おとう飯――。
 「おとうめし」ではなく「おとうはん」。

 先週、プチ炎上したのでご存知の方もいると思いますが……、

【おとう飯(おとうはん)とは】
男性が料理をするにあたっては、知識や技術がなくて自分には作れない、家族のために作る料理は栄養バランスや盛付けなどに気をつかい立派でなければいけない、料理を作ってみたものの家族に不評だったため作るのをやめてしまった等、技術的、心理的ハードルがあると思われます。

 そこで、これまで料理をしていない、料理をしたことはあるものの作ることをやめてしまったという男性の料理参画への第一歩として、簡単で手間を掛けず、多少見た目が悪くても美味しい料理を「おとう飯」と命名しました。

 これは内閣府が「男性の家事参加時間を増やす」目的で始めた、「おとう飯キャンペーン」の「おとう飯」の定義である(出典はこちら)。

 “キャンペーンロゴ”なるものまで存在し、12日には「大使の任命式」が行われた。

 “キャンペーン大使”は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の石橋尊久さん。
 任命式では、「おとう飯エプロン」を着けた加藤勝信女性活躍担当大臣から、石橋さんに「おとう飯エプロン」がプレゼントされ、
 「手早く、簡単にできる“おとう飯”として、『鳥もも肉の旨煮』の実演が披露されました」
 そうだ(内閣府HPより。こちら)。

※このときの様子が見たい方は、「おとう飯」で検索するとYouTubeにヒットするので、ご覧ください。

5年前の目標を達成するため?

 政府が「6歳未満児のいる夫の育児・家事関連時間」を、2020年までに1日当たり2時間30分にまで増やすという、夢のような目標を掲げたのは今から5年前。

 当時の資料(こちら)によれば、夫の1日の育児・家事関連時間は、67分。

 内訳は「炊事・掃除・洗濯」が平日で14分、休日19分。「買い物」が平日14分、休日34分。「子どもの世話」が平日で7分、休日で18分となっている(国民生活時間調査・2010年版)。

 ふむ。内閣府はいったい何をどうしたいのだろうか?
 これだけ税金使って、キャンペーンをやって、
 「お父さん!ご飯つくってみましょうよ! ホラ、こんなに簡単にできるよ! 大臣も簡単でび~っくり!! 見た目が悪くても、こんなに美味しくできるよん!」
 と言えば、家事をする男性が増えると、マジで考えているのだろうか。……疑問だ。
 予想どおり、NHKのニュースで流れるや否や、批判が相次いだ。

「作るだけ作って、後片付け誰がやるねん」by 女性
 「おかあ飯にけんか売ってんのか」by 女性
 「おとう飯は見た目が悪くて、おかあ飯は見た目が良くなくちゃダメなのか」by 女性

 もちろん賛成の声もあがっていたけど、
 「いいじゃない! やらないよりまし。日曜日とかやって欲しい~~!」by 女性
 って。ん? ってことは、政府は「休日くらいおかあさんを休ませてあげましょう」と言いたかったのだろうか?

 いったい何のための「おとう飯キャンペーン」なのだろう。増々、疑問だ。
 もし、本気で「男性の家事参加時間を増やす」ためのキャンペーンだとしたら、なぁ~んにもわかっていないのだ、きっと。

 実際、男性たちからも
   「男を舐めてる」
 「行政は何をしたいんだ?」
 「そんなことするより、残業減らせ」
 と非難囂々。

 内閣府がターゲットにした、男性陣の反応も芳しいものではなかった。

「ハロトレ」って知ってます?

 そういえば去年の11月にも、作詞家の秋元康さんが「ハロートレーニング~急がば学べ~」と書いたボードをビミョーな笑顔で持ってる姿が報道されましたね。

 失業している求職者らを対象に実施している「ハロートレーニング=公的職業訓練」を知らない人が7割もいることから、厚労省が愛称を募集(1393件の応募あり)。
 秋元さんは、その選定委員長。

 「飽きられず、分かりやすい言葉で『ハロトレ』と呼ばれるだろう」
 と会見で言ってたけど……、飽きる前に広がらなかった。

 イクメン、イクボスは、言葉だけしか広がらなかったし、プレミアムフライデーは既に「過去感」アリアリだし。
 花火だけ打ち上げて効果の検証は一切なし。こんなことにおカネを使うくらいなら、保育所のひとつでも増やしてくれ。

 まさか

 「2020年までに2時間30分にまで増やすって、言ってたよね? 2020年ってあと3年じゃん」
 「わっ、ホントだ! やばくね?」
 「なんかやらなきゃだよね」
 「そうだね。マスコミで話題になることがいいよね」
 「う~~ん、とりあえず広告代理店に相談してみるか?」
 「いいね! そうしよう! きっとメディアが食いつくこと企画してくれるよ!」
 「いいね! そうしよう!」
 ってわけじゃないですよね?

