南北会談で抱擁を交わす金委員長(左)と文大統領(写真:The Presidential Blue House/ロイター/アフロ)
南北会談で抱擁を交わす金委員長(左)と文大統領(写真:The Presidential Blue House/ロイター/アフロ)

前回から読む)

 5月26日午後、金正恩(キム・ジョンウン)委員長と文在寅(ムン・ジェイン)大統領が板門店の北側施設で突然、会談した。トランプ(Donald Trump)大統領が軍事的な圧迫を強めるのに対抗、南北はスクラムを組んで見せたのだ。

仲介を誇った文在寅

鈴置:文在寅大統領は5月27日午前10時から青瓦台(韓国大統領府)で会見し、前日の南北首脳会談に関し説明しました。

 「2次南北首脳会談 結果発表文」(5月27日、韓国語)から、大統領の発言のうち、米朝首脳会談に関連する部分を引用します。

・私は先週の韓米首脳会談の結果を説明した。金委員長が完全な非核化を決断し実現した場合、トランプ大統領には北朝鮮との敵対関係の終息と、経済協力に対する確かな意思があるとの点を伝えた。
・金正恩委員長は板門店宣言に続き再度、朝鮮半島の完全な非核化の意思を明らかにされた。
・(さらに)朝米首脳会談の成功を通じ、戦争と対立の歴史を清算し、平和と繁栄のために協力したいとの意思を披歴された。

 要は、自分はトランプ大統領と金正恩委員長の間を仲介し、北朝鮮の米朝首脳会談への意欲を引き出した、と誇ったのです。

米とは異なる非核化

本当に「仲介できた」のでしょうか?

鈴置:「できなかった」と思います。金正恩氏が明らかにしたという「非核化の意思」が、米国の要求する「完全な非核化」とは全く異なるものだったからです。

 北朝鮮も5月27日午前6時に朝鮮中央通信を通じ、前日の南北首脳会談を報じました。「歴史的な第4回北南首脳対面 最高指導者金正恩委員長が文在寅大統領と再開し会談を行う」(日本語版)から「米朝」関連部分を拾います。

 なお、「第4回」とあるのは、2000年6月と2007年10月の南北首脳会談から通算した数字です。前者は金大中(キム・デジュン)大統領が、後者は盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が、金正日(キム・ジョンイル)総書記と平壌で会いました。

・北南の両首脳は、朝鮮半島の非核化を実現するために共同で努力するという立場を表明し、今後、随時会って対話を積極化し、知恵と力を合わせていくことについて見解を同じくした。
・金正恩委員長は、6月12日に予定されている朝米首脳会談のために多くの努力を傾けてきた文在寅大統領の労苦に謝意を表して歴史的な朝米首脳会談に対する確固たる意志を披れきした。
・金正恩委員長は、朝米関係の改善と朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制の構築のために今後も積極的に協力していこうと述べた。

核保有を認めよ

米朝首脳会談には意欲を示している……。

鈴置:確かに、金正恩氏は6月12日にシンガポールで予定されていた米朝首脳会談の実現に意欲を示して見せました。しかし、「非核化」に関しては「努力する」と言ったに過ぎません。

 それどころか北朝鮮がこう言った場合、「核は放棄しない」と主張していると見るべきなのです。「自らを核保有国として認めろ。そのうえで米国とは核軍縮を交渉しよう」というのが北の基本的な姿勢です(「しょせんは米中の掌で踊る南北朝鮮」参照)。

 「非核化に向け努力」の「努力」とは核軍縮交渉を指します。5月24日、北朝鮮は核実験場を爆破して見せました。その際も「(実験場の破壊による)核実験の中止は、世界的な核軍縮のための重要な過程である」と表明しています。あくまで「核保有国が軍縮に努力している」との立場なのです。

 米朝首脳会談にいくら意欲を示して見せようが、「核保有国であることを認めろ」と主張し続ける限り、北朝鮮との首脳会談に米国は容易には応じないでしょう。

仲人口、再び

でも、文在寅大統領は「完全な非核化の意思を明らかにした」と説明しました。

鈴置:縁談を無理にまとめようと、双方に美しい話をする「仲人口(なこうどぐち)」の典型です。

 米朝会談の開催が話し合われた時から韓国には「この仲人口外交が米朝関係を、さらには韓米関係を破局に追い込みかねない」との危惧がありました(「『文在寅の仲人口』を危ぶむ韓国の保守」参照)。

 5月27日の会見でも、韓国記者が「金正恩委員長の(非核化に関する具体的な)発言を明かして欲しい。北朝鮮が主張してきた段階的な非核化から進展があったのか」と追及しました。

 「仲人口」を疑ったのです。朝鮮中央通信の記事を読めば、誰しもが疑います。が、文在寅大統領は答えを避けたうえ「(米朝の)非核化の意思は同じでも、どう実現するかで両国間の協議が要る」と話をずらしました。

 このやりとりはNEWS1の「一問一答 文在寅大統領 第4回南北首脳会談を自身で説明」(5月27日、韓国語)で読めます。

やはり運転席に座っている!

では、この南北首脳会談は何のために開催したのですか?

