「孤独」のプラス面は科学的にはいっさい確認されていない
「孤独」のプラス面は科学的にはいっさい確認されていない

 「孤独」が注目されている。

 「孤独は皮膚の下に入る」と、オカルトめいたフレーズで、孤独が健康に及ぼす悪影響ついてアチコチで訴えてきた身としては、少々昨今の盛り上がりに戸惑っている。

 ナニを戸惑っているかって?
「投げる方と受ける方」のズレ、だ。

 孤独のリスクを訴える側は、孤独と健康、孤独と生産性、といった負の影響を訴える。

 だが、孤独はめんどくさい人間関係からの解放でもあるため、「孤独=ゆゆしき問題」と考える人たちが危機を訴えれば訴えるほど、より孤独を肯定的に捉える情報が氾濫する。

 人間は独りで生まれ、独りで死ぬし、孤独をいかに生きるかを知ることは必ずしも悪いことではない。孤独感は取るに足らない瞬間に感じることもあれば、大切な人を失ったときに感じることもある。束の間の孤独感は日常にありふれているので、つい、私たちは「それも人生」と受け入れてしまいがちだ。

 だが、問題になっているのは「孤独という病」だ。

 孤独とは「『社会的つながりが十分でない』と感じる主観的感情」で、家族といても、職場にいても、時として堪えがたいほど感じるネガティブな感覚である。

 孤独感を慢性的に感じているとそれが血流や内臓のうねりのごとく体内の深部まで入り込み、心身を蝕んでいく。まさに皮膚の下まで入り込み、心臓病や脳卒中、癌のリスクを高めてしまうのである。
 これまで蓄積されてきた孤独研究の中で「孤独」のプラス面は科学的にはいっさい確認されていない。

 孤独研究は、1980年代に孤独を感じている人が倍増しているとの論文が発表されて以降、世界の関心事となった。2005年には、OECD(経済協力開発機構)報告書に初めて「孤独」に関する調査が盛り込まれ、2009年には「孤独は伝染する」との衝撃的な研究結果が発表された(“Alone in the Crowd: The Structure and Spread of Loneliness in a Large Social Network”)。

 孤独は伝染する――。
 ふむ。皮膚の下に入る以上におぞましいフレーズである。  今や孤独は個人の問題から社会問題へ、さらには組織(職場)問題へとひろがっているのである。

 というわけで、今回は「孤独という病」について、アレコレ考えてみようと思う。

 まずは、「孤独は伝染する」との結論に至った研究内容から紹介する。

 この論文は2009年に『Journal of Personality and Social Psychology』に掲載されたもので、シカゴ大学のJ.T.カシオポ教授らの研究チームによる分析である。

 カシオポ教授は、孤独感を軸に社会的ネットワーク研究を行なってきた社会神経学者の大家だ。

 “Alone in the Crowd:The Structure and Spread of Loneliness in a Large Social Network”と題されたこの論文では、マサチューセッツ州フラミンガムを中心に長年にわたって行なわれている健康調査のデータを用い(心身の健康状態、習慣、食事など)、5000人超の住民を60年以上追跡。健康調査に先駆け、参加者には「今後の2年間で自分がどこにいるか把握していると思う友人、親類、近隣者(=社会的ネットワーク)」を挙げてもらっていた情報を基に、「孤独感」の経時的な変化をプロットし、分析したのだ。

孤独が伝染するメカニズム

 その結果、「孤独感が伝染している」ことがわかったのである。

 伝染のメカニズムはこうだ。

 社会的ネットワークの周縁部の人々は友人が少ない。彼らは孤独感を感じていて、不安感が強い。孤独感を抱いている人は「他者をよそよそしい存在」と見がちなので、数少ない友人への不信感も強く、その孤独感と不信感に堪えきれず、残り少ない友人との関係までも断ち切ってしまう傾向が強い。

 関係を断ち切られた友人には、既にその人のネガティブな感情が伝染しているため、その友人もまた孤独感から友人を遮断するという、負のサイクルが連鎖する。その結果、まるで「毛糸のセーターが端からほつれる」ように、社会的ネットワークが段々と縮小し、やがて崩れていくとしたのである。

