働き方改革法案成立の先に何が待っているのか(イメージ、写真:michio yamauchi/アフロ)
働き方改革法案成立の先に何が待っているのか(イメージ、写真:michio yamauchi/アフロ)

 働き方法案が成立した。

 これまでさんざん、多くの人たちが問題点を指摘し続けたにもかかわらず、全く修正されることもなく成立。私も法案の危険性を吠えていた一人なので深いあきらめの境地に至っている。

 しかも、世間の関心が低い。「自分には関係ない」と思っている人が多いのか、「何をしたところで、今のしんどい状況は変わらない」という諦めなのか、はたまた「サッカー観戦で忙しかった」からなのか、理由は定かではない。が、この温度の低さは少々異常である。

 といっても私自身、深い諦めの境地になっているわけで。正直なところ、働き方改革について書くモチベーションが高まらず困っている。

 が、やはり書きます。「廃案になって欲しい」と願いアレコレ異論を述べてきた自分が、「成立した今」考えていることをそのまま書こうと思う。
 テーマは「働き方改革法案成立の先」だ。

 そして、できることなら、これから書くことが単なる杞憂で、現実にならないことを祈っている。
 「何なんだ! このおどろおどろしい書き方は!?」

 申し訳ない。だが、それほどまでに今回の法案、とりわけ「高度プロフェッショナル制度」は成立させてはならなかった法案なのだ。
 結論を先に述べる。
 もっとも懸念されている「範囲拡大」は現実になり、大多数の会社員は年収200万円ほどの非正規雇用になり、正社員は過労死と背中合わせの特権階級になる。さほど遠い未来ではない。

 その根拠をこれから示していくことにするが、その前に成立した「働き方法案」をざっとおさらいしておこう。
 今回の法案は以下の3つに分けることができる。

残業時間の上限規制
  • 残業は年720時間まで。単月では100時間未満。
  • 違反すると罰則あり(懲役・罰金など)
  • 労基署が指導する際、中小企業には配慮すること
  • 大企業では2019年4月~、中小企業は2020年4月~
同一労働同一賃金
  • 基本給や手当で正社員と非正規の不合理な待遇差を解消
  • 大企業では20年4月~、中小企業は21年4月~
脱時間給制度の導入
  • 年収1075万円以上の一部の専門職を労働時間規制から除外
  • 働いた時間ではなく成果で評価
  • 本人の意思で離脱可能
  • 19年4月~

 個人的に感じている各々の問題点についてはこれまでたびたびコラム内で指摘した通りだが、こちらも要点(あるいはキーワード)のみ簡単におさらいしておく。

残業時間の上限規制
過労死が合法化された。インターバル規制は努力義務←罰則規定を設けるべき。

同一労働同一賃金
均等ではなく均衡に基づいているので正社員の賃金が下がる可能性大←差別是正が目的なら「均等」にすべし。

 「脱時間給制度の導入」に関しては「裁量労働制の拡大」も含め何回にもわたって書いた。最近では5月22日に「米国のいいなり 自国の働く人を捨てる日本の愚行」で、在日米国商工会議所(ACCJ)の意見書について書いたばかりである。

 この意見書は「残業代がバカにならないから、労働時間規制を見直してね!」と言うもので、「海外の投資家を儲けさせるのに、残業代は無駄でしょ!」「残業代払わなきゃ、もっと会社に利益が出て投資家に戻ってくるんだからさ!」「ひとつよろしく!」と、丁寧な文章で書かれていたものである(原文は英語)。

適用を望む企業や従業員が多いから導入するのではない

 で、今回。野党との攻防戦で、な、なんと安倍首相自身が、「アメリカさんに言われちゃったし」的発言をして“しまった”のだ。

 「(政府の)産業競争力会議で経済人や学識経験者から創設の意見があり、労使の審議に基づき法制化。適用を望む企業や従業員が多いから導入するものではない」(by 安倍首相)