鈴置:文在寅政権は「北朝鮮の核問題で主導権を握ることができていない」「それどころか関係国から無視されている」との批判を浴びていました。

 5月16日に予定されていた、北朝鮮との閣僚級会談は当日になってキャセルされてしまいました(「トランプと会うのが怖くなった金正恩」参照)。

 加えて、トランプ大統領の北朝鮮への首脳会談中止通告(「米朝首脳会談中止通告、『最後通牒』で投降促す」参照)。前々日に米韓首脳会談を開いたのに、それも相談されなかった。

 米朝首脳会談は平昌冬季五輪をきっかけに浮上しましたから、韓国人は「我が国が米朝を仲介した。運転席に座った」と胸を張っていた。それが突然、米朝双方から無視されるようになったので、政権は困り果てていました。

 そんな中、南北首脳会談を開き再び、米朝の仲介役を演じることができました。よく見れば「演じている」に過ぎませんが、普通の人は細かいことは気にしません。

 大統領が会見で「日常生活で友達同士が会うようになされた今回の会談には大きな意味がある」と言えば「そうだな」と感じる人が多いと思います。

 閣僚級会談の6月1日開催が決まったので「北から無視された」と国民の不満を多少は解消できるでしょう。

 会談は北朝鮮にとってこそ必要だったのです。会見で大統領が「一昨日(5月25日)午後、金正恩委員長が形式的なことはいっさい抜きにして会いたい」と伝えてきた」と明かしています。

 5月24日のトランプ大統領の首脳会談中止通告に、北朝鮮は震え上がりました。金正恩委員長への書簡は、要は「首脳会談に応じなければ、どうなっても知らないぞ」というものでした。

北朝鮮のわび状

「核戦争をも辞さない」とのくだりもありました。

鈴置:同日の崔善姫(チェ・ソニ)外務次官の談話で「米国がわれわれと会談場で会うか、でなければ核対核の対決場で会うかどうかは全的に、米国の決心と行動いかんにかかっている」なんて突っ張るから、言い返されてしまったのです。

 そこで北朝鮮は、そさくさと「わび状」を書きました。5月25日朝、「会談に応じる」との金桂官(キム・ゲグァン)第1外務次官の談話を発表したのです。

 実は、トランプ書簡以上に、北朝鮮を震撼させたと思われる文書があります。書簡を発表して約2時間後にトランプ大統領が会見で以下のように語ったのです。

 ホワイトハウスの「Remarks by President Trump at Signing of S. 2155, Economic Growth, Regulatory Relief, and Consumer Protection Act」(5月24日、英語)から、関係する部分を引用します。

・I’ve spoken to General Mattis and the Joint Chiefs of Staff. And our military — which is by far the most powerful anywhere in the world and has been greatly enhanced recently, as you all know — is ready if necessary.
・Likewise, I have spoken to South Korea and Japan. And they are not only ready should foolish or reckless acts be taken by North Korea, but they are willing to shoulder much of the cost of any financial burden, any of the costs associated by the United States in operations, if such an unfortunate situation is forced upon us.

韓国は米国側で戦う

 トランプ大統領はまず「世界でもっとも強力な米軍に必要な(戦争に向けた)準備を命じた」と脅しました。

 さらに「韓国と日本にも、北朝鮮がバカなことをしでかしても対処できるよう話してある。それだけではなく韓日は『米軍の活動に伴う費用の相当部分を引き受ける』と言っている」と語ったのです。

 特に後段は、北朝鮮にとって相当な衝撃を与えたでしょう。米朝が戦端を開く際、韓国は中立を宣言すると文在寅政権は示唆してきました(「ついに『中立』を宣言した文在寅」参照)。

 北朝鮮にとって「韓国の中立化」こそが、米国による攻撃を予防する材料の1つだったのです。

 専門家によれば、北朝鮮を空爆するのには韓国の基地は必ずしも必要ではない。海から、あるいはグアムや日本の米軍基地からの攻撃で十分だからです。ただ、政治的には同盟国が中立を宣言し反対するなか北を攻撃できるのか、との問題は残るからです。

 ところがトランプ大統領は「いざとなれば韓国は米国側で戦う」と語ったのです。北朝鮮は頭を抱えこんだことでしょう。

 戦争への歯止めを失えば、外交的な選択も狭まります。米国が迫る首脳会談を受けなければ、攻撃を受ける可能性がグンと増す。首脳会談に応じた際も同様です。

 「米朝首脳会談、3つのシナリオ」をご覧下さい。米国からは、即刻、完全に核を放棄するリビア方式を要求されるでしょう。これを「拒否する」選択肢は極めてとりにくくなります。

●米朝首脳会談、3つのシナリオ
米国、リビア方式での非核化を要求
北朝鮮が受諾北朝鮮が拒否
①米国などによる核施設への査察開始②米朝対話が継続③米国、軍事行動ないし経済・軍事的圧迫強化

 軍事カードを使いやすくなった米国は、北が時間稼ぎをして②「対話継続」に持ち込むことを許さないでしょう。米国が③に進むにしろ、時間のかかる経済制裁の強化よりも、即効性の高い軍事行動に出やすくなります。