 そもそも私たちの感情は無意識のうちに他者から伝染している。楽しそうに笑っている人をみて自分も明るい気分になった経験や、悲しい目にあった友人の話を聞き暗い気持ちになった経験は誰しもあるだろう。これは「情動伝染」と呼ばれ、とりわけネガティブな感情ほど伝染しやすい。
 特に物理的に近くにいる人や、実際に顔を見たり声を聞いたりするときほど感情は伝染しやすいため、孤独感を抱いている友人の社会への不信感、鬱々とした気分、悲しみ、不安感が、知らず知らずのうちに伝染してしまうのである。

 先の研究によれば、孤独感の伝染力は、家族よりも友人からの方が強く、男性よりも女性へ広がりやすい。また、数㎞以内に住んでいる近隣者の間で最も伝染することがわかった。

 加えてカシオポ教授らは、「孤独感は友人の友人の友人まで伝染する力がある」ことも確認した。
 「孤独感を持つ友人」がいる人が孤独感を持つ可能性は40~65%で、「孤独感を持つ友人の友人」の場合は14~36%。「友人の友人の友人」の場合では6~24%だという。

 これらの結果を受け、カシオポ教授らは、
「孤独感は世界が敵対的だという感覚から始まり、社会的な脅威を警戒するようになる。孤独感を抱いている人は、他の人にネガティブな態度を取ったり自分が所属するコミュニティによそよそしい態度を取りがちになり、増々孤独感を募らせる」 と、いったん孤独の罠にはまると底なし沼のように孤独という病いに引込まれる、と指摘したのである。

 ……。「友人の友人の友人」か。
 孤独感が伝染しやすいことは理解できるが、「友人の友人の友人」まで影響力があるとは、失礼ながら失笑してしまった(すみません)。少々、言い過ぎではないか、と。  実際「友人の友人の友人への伝染」には異論も多く、「そもそも似た者同士が友人になっているだけで伝染しているわけではない」とする意見や、「孤独感を招きやすい環境が影響しているだけ」との見解もある。

 一方、孤独感を抱く→関係を遮断する、という方程式は、個人的には至極納得した。
孤独感を抱いてるときって、なんとなく人が集まる会合などに行きづらいというか、行きたくないっていうか。行ったら行ったで、ますます孤独感が募ることだってある。

 孤独感というより、疎外感といった方がいいかもしれない。

 いずれにせよ「孤独は伝染する」ことを追跡研究で具体的な数字にまで落とし込んだこの論文は、世界中の研究者の関心を集め、孤独研究は隆盛を極めることになる。

  • 孤独を感じる人は死亡リスクが26%高い
  • 孤独感は抑うつにつながり、自殺願望を増加させる
  • 孤独感は血圧の上昇、ストレスホルモンの増加、免疫力の低下をもたらす
  • 孤独感はアルツハイマー病や睡眠障害につながる
  • 乳がん生存者のうち、孤独感の高い人はそうでない人に比べ再発率リスクが高い
  • 孤独感は一日15本のタバコを吸うのと同等の健康被害をもたらす

etc……といった健康問題との関連は複数報じられ、さらには、孤独を感じている社員は、

  • 創造性が低い
  • 仕事満足度が低い
  • パフォーマンスが低い
  • 論理的思考能力の低下
  • 他者への攻撃性の増加

といった報告が相次ぎ、職場の孤独問題の解決策を模索する試みも進んでいる。

人間関係の希薄化が大きな要因

 なぜ、孤独が増えてしまったのか?

 人間関係の希薄化が大きな要因であることは間違いない。
職場ではみなパソコンを見つめ、キーボードの音だけが鳴り響く。仕事も膨大なので無駄話をする時間もない。毎日同僚たちと顔を合わせているのに、互いに何を考え、何を悩んでいるのかを語り合う余裕もない。

 それ以上に孤独感を助長するのが、皮肉にもSNSなどの発達である。

 そもそも人は類人猿の時代から身体活動を通じて集団を作り生き延びてきた。人が信頼をつなぎ、安心を得るには“共に過ごすこと”が必要不可欠。ところがSNS(交流サイト)の発達で共に過ごさなくてもつながることができるようになった。
 加えて、私たちは孤独を感じているときに、他人のちょっとだけ幸せそうなリアルを垣間みると、ネガティブな感情が高まる。家族と笑顔で映っている写真、同僚たちと楽しそうに飲んでいる写真、SNS上での楽しそうなコメントのやりとり……。いわゆる“リア充”に嫉妬する。

