、その愚痴の対象となっている人や物事の事情を考えさせる投げかけをして、話をずらしてから、切り上げます。「事情」を使って、愚痴の連鎖を断ち、最後を愚痴で終わらせないことによって、モヤモヤ感を軽減します。
仕切り屋は表に立ってくれる有難い存在
「あなたこれをやって、誰それはあれをやって」
「何時に集合。遅れたら罰金ね」
誰も頼んでもいないのに、仕事の分担やスケジュール、ルールなどを勝手に決めつけて押し付ける。仕切る立場ではないのに、仕切りたがる人は「なぜ、あなたに決められないといけないの?」「なぜ、言う通りにしなければならないの?」と反感を買いやすく、煙たがられていることが多いでしょう。
ですが、「陰陽」で物事を考える華僑からみれば、仕切りたがる人は自ら進んで陽の立場に立ってくれるありがたい存在です。「陽」のポジションどりを常にするということは、何かトラブルやミスが起こった時に責任が発生する立ち位置です。「仕切る」と「責任」はセットですから、仕切らせれば、責任を取らせることもできますので、大歓迎です。
仕切り屋さんを毛嫌いせずに近づいて内心を探り、自分がやってみたいこととの同意点を見つけ、それを仕切らせることができればしめたものです。自分のやりたいプランを仕切り屋さんに前を歩かせることによって、トラブルやミスがあったときに、自分が責任を取らされることを回避できます。
ここでのポイントは、「これはあなたが仕切っているから、それに従っているよ」というメッセージを発信しておくことです。「あなたの責任」というのを感じると、自然に仕切り屋さんではなくなっていくでしょう。責任を取ってでも仕切りたい人には、そのまま前を歩いてもらえばいいだけですね。
アピール好きの自慢話はノウハウの宝庫
自分がどれだけ活躍したか、どれだけ頑張ったか、どれだけ大変だったか、など、自己アピールが激しい人は、自慢話をスルーされると拗ねるところが扱いづらいですが、それほど実害がないことがほとんどでしょう。「○○さんができなかった事を達成できた」などアピールのダシに使われるのは迷惑ですが、相手にする必要はありません。
自己アピールが激しい人は目立つので、ライバル視されることも多く、様々な人からターゲットにされやすいので、自分が追い落とさなくても、いずれ誰かに嵌められるか、追い落とされます。
鬱陶しく感じるかもしれませんが、自己アピールを褒め称え、せっかくなので、どのようにして達成したのか方法を聞き出すのが正解です。多くの人は鬱陶しいと言って、内容まで詳しく聞いていませんので、達成した事柄は知っていますが、達成方法まで知る人はあまりいません。
ここでしっかりと情報収集しておけば、宝を見つけることができるかもしれません。後々、自分が似た場面に遭遇したときの対処法ストックを増やすチャンスでもあるのです。
自己アピールが激しい人は、内容を深く掘り下げて聞いても喜んで教えてくれることが多いので、有能なのに間抜けな人、ということで仲良くしておくことが得策なのです。
口だけの人には、口専門で活躍してもらうべし
「あの人は口だけ」と言われる人がいます。口ばかり達者で、言うだけ言って、行動をしない。任せておいたら何も進まない。華僑たちはそんな口だけの人に行動を求めません。口は達者で行動は苦手なのであれば、達者な口を存分に使い、行動は他の人にやらせればいい、と考えます。
「口だけ」は喋るだけではありません。口から出る言葉は頭で考えたことや考えていることです。つまり、相手の口を使うということは、相手の頭を使う、ということに他なりません。
私も口が達者な方なので良くわかりますが、口が達者な人は大抵考えることが好きで、考えることが得意です。ということは、「考える&それを伝える」ことが得意なわけです。考える&それを伝えるという仕事を任せれば、その人の能力を最大限に発揮させることができます。新しい企画を考えて、それをプレゼンするなどですね。実際に手を動かす企画書を作る、プレゼン資料を作るということは苦手ですので、それは作業が得意な人がやるようにすればいいでしょう。
口だけの人の操縦は、こちらが柔軟に考えて役割分担をすることができれば、簡単にできることなのです。
噂好きな人には、広めたい噂を吹き込む
それでは“ずるゆるマスター”の事例を見てみましょう。
Sさんは困っています。働き方改革法案が通り、今までは号令だけだった生産性向上も、お題目で終わらせることはできなくなります。時短しながらも成果は今まで以上に出さなくてはいけません。