 これは6月26日に行われた参院厚生労働委員会で、野党側から「高度プロフェッショナル制度」に質問が集中。それまで政府が高プロの導入理由として説明してきた「働き手のニーズ」を改めて問いただした時の答弁である。

 なるほど。「1億総活躍社会だ~」「働き方改革だ~」「人づくり革命だ~」と次々と看板を変えてきたけど、とどのつまり「働く人たちのためじゃなくって、投資家のためなんだよ」と明言してしまったのだ。

 「それはミスリードでしょ? どこにも『いやいや、アメリカさんから言われましてね~』なんて言ってないじゃん」
って?

 そりゃあ、どんなにおっちょこちょいな人でも、さすがにそこまでストレートに言うわけがない。だが「経済人や学識経験者」にACCJも含まれていることは否定のしようがない事実で、意見書提出後の政権側の対応からも明らかである(「米国のいいなり 自国の働く人捨てる日本の愚行 何のための働き方改革か」を参照)。

 そもそも「適用を望む企業や従業員が多いから導入するものではない」と認めている時点で、大問題だ。労働基準法は「労働者の生存権を保障するため」に存在し、経済人のいいなりで変えるものではないし、すべきでもない。

 ところが、国のトップが堂々と「あのさ、経済界が日本の経済成長には必要だから変えろって言うんだよ。だから、あとは一つよろしく! 過労死しないように自己管理してね~」と解釈できる答弁をした。

今後は年収制限も下がるだろう

 明らかに「して“しまった”」発言なのに、マスコミはスルー。全くこの発言を問題視しなかったのである。…労働者の人権はどこに行ってしまったのか?

 いずれにせよ「適用を望む企業や従業員が多いから導入するものではない」という発言は、「高プロのニーズ調査なんてやる必要ないけど、やっただけすごいじゃん!」と同義だ(ニーズ調査についてはこちら)。

 さらに、先の首相答弁をそのまま受け止めれば、それが意味することは、「高プロはあくまでもアリの一穴にすぎない」ってこと。今後は年収制限も下がり、対象も「事務職、営業職など」にも広がっていくことを示唆したことにもなる。

 なんせ「経済人や学識経験者」は誰一人として「1075万円以上を対象とする」とは言っていないし、多く見積もっても1割程度のエリートたちの残業代を削ったところで、投資家が儲かるわけがない。「1075万円以上」では要請に応えたことにならない。

 思い起こせばホワイトカラー・エグゼンプション(WE)を巡る議論が盛り上がった05年時の年収要件は「400万円以上」だった。

 当時の試算では、400万以上の労働者にWE導入した場合、総額11兆6000億円が削減される(参考記事:残業代11.6兆円が消失する?!)。

 つまり、最低でも400万円までは「脱時間給制度」の対象となり、専門の枠も無尽蔵に広がっていく。

 それが単に私の妄想ではないことは、今国会で提出された条文を見ればわかるはずだ。

 「労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を1年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額(厚生労働省において作成する毎月勤労統計における毎月きまって支給する給与の額を基礎として厚生労働省令で定めるところにより算定した労働者一人当たりの給与の平均額をいう)の3倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること」(労基法改正案41条の2第1項2号ロ

 1075万円という文言はどれだけ目をこらしても存在しない。その代わり「3倍の額」「相当程度上回る水準」といった秀逸な書きっぷりを尽くした。先送りになった「定額働かせ放題プラン」(裁量労働制の拡大)も、条文をここまで曖昧にしておけばどうにでもなるはずだ。
 まさに「アリの一穴」。とにもかくにも穴をあけてさえすれば、なんとでもなる。実に残念なことではあるが「対象範囲拡大」前提で全てが進められているのだ。

 そして、ここからは私の妄想も含んだ推察である。

 近い将来「1075万円以上」という年収制限はなくなり、全ての「正社員」が労働時間規制から除外される。「専門職」の枠は営業まで広がり、非正規として雇用される。
つまり、多くの人たちが年収200万円程度の非正規として、働かせられる時代が到来するのである。