 孤独感はポジティブな感情の「情動伝染」を低下させるという、実にやっかいな側面も持ち合わせているのだ。

 孤独は「個人の問題」としてではなく、医療費の増加、うつ病、自殺問題、高齢化社会への警鐘など「社会の問題」に発展し、孤独な働き手が健康を損ねれば、企業の生産性も下がる。

 日本ではいまだに「健康は個人の問題」と捉えられているけど、世界的には「健康は社会の問題」とのパラダイムシフトが数年前から定着していて、世界保健機関(WHO)のヨーロッパ事務局は、1998年に「健康の社会的決定要因:確かな事実」を策定。2003年には第2版を公表し、孤独感が社会や組織に及ぼすリスクを積極的に取り上げている。

日本は「孤独大国」

 「おい、また海外の話かい?」
と口を尖らせている人がいるかもしれないけど、日本は言わずと知れた「孤独大国」である。

 2005年のOECDによる調査では、日本の社会的孤立の割合はOECD加盟国の中で最も高かった。友だちや同僚たちと過ごすことが「まれ」あるいは「ない」と答えた人の割合は、男性16.7%、女性14%で、OECD 加盟国21カ国中トップ。平均は6.7%なので、いかに高いかがわかる。

 また、2007年のユニセフによる子どもの幸福度の調査によると、「あなたは孤独を感じることがありますか?」という質問に対して、「孤独である」と回答した子どもは日本では29.8%。他国の5~7%を大幅に上回っていたのである。

 奇しくも先のOECD調査で、平均以下の5%だった英国で今年1月に「孤独担当大臣」が誕生したが、そのきっかけとなったのが「孤独が国家経済に及ぼす影響は年間320億ポンド(約4.9兆円)、雇用主に年間25億ポンドの損失を与える」という科学的エビデンスだ。

 英国では「孤独」を感じている人が国民7人に1人いるとされ、65歳以上の高齢者では、およそ10人に3人が「孤独」を感じながら生活。身体障害者の4人に1人は日常的に「孤独」を感じ、子どもを持つ親たちの4分の1が常に、もしくは、しばしば「孤独」を感じているという。

 そこで英国政府は、社会的弱者への精神的健康へのサポートの強化、孤独な人々がボランティアグループに参加したり近隣の人と関わる機会の提供、孤独対策のための基金の設立、主要な調査研究で活用するための、孤独に関する適切な指標を国家統計局(ONS)が設定するなどの方針を発表。特にNPO団体が数年前から行なっている、高齢者への電話サービスや、自宅訪問サービスには積極的に予算を投入している。

 繰り返すが、孤独は「孤独感」という主観的な感覚であり、経験である。

 「社会的つながりが十分ではないという主観的な感情」を健康社会学的な文脈で捉えれば、「私はあたたかく信頼できる人間関係を築いている(=積極的他者関係、positive relationship)」という感覚の欠如だ。

問題に対処する「心の体力」が低下

 これは「生きる力」を高める感覚のひとつで、「積極的他者関係」の高低は抑うつ傾向、ワークモチベーション、欠勤などと相関関係があり、ストレス対処力とも関係している。社会的動物である人間にとって「積極的他者関係」の欠如は、それ自体がストレスとなる。何らかの問題や困難に遭遇しても「なんとかしよう」と考えることができない。
 私が2006年に調査したときには、積極的な他者関係が欠如している人は、逃避行動をとることが多かった。慢性的に降り続く雨にびしょ濡れになっているため、問題に対処しようという「心の体力」が低下してしまうのだ。

 「孤独」と「つながり」はコインの表と裏ではなく、一本のレールでつながっている。両者が矛盾なく、同時に成り立っていることが健康である。

 だが、積極的な他者関係が欠如すると、孤独感だけにひっぱられ、孤独という病いにおかされてしまうのだ。

 今回は「孤独という病」を理解してもらいたくて、取り上げました。

 「孤独感→周りへの不信感や敵対心→他者関係の遮断→さらなる孤独感→孤立→心身の不調」
という孤独の悪循環である。

 したがって、その解決策(企業での取り組み、個人の取り組み)はまたの機会に書きます。あしからず。

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