米朝首脳会談で合意文書に署名後、トランプ大統領の背に手を添える金委員長(写真:ロイター/アフロ)
米朝首脳会談で合意文書に署名後、トランプ大統領の背に手を添える金委員長(写真:ロイター/アフロ)

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 6月12日、シンガポールで開いた史上初の米朝首脳会談は実質的な進展なしに終わった。

4項目で合意

米朝首脳会談が終わりました。

鈴置:6月12日午後1時40分過ぎ(現地時間)、トランプ(Donald Trump)大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長は共同声明に署名しました。

 声明では、米国が北朝鮮の安全を保証する一方、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けた約束を改めて確認しました。

・President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK, and Chairman Kim Jong Un reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula.

 そしてトランプ大統領と金正恩委員長はともに以下の4つの条項で合意しました。

1.The United States and the DPRK commit to establish new U.S.─DPRK relations in accordance with the desire of the peoples of the two countries for peace and prosperity.
2.The United States and the DPRK will join their efforts to build a lasting and stable peace regime on the Korean Peninsula.
3.Reaffirming the April 27, 2018 Panmunjom Declaration, the DPRK commits to work toward complete denuclearization of the Korean Peninsula.
4.The United States and the DPRK commit to recovering POW/MIA remains, including the immediate repatriation of those already identified.

米韓同盟解消のテコ、板門店宣言

 注目すべきは非核化に関連する3項目目です。「南北朝鮮が交わした板門店宣言を確認することを通じ、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向け努力することを約束する」というのです。

 これでは非核化は進展しない可能性が極めて高い。なぜなら板門店宣言で約束した非核化とは、北朝鮮から核兵器を除去することだけを意味しません。

 韓国に対する米国の核の傘の提供をやめることを含め半島全体を非核化する、ということなのです(「『民族の祭典』に酔いしれた韓国人」参照)。

 6月12日の会見でトランプ大統領は「早急に非核化する」「来週にも具体的な協議を始める」と語りました。

 しかし、いざこの条項を持ち出して北朝鮮に「早急な非核化」を要求しても、北は「韓国に対する核の傘を廃止するなら受け入れる」と言い返すでしょう。

 ここで米朝協議はこう着し、米国としては1項目目の関係正常化にも、2項目目の体制保証にも進めなくなります。

●米朝、3つのシナリオ
米国、リビア方式での非核化を要求
北朝鮮が受諾北朝鮮が拒否
①米国などによる核施設への査察開始②米朝対話が継続③米国、軍事行動ないし経済・軍事的圧迫強化

中間選挙まで時間稼ぎ

トランプ大統領は板門店宣言の非核化の意味を理解しているのでしょうか。

鈴置:もちろん分かっていたと思います。ただ、金正恩委員長との会談で何らかの成果を出して見せる必要に迫られ、北朝鮮のワナと知りながら共同声明に盛り込んだのかもしれません。

 会見でも「会談を急ぎ過ぎたため、北に譲歩し過ぎではないか」との質問が相次ぎました。ことに「CVID」(完全で検証可能、不可逆的な非核化)を受け入れさせると表明していたのに、共同声明には入っていないとの批判は大統領の痛いといころを突きました。

 すると、トランプ大統領は「時間がなかった」「私は長いこと寝ずに交渉した」などと言い訳に終始しました。トランプらしからぬ弱気を思わず見せた感じでした。

 もし、ワナと分かっていて米国側が受け入れたとすると、今回の会談は北朝鮮の完勝です。北の時間稼ぎに米国が大きく手を貸したことになります。

 北朝鮮には成功体験があります。ブッシュ(George・W・Bush)政権は、初めは強気で北朝鮮に対したものの、2006年の中間選挙で負けると弱気に陥り、最後は北朝鮮の言いなりになってしまいました。

 トランプ大統領も2018年の中間選挙で勝てるかは不透明です。とりあえずそこまで時間を稼ぎ、米国の軍事攻撃を避ければ核保有を事実上、認められるはずとの計算が北朝鮮にはあるでしょう。