 もし、そうならとりあえず「成功!」。だって、テレビやラジオは取り上げたし、見た人たちも「なんじゃこりゃ!」と釘付けになったし、かくいう私もこうやって書いている。

 だが、そもそも「そんなことするより、残業減らせ!」という批判どおり、男性の家事参加は労働時間と深く関連していることは、周知の事実だ。
 なぜ、そこを突っ込まずに、ピンぼけ広報ばかり繰り返すのか。これまでいったい何をやっていたのだろう。

 そこで、内閣府のHPで「男性家事」で検索したところ、2つの資料がヒット。

 ひとつは、昨年10月に設置された「男性の暮らし方・意識の変革に関する専門調査会」に関するもので、調査委員会は今年2月まで計5回の開催(こちら)。

 で、議事録を確認してみると。

  • 地方での取り組み
  • 意識調査の結果
  • ヒアリングの結果
  • 海外の事例(フランスの父親休暇など)

 などを委員会のメンバーらが紹介。

 会議では、物理的な時間、すなわち「長時間労働の削減」や、企業のトップの意識改革も取り沙汰されていたけど、

  • 意識改革
  • マインドチェンジ
  • センセーショナルな政策

 といった啓蒙活動の重要性ばかりが訴えられていた(議事録を確認する限り)。

それって夫婦の取り決めから

 確かに意識改革は必要である。
 でも、働く女性たちが、「食事作らなきゃ」「掃除しなきゃ」「洗濯しなきゃ」、フ~ッとため息をつくのも、家事はやらなくてはならない仕事だからで。
 つまり、家事とは、「人が生活する上での“労働”」である。

 もちろん男女に関係なく、料理や洗濯や掃除が好きで、積極的にやる人もいるけど(僭越ながら私はコレです。意外なことに…)、そういった嗜好がある人でも時間的余裕がないときには、「やらなきゃならない仕事」でしかない。

 では、家事が夫にとっての「やらなきゃならない仕事」になるためには、どうすればいいのか?

 …夫婦間の問題でしょ? そう。夫婦間の取り決め。

 フランスで育った妻を持つ友人は、夫婦間で家事の担当を決めていて、夫の担当の日には、「早く帰ってやらないと妻に殺される~~~~!!」と、速攻で帰っていたし、結婚するときに「食器洗いと風呂掃除は夫」という決めごとをした知人は、午前様になろうとも食器を洗い、風呂掃除をやっていた。

 夫婦間で決めたから、妻は自分の担当以外はやらない。夫婦間で決めたから、夫は自分の担当をやらなくてはならない。
 それをどこまで徹底するかも、夫と妻の夫婦間の問題でしかない(これについて一昨年コラムでも書いている。「女性活躍の陰で増殖する『帰宅恐怖症』」)。

 つまり、この「夫婦の問題」に切り込むキャンペーンを政府がやるとしたら……、難しいでしょうね。「夫の家事参加は夫婦間で解決してください!」なんて政府が介入しようものなら、「その前に労働時間を減らせ!」と集中砲火を浴びる。なるほど。それがわかっているから、調査委員会の方たちは「おとう飯」に逃げたってことか。

 そもそも政府は意識改革“だけ”しか考えてなかったのか? というとそうとも言い切れない“足跡”を発見。

 内閣府のHPで「男性家事」でヒットしたもう一つの資料は、「なんだよ!! ちゃんと内閣府もやってるんじゃん!」というものでして。

 国内外の文献を男性の家事育児参加や、家事・育児と仕事のストレス(男女)、夫の家事参加と夫婦満足度・妻のストレスに関する文献をレビュー。30件超の国内外の短報や原著論文の、「研究の概要・対象と方法・結果・インプリケーション」が、一覧にしてまとめられていたのである。

