佐川宣寿氏は証人喚問で真実を語るのか(写真:つのだよしお/アフロ)
佐川宣寿氏は証人喚問で真実を語るのか(写真:つのだよしお/アフロ)

 今日3月27日は、学校法人「森友学園」への国有地売却に関する財務省決裁文書の改ざんで、当時理財局長だった佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問が行なわれる。

 「ちゃんと行なわれるのか? 大丈夫なのか?」と、原稿を書きながら心配している(現在、24日土曜日)。

 私だったらムリ。あそこまで露骨に“佐川事件”(by 自民党の西田昌司・参院議員)などと責任を押し付けられたら、参ってしまう。

 「ナニ善人ぶっているんだ! 財務省が悪いんだろう!」
とお叱りを受けるかもしれない。

 でも、自民党の和田政宗・参院議員が太田充・理財局長に対して、「安倍政権をおとしめるため意図的に変な答弁をしているのか」と問い詰めた(太田氏は民主党政権時に野田佳彦元首相の秘書官を務めていた)ことに対し太田氏が
 「いくら何でも、いくら何でも、……いくら何でも。……私は、公務員として、お仕えした方に一生懸命お仕えするのが、仕事なんで。それをやられるとさすがに。いくら何でも、それはいくら何でも、それはいくら何でもご容赦ください」
 と抑え続けられた憤りを噴出させていたのを国会中継で見て、ナニかを感じずにはいられなかった(和田氏は批判を受けて後に発言を撤回)。

 公文書改ざんという問題の本質はさておき、彼ら官僚たちをあそこまでたらしめる“目に見えないパワー”とはナンなのか? 恐ろしくなってしまったのだ。

 先週(3月22日)、「官僚のメンタル休職者は民間の3倍。国会対応、政治家の理不尽に翻弄される」という記事がSNS(交流サイト)上で話題になった(詳細はこちら。

 内容をざっと紹介すると、
・メンタルヘルスで一カ月以上休職している国家公務員(精神及び行動の障害による長期病休者数調査、非常勤職員除く)が全職員の1.26%(全産業の同様の休職者の割合は0.4%)
・自殺者は毎年40人前後(過労自殺含む)
・年間の超過勤務の平均時間は全体で235時間、霞が関本省は366時間(人事院による)
 など、官僚たちの過酷な職場状況を報じた。

 記事では、社員による企業の口コミサイトのコメントも掲載している。「財務省、経産省、国交省に対して、やりがいや人材育成を評価する口コミも多く、あくまで、過酷な職場に対する一部の意見」としつつも、描かれていたのは実に“乾き切った”当事者たちのリアルだった(以下、一部を抜粋)。

●国土交通省の「退職検討理由」に関する2016年7月の書き込みより
 「観光庁にいた頃、年度末残業が200時間以上(毎日深夜帰宅、土日出勤)となった時、生理が止まった。仕事が面白く麻痺していたが、真剣に退職して実家に帰ろうと思った。(在籍3~5年、現職、新卒、女性)
●財務省の入省前に「認識しておくべき事」に関する書き込みより
 「本当に日本の財政に関わっていきたいのか、それは自分を押し殺してでもやりたい事なのかよく考えるべき。予算策定時期には百時間超の超勤がザラにある部署も。(在籍5~10年、現職、新卒、男性)
●2017年5月の経産省の「モチベーション・評価制度」に関する書き込みより
 「政治家の理不尽な要求で省全体で大騒ぎしているところなどを見ると情けなくなる。(課長補佐、在籍15~20年、退社済み、新卒、男性)
●国交省の「入社後のギャップ」に関する2016年10月の書き込みより
 誰のために働いているのかわからなくなる。上司のためなのか、議員のためなのか。議員のために働いてそれが国のためになればよいが、政治家が腐敗しているため、そうはならない。だから辞めた。(総合職、在籍5~10年、退社済み、新卒、男性)

 200時間以上の残業、自分を押し殺す、政治家の理不尽な要求、誰のために働いているのか──。官僚への切符を手に入れたときに抱いていた崇高な気持ちは彼ら・彼女たちの心の中に残っていると信じたいが、日々の業務によって心身が蝕まれていく。 官僚たちの悲痛な実態に驚くとともに、暗澹たる気持ちになった。

 今からちょうど一年前の日経新聞でも「霞が関の明かりは消えず 官僚たちの長時間労働」という記事が掲載され、働き方改革との齟齬を指摘していたことがある(以下、日経新聞より)。