●非核化の約束を5度も破った北朝鮮
▼1度目=韓国との約束▼
・1991年12月31日南北非核化共同宣言に合意。南北朝鮮は核兵器の製造・保有・使用の禁止,核燃料再処理施設・ウラン濃縮施設の非保有、非核化を検証するための相互査察を約束
→・1993年3月12日北朝鮮、核不拡散条約(NPT)からの脱退を宣言
▼2度目=米国との約束▼
・1994年10月21日米朝枠組み合意。北朝鮮は原子炉の稼働と新設を中断し、NPTに残留すると約束。見返りは年間50万トンの重油供給と、軽水炉型原子炉2基の供与
→・2002年10月4日ウラニウム濃縮疑惑を追及した米国に対し、北朝鮮は「我々には核開発の資格がある」と発言
→・2003年1月10日NPTからの脱退を再度宣言
▼3度目=6カ国協議での約束▼
・2005年9月19日6カ国協議が初の共同声明。北朝鮮は非核化、NPTと国際原子力機関(IAEA)の保証措置への早期復帰を約束。見返りは米国が朝鮮半島に核を持たず、北朝鮮を攻撃しないとの確認
→・2006年10月9日北朝鮮、1回目の核実験実施
▼4度目=6カ国協議での約束▼
・2007年2月13日6カ国協議、共同声明採択。北朝鮮は60日以内に核施設の停止・封印を実施しIAEAの査察を受け入れたうえ、施設を無力化すると約束。見返りは重油の供給や、米国や日本の国交正常化協議開始
・2008年6月26日米国、北朝鮮のテロ支援国家の指定解除を決定
・2008年6月27日北朝鮮、寧辺の原子炉の冷却塔を爆破
→・2009年4月14日北朝鮮、核兵器開発の再開と6カ国協議からの離脱を宣言
→・2009年5月25日北朝鮮、2回目の核実験
▼5度目=米国との約束▼
・2012年2月29日米朝が核凍結で合意。北朝鮮は核とICBMの実験、ウラン濃縮の一時停止、IAEAの査察受け入れを約束。見返りは米国による食糧援助
→・2012年4月13日北朝鮮、人工衛星打ち上げと称し長距離弾道弾を試射
→・2013年2月12日北朝鮮、3回目の核実験

トランプには奥の手?

トランプの完敗ですね。

鈴置:大統領に好意的に見れば、「奥の手」を残しているのかもしれません。朝鮮半島の非核化に関連、北朝鮮が「米国の核の傘も撤去せよ」と言い出したら、それを飲む手です。

 5月10日の演説でトランプ大統領は「半島全てを非核化する」(denuclearize that entire peninsula)と語りました。(「『米韓同盟破棄』カードを切ったトランプ」参照)

 核の傘を韓国に供与しない、ということは米韓同盟を解消することに等しい。それを交渉材料に北朝鮮に「本気で核を全て手放せ」と迫るつもりかもしれません。というか、もう、それを武器に交渉を始めているのかもしれません。

 6月12日の会見でトランプ大統領は「在韓米軍はいずれ引いて行く」と語りました。米韓合同軍事演習の中止も示唆しました。米韓同盟を堅持するつもりがあるのなら、安易に演習は中止しないはずです。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領はもともと米韓同盟に懐疑的な人ですから、北の完全な非核化の見返りに米韓同盟を解消すると言われても反対しないでしょう。

国連軍化という妙手

在韓米軍がいなくなるとなれば、韓国は大騒ぎになりませんか?

鈴置:妙手があります。米韓同盟をやめても在韓米軍は存在しうるのです。同盟国の軍隊としてではなく、国連の平和維持軍として韓国に駐留し続ける手があるのです。

 国連軍として存在すれば北朝鮮の南進を防ぐことは可能ですから、韓国人に一定の安心感を与えられます。一方、国連軍ですから核の傘は韓国に提供しない。

 1998年ごろから北朝鮮はこれを言い出しています。韓国の保守派の指導者、趙甲済(チョ・カプチェ)氏も「在韓米軍の国連軍化」を前から懸念しています。

 趙甲済氏は会談を10時間ほど先立つ6月12日午前零時に「北の非核化は手遅れ、韓米同盟はいじられるという不吉な予感」(韓国語)という記事を自身のサイトに載せました。ポイントは以下です。