日経連「新時代の『日本的経営』」1995年5月
日経連「新時代の『日本的経営』」1995年5月
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 これは日経連(現経団連)が1995年に打ち出した「新時代の『日本的経営』」に書かれているもので、現在に至るまで上記の3分類に沿って雇用形態は確実に変わってきた。
 「雇用柔軟型グループ」とは非正規のうち、パート・アルバイトなど。一部企業では経理などのアウトソーシングが進んでいるが、正社員経理=一般職は順次非正規となり、時間給・昇給なし。前回取り上げた「外国人労働者」もこの中に入ることになる。いわゆる「アンダークラス」に分類される人たちである。

 「高度専門能力活用型」は非正規のうち、「専門型裁量労働制」の契約社員などで、今回提出されなかった「企画業務型」の裁量労働制も含まれる。最近メディアに登場することが増えた「フリーランス」もこのグループだ。

エリート中のエリートだけが正社員に

 そして、最後が「長期備蓄能力活用型」で、ここだけが正社員だ。サラリーマン社会のエリート中のエリートだけが、正社員という特権階級を手に入れ、ボーナスをもらい、昇進し、昇給し、退職金と年金をもらい、「老後どうしよう?」と心配することなく生涯を送ることになる。

 高プロの導入を進める人たちは決まって、

「新商品やソフトウエア開発者、アナリストなど、従来の労働時間に縛られず自由で自律的な働き方をする人材を育てるために必要な制度だ」

と主張するが、これはただの建前論で、本音は投資家のために人件費をギリギリまで切り詰めたいだけ。

「意欲ある人にとってはいい制度だ」
「そうそう。成果を高めて、自己実現できるし!」
「生産性が向上すれば、企業も収益を増やせるし、労使双方ウィンウィンじゃん!」

と賛成派は言うけど、彼らはその「先」に待ち受ける悲劇がわかっているだろうか?

「残業代とか下手につける約束しちゃってるから、ダラダラ働くんだよ」と吐く人たちは、4割超の企業で違法残業が確認されている事実を、どう説明するのだろうか?

 そして何よりも問題なのは、上記の3分類が「コスト削減」だけを目的にし、そこに「働く人の健康」という発想が微塵も存在しない点だ。

 「経済人や学識経験者」たちが、「ホワイトカラー・エグゼンプション」という言葉を使うようになった時、当時の総理大臣は「残業代が出ないのだから従業員は帰宅する時間が早くなり、家族団らんが増え、少子化問題も解決する」と断言し、当時の厚労相は「家庭団らん法」と呼び変えるよう指示をした。

高プロと自己責任

 「だいたい経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんからね。過労死を含めて、これは自己管理だと私は思います。ボクシングの選手と一緒です。自分でつらいなら、休みたいと自己主張すればいいのに、そんなことは言えない、とヘンな自己規制をしてしまって、周囲に促されないと休みも取れない」

と言い放つ人もいた。

 12年の月日を経た今も、高プロ推進派は「残業しないと終わらない?そりゃあ、アンタの能力が低いだけだよ」と自己責任で、ジ・エンドだ。

 先日、「米国のいいなり 自国の働く人捨てる日本の愚行」のコメント欄に書かれた以下の内容がこの「先」を暗示している気がしてしまうのです。投稿してくださった方に感謝を申し上げるとともに、皆さんにも紹介します。

「以前産業精神保健に関わっていた老心療内科医です。以前は成果主義の問題がありました。根っこは同じでしょう。
(中略)
最後に、米国では過労死はありませんが、職場暴力の問題はあります。今は高校での大量殺人が問題ですが、職場の事件もかなりあると思います。問題の表現形が違うだけで、米国にも深刻な問題があり、労働者が本当に理想的な労働環境で働いているのか疑問です。冷静に現状を評価すべきだと思います。」

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