・「旗振り役の経産省以外で真剣にプラミアムフライデーに取り組む官庁はない」「働き方改革の政策づくりに取り組んでいるのに、自分たちの職場の働き方改革はなかなか進まない」(by 経済官庁幹部)

・「就職活動ではプライベートの充実や休暇が取れるかを優先した。官僚になることは考えなかった」(by 有名私大の学生)。

 どちらの記事も「不夜城」と揶揄される霞が関の内実を指摘したものだが、
 彼らに長時間労働を強いる要因は何なのか?
 何のために彼らはそこまで身を捧げるのか?

 ポジティブとネガティブな感情に翻弄され、心身を蝕むほど仕事にコミットさせる“パワーの正体”を、今回は考えてみようと思った次第だ。

 まずは、その手がかりになりそうな一本の論考を紹介する。

 タイトルは「病める官僚たちー長時間労働・過労死・過労自殺」。執筆者は明治大学大学院政治経済学研究科長の西川伸一氏で、1999年12月刊行の『政経論叢』に掲載された。

 1997年の2~3月に、西川氏は内閣法制局参事官経験者の履歴を調べるために、国会図書館の資料室で毎日、『官報』を閲覧。そんなある日、「官史死亡」なるものを見つけ、驚愕する(以下、論考より)。

「総理府○官吏死亡 社会保障制度審議会事務局総務課長永瀬誠は、四月八日死亡
 敬称も付けずくやみの言葉もなく、死亡月日と死亡の事実だけを伝える冷たく乾いた活字が並ぶ。永瀬誠氏は1968年に厚生省に入省し、84年9月から88年6月まで内閣法制局第四部参事官を務め、それ以降、総理府(現内閣府)に出向していた。享年46歳。
 内閣法制局参事官といえば、主要官庁の同期入社組のなかでも一番手、二番手が出向する「昇任」ポストである。その経験者、えり抜きのキャリア官僚の在職中の急逝。死の背後に何があったのか。彼らに無念さや残された遺族のことが私の頭をよぎった」(本文より)

 そこで西川氏は、大蔵省(現財務省)キャリア出身で京都大学経済学部教授の吉田和男氏の著書『官僚崩壊』に書かかれていた次の一節を検証すべく、中央省庁の職場環境にメスを入れることになる。

 「若い人でもたくさんの主査が在職の最中か直後に死んでいる。私の年次の近いところだけでも5人も死んでいる。この10年間ほどの年次の間に主査経験したものは50人ほどであるから、一割とはきわめて高い死亡率である」(by 吉田和男)

 論考は、「不夜城・大蔵省のうめき」「長時間労働の内実」「官僚たちの墓標」と3つの“カルテ”で構成。“数字”から浮かびあがるショッキングな実態、働く人たちの証言、さらには元官僚の小説などが記述されている(抜粋し要約)。

【カルテ1 不夜城・大蔵省のうめき】
・(査定案は)期限が切られているから、睡眠時間を犠牲にするしかない。一日の残業時間は7時間、月200時間超。退庁は1時、2時、徹夜もざら。土日も100%出勤。11月、12月はひと月の残業は300時間超。
・“バカ殿教育”と批判される地方の税務署長勤務から戻ってきた30代の課長補佐は、出世競争にしのぎを削る。認められるためには、仕事ぶりで自らをアピールするしかない。
・1985年6月、30歳の課長補佐が庁舎から飛び降り自殺。92年に11月、33歳の課長補佐が横須賀の観音崎灯台から飛び込み自殺。97年8月、28歳の係長が省内のトイレで自殺。98年5月、28歳係長が大蔵省の寮で自殺。
・98年には、金融機関をめぐる接待汚職事件の調査にからんだノンキャリの職員2名が自殺。

【カルテ2 長時間労働の内実】
・若手は「無定量、無制限」で使われる。「国会待機」中、質問内容を教えてくれない新人議員に「あなた1人のために、3000人が待機している」と苦言を呈したとの逸話あり。
・残業手当ては実際の残業時間の4分の1程度。残りはサービス残業(予算で決められているため)。サービス残業を厭わない理由は「国家官僚としての使命感」と口を揃える。
・より多く仕事して認められたい、目立ちたい。エリート意識に支えられた強い出世欲がある。
・同期入社との出世競争に勝つために「入社後10年は朝帰り」