・在韓米軍の地位変更は北朝鮮、文在寅政権、中国が同意する可能性がある。トランプだけが同意すれば日本が反対しても討議の対象にはならない。

 要は非核化を目がけ交渉する過程で、米韓同盟の存続が怪しくなると訴えたのです。

●朝鮮戦争年表
1950年
1月12日 米国、アチソン声明を通じ「韓国は防衛線の外側」と示唆
6月25日 北朝鮮軍が38度線を南進し勃発
6月27日 国連安保理、北朝鮮への非難決議採択
6月28日 ソウル陥落
7月7日 国連軍結成
9月15日 仁川上陸作戦
9月27日 米海兵第1師団、ソウル奪回
10月2日 中国「米軍が38度線を越えれば参戦」とインドを通じ警告
10月9日 米第1騎兵師団、38度線を越北
10月19日 中国人民志願軍、鴨緑江を渡河
10月26日 韓国第6師団、鴨緑江に到達
12月5日 中朝軍、平壌を奪回
1951年
1月4日 中朝軍、ソウルを奪回
3月15日 韓国第1師団、ソウルを奪回
4月11日 マッカーサー、国連軍総司令官など全ての役職から解任
6月23日 ソ連、休戦協定の締結を提案
7月10日 開城で休戦会談を開始
1953年
1月20日 アイゼンハワー大統領就任
3月5日 スターリン死去
7月27日 休戦協定締結

「米朝」の前日の日米電話協議

そんな奇手があるのですね。

鈴置:専門家――ことに古手の間では常識です。もちろん、在韓米軍の国連軍化を交渉カードとして切る時は、韓国はもちろん、日本にも通告があるでしょう。

 6月11日、シンガポールからトランプ大統領は文在寅大統領と安倍晋三首相に電話しています。その直後、安倍首相がぶら下がり会見で見せた固い表情が気になります。

1月1日金正恩「平昌五輪に参加する」
1月4日米韓、合同軍事演習の延期決定
2月8日北朝鮮、建軍節の軍事パレード
2月9日北朝鮮、平昌五輪に選手団派遣
3月5日韓国、南北首脳会談開催を発表
3月8日トランプ、米朝首脳会談を受諾
3月25―28日金正恩訪中、習近平と会談
4月1日頃ポンペオ訪朝、金正恩と会談
4月17―18日日米首脳会談
4月21日北朝鮮、核・ミサイル実験の中断と核実験場廃棄を表明
4月27日南北首脳会談
5月4日日中と中韓で首脳の電話協議
5月7-8日金正恩、大連で習近平と会談
5月8日米中首脳、電話協議
  トランプ、イラン核合意から離脱を表明
5月9日ポンペオ訪朝、抑留中の3人の米国人を連れ戻す
  日中韓首脳会談
  米韓首脳、電話協議
5月10日日米首脳、電話協議
5月16日北朝鮮、開催当日になって南北閣僚級会談の中止を通告
5月16日北朝鮮、「一方的に核廃棄要求なら朝米首脳会談を再考」との談話を発表
5月20日米韓首脳、電話協議(米東部時間では5月19日)
5月22日米韓首脳会談
5月24日北朝鮮、米韓などのメディアの前で核実験場を破壊
5月24日崔善姫「核対核の対決場で会うかは米国にかかる」
5月24日トランプ、金正恩に首脳会談中止を書簡で通告
5月25日金桂官「対坐して問題を解決する用意がある」
5月26日南北首脳会談、板門店の北側施設で
5月26日日ロ首脳会談
5月26日トランプ「今も話し合いが持たれている」と米朝首脳会談の準備が進んでいると示唆
5月28日日米首脳、電話協議
5月30日金英哲、NYでポンペオと会談(翌31日も)
5月31日ラブロフ訪朝、金正恩と会談
6月1日南北閣僚級会談
6月1日金英哲、トランプに金正恩の親書手渡す
6月1日トランプ、6月12日の米朝首脳会談開催を発表
6月7日日米首脳会談
6月8-9日G7首脳会議、カナダで
6月11日米韓、日米首脳が電話協議
6月12日史上初の米朝首脳会談

次回に続く)

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孤立する韓国、「核武装」に走る

■「朝鮮半島の2つの核」に備えよ

北朝鮮の強引な核開発に危機感を募らせる韓国。
米国が求め続けた「THAAD配備」をようやく受け入れたが、中国の強硬な反対が続く中、実現に至るか予断を許さない。

もはや「二股外交」の失敗が明らかとなった韓国は米中の狭間で孤立感を深める。
「北の核」が現実化する中、目論むのは「自前の核」だ。

目前の朝鮮半島に「2つの核」が生じようとする今、日本にはその覚悟と具体的な対応が求められている。

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