 せっかくなのでいくつかの論文で示されている内容を紹介する(男性の家事・育児参加に関するもののみ)。
 ※以下、結果のみ。詳細に興味ある方はこちら

  • 夫の家事参加には意識変革を目指す啓蒙活動より、職場環境を改善することによる「時間的余裕」が必要である。
  • 配偶者の労働時間が長くなると、本人の労働時間も長くなる。
  • 夫の家事時間は、妻の労働時間が自分より長いときに増える。
  • 夫と妻の家事時間は、一方が増えれば他方が減るといったトレードオフは認められない。家事は妻が主導的に行い、それを夫がサポートするという姿が浮き彫りになった。
  • 夫の育児参加は、妻の夫婦満足度を高める効果あり。一方、夫の家事参加は、妻の夫婦満足度に影響なし。
  • 妻の夫婦満足度には、「夫への心の支え信頼度」「夫への経済的信頼度」が関連するものの、「心の支え信頼度」の影響力は、経済的信頼度の3倍もある。
  • 夫の家事参加と夫の情緒的サポートでは、妻の夫婦満足度には情緒的サポートが影響。

監獄の中の人に、外に出るといいことがあると言うようなモノ

 つまり、仮に妻の心理的負担を和らげるのが目的であれば、「おかあ飯に感謝しよう!」とか「会社を出かける時に“何か買ってくるものありませんか?”と聞いてみよう」キャンペーンにすべき。だが、「男性の家事参加時間を増やし、“2時間30分”という数値目標に近づけること」が目的なら、「労働時間の削減」は避けて通ることのできない課題であり、意識改革やらなんやらは二の次でしかない。

 内閣府の皆様は、「そもそも何をしたいのか」をすっかり忘れているんじゃありませんか。

 この文献がどういった文脈でレビューされたのか、この資料からはわからなかった。でも、事実として存在している以上、役人か研究者ら誰かがやったものであり、その資源を生かさずしてどうする。これを作った人たちは泣いているぞ。

 だいだい下手でもなんでもいいから作ると~良いことあるよ~という“おとう飯”キャンペーンは、監獄の中にいる人に「外に出てごらんよ~~。気持ちいいよ~~」とか、給料10万の人に「海外旅行にいくと人生が豊かになるよ~」とか言ってるのと同じだ。

 いったい何のための数値目標なのか。国内外の調査で一貫して、労働時間は「男性の家事時間」を規定する要因になっているのだから、どんなに難しくても、労力がかかろうとも、どんなに反発を受けようとも、企業を巻き込まなきゃダメ。政府に本気で労働時間を減らす意志がなく、パパクオーター制を取り入れる気もないのだから、攻めるべき相手は企業しかない。

 もしキャンペーンをやるなら、ターゲットは“おとう”じゃなく“社長”。

【しゃちょうは~ん(社長飯)】
男性が家で家族のために料理をするにあたっては、会社の残業があっては作れない。 男性の料理参画への第一歩として、しゃちょうはんが、男性を1分でも早く家に帰し、がんばって経営手腕を発揮し、業務量の削減に勤めることを“しゃちょう飯”と命名しました。

 これでどうでしょ? 「しゃちょうはん」のハチマキでも作って、経団連でも同友会にでも配ればいい。

女性の総労働時間は減っている

 最後に、興味深いパネルデータをひとつ。

 これは1986年と2006年、それぞれ時点における、男性と女性で「総労働時間」および「余暇時間」の変化を分析した結果である。

 ここでの「総労働時間」とは、「仕事時間(賃金を得る行為)」に「家計生産時間(家事労働)」も含んでいる。例えば、中食産業や外食産業、食器洗い、家事代行などが普及し、以前より短時間で家事ができるようになれば、家計生産にかける時間が大幅に短縮されるため、労働時間が以前と同じでも、余暇時間は増える。

 逆に、労働時間が減っても収入が減れば、クリーニングに出していたのをやめたり、中食を止め野菜や肉などの素材から作れたりすることになれば、家計生産時間が増加し、余暇時間はさほど増えない。

 で、結果はどうなったか。
 まず、1986年と2006年を比較すると……

 「仕事時間」には男女とも統計的に有意な変化はなし。
 次に、総労働時間(仕事時間+家計生産時間)は……

  • 男性は変化なし
  • 女性は週あたり3時間程度減少し、その分が余暇時間の増加につながっていた。

 さて、これをどう解釈するか? 妻の負担感をどう減らすか? 内閣府がレビューした文献を合わせてお考えください。

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