北朝鮮側に立つと約束

そこで北朝鮮は……。

鈴置:急きょ、韓国に首脳会談を申し込んだのだと思います。文在寅大統領に直接会って「あのトランプ発言はどうなんだ。米国と一緒になって攻めてくるつもりか」と問い質したでしょう。金正恩委員長がなじったのか、あるいは哀願したのかは分かりませんが。

 文在寅大統領は「安心しろ。中立は守るから」と言ったと思われます。先に引用した北朝鮮側の発表に「答」があります。

・北南の両首脳は、朝鮮半島の非核化を実現するために共同で努力するという立場を表明し、今後、随時会って対話を積極化し、知恵と力を合わせていくことについて見解を同じくした。

 「朝鮮半島の非核化」が「北朝鮮の核保有を米国に認めさせる」ことを意味することはすでに述べた通りです。

 その実現に向け「北南の両首脳が共同で努力する」と言い切っていることに注目下さい。要は、文在寅大統領は「核問題で韓国は北朝鮮側に立つ」と改めて約束したのです。

ひしと抱き合う写真

北朝鮮側が勝手に言っている可能性は?

鈴置:あり得ません。南北が合意した「板門店宣言」にも同様のくだりがあるからです(「『民族の祭典』に酔いしれた韓国人」参照)。

・南と北は、完全な非核化を通じて核のない韓半島を実現するという共通の目標を確認した。
・南と北は、北側が取っている主動的な措置が韓半島の非核化のために非常に意義があり、大きい措置だという認識を共にして、今後それぞれ、自己の責任と役割を果たすことにした。
・南と北は、韓半島の非核化のための国際社会の支持と協力を得るために積極的に努力することにした。

 5月26日の南北首脳会談は、4月27日の「南北」で交わした板門店宣言の中核である「核問題での共闘」を再確認するのが目的だったのです。

その「南北共闘」はさりげなく謳われただけです。米国への有効なメッセージになるでしょうか?

鈴置:確かに。そこで南北は演出したと思います。両首脳がひしと抱き合っている写真です(1ページ目参照)。韓国は5月26日夕刻に同日午後の首脳会談開催を発表した。しかし中身に関しては翌27日の午前10時まで明かさなかった。

 世界のメディアはこのニュースを報じる際、「南北抱擁」などの写真を中心に報じるしかなかった。結果、たいして中身のない会談だったけれど、「南北が運命を共にする覚悟」は世界に発信できたのです。

南北共闘で時間稼ぎ

でも、どんな小細工をしようと北朝鮮は――南北朝鮮は、絶体絶命の窮地にあります。

鈴置:その通りです。首脳会談に応じても、応じなくても米国から軍事攻撃される可能性が高まった。少なくとも経済制裁の強化は免れない。

 こうなったら、米朝首脳会談を開くか開かないか、をあやふやにすることで時間稼ぎするしかありません。南北は、口では「米朝」に前向きですが、本当に開いたら地獄が待っているのです。

トランプ大統領が開催に前向きの発言に転じました。

鈴置:AFPの「米朝会談、6月12日開催に向け『非常に順調』トランプ氏」(5月27日、日本語版)によると5月26日、大統領は「(米朝首脳会談は)非常に順調に進んでいる」「われわれは6月12日にシンガポールでの開催を目指している。そのことに変わりはない」と語りました。

 それこそ北朝鮮――南北朝鮮への圧迫でしょう。「会談に応じろ」との。

●北朝鮮の非核化を巡る動き(2018年)
1月1日金正恩「平昌五輪に参加する」
1月4日米韓、合同軍事演習の延期決定
2月8日北朝鮮、建軍節の軍事パレード
2月9日北朝鮮、平昌五輪に選手団派遣
3月5日韓国、南北首脳会談開催を発表
3月8日トランプ、米朝首脳会談を受諾
3月25―28日金正恩訪中、習近平と会談
4月1日頃ポンペオ訪朝、金正恩と会談
4月17―18日日米首脳会談
4月21日北朝鮮、核・ミサイル実験の中断と核実験場廃棄を表明
4月27日南北首脳会談
5月4日日中と中韓で首脳の電話協議
5月7-8日金正恩、大連で習近平と会談
5月8日米中首脳、電話協議
  トランプ、イラン核合意から離脱を表明
5月9日ポンペオ訪朝、抑留中の3人の米国人を連れ戻す
  日中韓首脳会談
  米韓首脳、電話協議
5月10日日米首脳、電話協議
5月16日北朝鮮、開催当日になって南北閣僚級会談の中止を通告
5月16日北朝鮮、「一方的に核廃棄要求なら朝米首脳会談を再考」との談話を発表
5月20日米韓首脳、電話協議(米東部時間では5月19日)
5月22日米韓首脳会談
5月24日北朝鮮、米韓などのメディアの前で核実験場を破壊
5月24日トランプ、金正恩に首脳会談中止を書簡で通告
5月26日南北首脳会談、板門店の北側施設で
6月8-9日G7首脳会議、カナダで
6月12日史上初の米朝首脳会談?

次回に続く)

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