【カルテ3 官僚たちの墓標】
・「過労死問題」に取り組んでいた経済企画庁経済研究所の研究官が、97年に52歳の若さで過労死。
・99年、環境庁(現環境省)の職員が過労死。環境庁の仕事は環境意識の高まりとともに激増するも職員数は80年の895人から微増の1020人(99年度)。
・97年、8人の官僚が自殺を図る(1人は未遂)。半分は20代、30代のキャリア官僚。
・98年、28歳の大蔵省キャリア係長が自殺。
・99年1月、25歳の郵政省キャリア職員が自殺。同年8月、52歳の国税庁のキャリアが大蔵省4階から飛び降り自殺。

【処方箋はあるか】

 官僚たちの過労死問題は、
・人員不足
・国会審議の質問取りや答弁作成になどが大きな負担
・本来政治家がやるべき仕事を、官僚たちがやりすぎ
 に起因するとし、「政治主導は、議員の甘えと官僚側の過剰適応を招いている」と指摘。
 その上で、西川氏は「業務量を減らす」ことと「増員する」ことの2点が解決策と提示した。
 さらに、
 「意識が朦朧とした状態でまともな政策など考えられるわけがない。官僚側の意識改革が必要不可欠。自分たちの職場は“狂っている”ことを自覚せよ!」
 と訴えている。

 ……さて、いかがだろうか。

 この論考が発表された1999年から20年近くの歳月を経て、“狂った職場”は正気に戻ったのだろうか。

 「戻ってない」というのが私の見解である。むしろもっと“狂った”職場になっているのではあるまいか? 

 そもそもサービス残業が日常茶飯事であるなら正確な労働時間など分かるわけがないし、国家公務員の数は、人口比で見ると1960年代以降横ばいで、職員数の適正化が行なわれているのかどうかも疑問である。

 奇しくも、冒頭で紹介した記事で、

 誰のために働いているのかわからなくなる。上司のためなのか、議員のためなのか。議員のために働いてそれが国のためになればよいが、政治家が腐敗しているため、そうはならない。だから辞めた。(総合職、在籍5~10年、退社済み、新卒、男性)

 とのコメントがあったが、政治家と官僚の関係性に影響を与える構造的な問題に加え、政治家の質も疑問だ。

 長時間労働に加え、仕事上のプレッシャー、過剰な業務、時間的切迫度など、さまざまなストレス要因が重なると、「生きる力」が萎えて、過労自殺に追い込まれることはこれまでに何回も指摘してきた。

 以前、メンタルを低下させて休職中の人をインタビューしたときに、
 「死にたいとか、死のうという気持ちを自覚したことは一度もなかった。なのに電車がホームに入ってきたときに飛び込みそうになった。近くにいた人が咄嗟にスーツのジャケットを引っ張って止めてくれたので九死に一生を得たけど、思い出すだけ恐ろしくなる」
 と話してくれたことがある。

 官僚たちの「死」は、本人のエリート意識や出世欲と関係しているのだろうか?
「官僚は政治家に仕えて当然」という政治家の傲慢さが関係しているのではないか?
 はたまた一部のジャーナリストたちが指摘するように「官僚の質が低下」していることが関係しているのか?

 いずれにせよ「公務員として、お仕えした方に一生懸命お仕えする」ことと、言いなりになることは全く別だ。

 誰もが例外なく「認められたい」という欲求を持ち、権力(=パワー)ある人が、自分に利益をもたらしてくれることを知っているけど、その先あるのは……死。パワーなき末端の人たちの命が危険にさらされるのだ。

 そういえば文部科学省の事務次官だった前川喜平氏が、加計学園問題を巡り記者会見を行なったとき、某政治コメンテーターが、
 「政治家は国民に選ばれている、官僚は試験に受かっただけ。政治家の言うなりになって当然」
 といった趣旨のコメントをしたことがあったが、こういった欺瞞を振りかざす限り、“病い”は治らない。むしろ、官僚たちを狂わせるパワーになる。

 もし、予定どおり証人喚問が行なわれたなら、佐川氏には“狂った職場”の内実を語ってもらいたい、と個人的には思っているが(……ムリか?)。

■変更履歴
記事掲載当初、本文中で「明治大学大学院政治経済学研究科長の西田伸一氏」としていましたが、「西川氏」の間違いでした。お詫びして訂正いたします。本文は修正済みです [2018/03/27 08:00]
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