「はぁ、これから生産性向上かぁ。今までは、号令だけだったけれども、法律で残業時間も決められるし、今まで以上にチームでしっかりと成果を出していかないといけないな」
当然、会社には色々な人がいます。気があう人もいれば、苦手なタイプもいます。悩んでいても仕方ないので、SさんはTさんに相談することにしました。Tさんは役員抜擢間違いなしと噂される“ずるゆるマスター”です。
「という訳で悩んでおります」
「正直に話してくれてありがとう。なるほど、彼の噂好きに惑わされているんだね?」
「はい、そうなんです」
「噂好きの人は、自分の頭で考えたことではなく、人から聞いた話を自分の口で広めるスピーカーみたいなものだよ。スピーカーなのだから、広めたいことを彼に伝えて、それを広めてもらえばいいんだよ」
「はい、そのように仕事上、重要なことをしっかりと広めてくれたら有り難いのですが、どうでもいい噂話ばかり尾ひれをつけて話して回るので、プロジェクトが進めにくくて困っております」
「言葉のセレクトだよ。噂好きは、『実は』とか『意外』とか『本当は』というキーワードに弱い。だから、至って普通の業務上のことも『あの業務は実はね』と言えばいい。同じように『あのプロジェクトは意外なことに』や『このプレゼンは本当は』というだけで、みんなに言って回ってくれる」
「なるほどですね、それはとても面白いです」
「中国古典の近思録に『名は以って中人を萬(はげ)ますべし』という言葉が出てくる。この言葉を肝に銘じておけばいいよ。名とは名声の意味。中人とは二流の人の意味だよ。ようは、名声は二流の人にとって、とても励みになること。という理解でいい」
「はい」
「逆を言えば、噂好きなような二流の人に善行をさせたければ、名声を与えてあげればいい、ということになるね」
「なるほどですね。噂好きな人に、『実は』とか『意外』とか『本当は』というキーワードを使って、会社やチームのためになることをスピーカーとして活躍してもらう、ということですね」
「その通り。これでその件は解決できるだろう。で、他に気にしているのは時短のことだよね?」
「はい、御察しの通りです」
議論好きな人には確認質問が有効
「S君のチームで時短に直結するのは会議時間だね」
「まさにその通りです。議論好きな方が…」
「それはどこにでもいるよ。会議で意見がまとまりかけているのに、議論好きが蒸し返したり、新たな視点を持ち出したり。休憩時間でも然りだろう。単なる雑談をしているだけなのに、『それは違うと思うよ』といきなり議論をふっかけてくる人は多くの人が困っているだろうね」
「はい、困っております」
「議論好きは、主張が強いから堂々としているように見えがちだけど、実はたくさんのリスクを抱えている。そのリスクをそれとなく伝えるのが賢明だよ。リスクは様々なところに隠れているというのは以前にも話したよね?」
「はい。仕切りたがる人のリスクは、責任を取らされることです。自己アピールが激しい人のリスクは、敵を作りやすいことです。口だけの人のリスクは、言行不一致とジャッジされることです」
「よく覚えているね。で、議論好きのリスクは?」
「……」
「今、S君が言った全てのリスクがある。議論するわけだから、責任も取らされるし、敵も作りやすく、現実的でないことばかり言えば言行不一致のジャッジをされることもあるだろう。それを本人に自覚させればいいことになる」
「どのように自覚させればいいのでしょうか?」
「簡単だよ。『こういうことですか?』『ということはこういうことですね?』と確認質問をしながら、会話をしていけばいい」
「はい」
「そして、次のように続ける。『そうなると、責任所在はどうなりますか?』『そうするとあの部署と利害関係が異なることになりますが、よろしいでしょうか?』『できないとなると不適格となりそうですがいかがですか?』でいい」
「ありがとうございます。しっかりと実践します。とても気分爽快です」
2週間後、Sさんがハツラツとした顔で廊下を歩いているのをTさんは微笑みながら見送りました。いつも自然体でごり押ししないのに、なぜか賛成票を集めるあの人は、「扱いにくいからこそ、操りやすい」をモットーにしている“ずるゆるマスター”かもしれません。
拙著『華僑の大富豪に学ぶ ずるゆる最強の仕事術』では、中国古典の教えをずるく、ゆるく活用している華僑の仕事術を「生産性」「やり抜く力」「出世」「マネジメント」「交渉術」の5章立てで詳しく解説しています。当コラムとあわせてぜひお読みください。
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