図們江の向こうに見える北朝鮮。向かって左側にはロシアのハサン湖が、北朝鮮の向こうには日本海が控える(写真:福島香織)
図們江の向こうに見える北朝鮮。向かって左側にはロシアのハサン湖が、北朝鮮の向こうには日本海が控える(写真:福島香織)

  久々に中朝国境に行ってきた。今回のコラムはその簡単なリポートから始めたい。

 行先は吉林省の琿春という人口23万人程度の小さな街で、ロシアと北朝鮮と中国の3カ国の国境が接する。北京駅から列車で1本、10時間あまり。この路線は、吉林駅あたりから先の風景がなかなか美しいと評判だ。5月も半ばを過ぎたころだと、おそらく車窓から、芽吹いたトウモロコシ畑の新緑の絨毯を眺めながら鉄道の旅を満喫できるだろう。

 私が訪れた4月半ばは、まだ新緑の季節には早かったが、気温は日中15度ぐらいと快適だった。午前6時40分発の列車で、少し予定時間より遅れた午後7時すぎに到着した。

 中朝国境だから緊張しているかと思えば、普通の国境の地方都市であり、耳に入る言葉や目に飛び込む文字が朝鮮語とロシア語が若干多いぐらいの特徴しかない。飲食店のメニューに、朝鮮族の好む「狗爪」(犬の手)が当たり前のように並んでいるのに、朝鮮族自治区らしさを感じる。

 琿春を訪れたのは、琿春と図們などの街に北朝鮮の国境沿って対北朝鮮人用難民キャンプの建設が始まっているとロイターなどが報じていたので、ひょっとすると見つけられるかな、と思ったからだ。だが、残念ながら、さほど現地滞在時間も長くない中、探し切れなかった。おそらく山間部の方にあるのだろう。あるいは、まだ造られていないか。

 もう一つは、中国が対北朝鮮経済制裁に参加し、琿春の税関を通じて中国に例年大量に輸入されていたズワイガニや毛ガニなどの北朝鮮産海産物が全面禁輸となったことを受け、国境の町の経済がどれほど打撃を受けているのだろう、と気になったことだ。

 琿春市中心から車で1時間ほどのところには、防川風景名勝区とよばれる北朝鮮、ロシア、中国の国境が接する地域がある。70元ほどの入場料を払って入る有名な観光名所であり、そこの展望台・竜虎閣からは図們江をはさんだ向こうの北朝鮮・豆満江市、ハサン湖事件(1938年の日ソ戦闘、張鼓峰事件)の名前の由来でもあるロシアのハサン湖、その向こうに日本海が一枚の絵のように見渡せる。日本人にとっては、あのあたりまでが満州だったのか、と思ったりすると、感慨深い風景だ。

国境警備隊のチェックの意外な緩さ

 この景勝区の中に、1886年に清朝政府が派遣した高級官僚・呉大澂とロシア側代表バラノフとが設立した「土字碑」がある。中国とロシアの国境線の上に建てられた碑であり、この土字碑周辺だけは中国人にのみ公開され、外国人は近づけない。だが、大勢の中国人と一緒にバスに乗ってしまえば、身分証チェックもあいまいで、中国語が話せない韓国人観光客は入場拒否されたものの、私などは中国人と見分けがつかず、国境警備の兵士に身分証を提示しろと言われても、「えー、駐車場の車の中において来ちゃったよ」というと、しかたないな、という感じで中に入れてもらえた。北朝鮮の核問題で中朝国境もよほど緊張しているのか、と思いこんでいたので、この国境警備隊のチェックの緩さにはちょっと驚いた。

 図們江沿いをずっとドライブしてみると、やはり、さほど国境警備が増強されているという印象もない。報道では本来10万人程度の国境警備は30万人に増強されている、ということだが、見た感じでは、私でも夜陰にまぎれて川幅数十メートルの図們江を渡って中朝を往来できそうなのどかさだった。昼頃、琿春口岸(中朝税関)の前を通りかかると、中国の食料品や日用品を積んだコンテナトラックが列をなしていた。税関は昼休みをとり午後2時からしか通れない。口岸の前にトラックを止めた運転手たちが、傍らでたばこを吸ってたむろしていたので、ちょっと話を聞いてみた。

「コンテナの中には何がはいっているの?」
「具体的には俺たちは知らないよ。食糧とか日用品だろう」
「金正恩が中国に来てから、輸送量は増えた? 禁輸されていた海産物とかもう運べるの?」
「海産物はまだダメだ。だが、もうしばらく我慢すれば解禁になるだろうね」

中朝関係に左右される北朝鮮ツアー人気

 この口岸からは、中国人ならば200~300元程度で羅先経済特区へのツアーにも参加できる。旅行代理店によれば制裁による中朝関係の悪化で、北朝鮮への観光客もずいぶん減っていた。もともと冬季の旅行は寒すぎて人気がない、という部分もある。

 だが、金正恩訪中以降、ツアーはやはり増えてきているようでもある。22日夜、中国人のツアー客の乗った観光バスが北朝鮮の黄海北道で交通事故を起こし、32人が死亡、2人が重傷という大惨事となった。金正恩訪中を受けて、今年は中止していた冬季団体旅行の再開を例年より早めて今月10日からスタートしたとか。

 口岸近くの、中朝を結ぶ橋がよく見える場所では、地元の女性が土産物の売店を出していた。3元出せば、双眼鏡を貸してくれるというので、貸してもらって眺める。「向こう岸に見える大きな建物は昨年できたばかりのマーケットだよ」と教えてくれた。黒塗りの高級車っぽい乗用車が停まっている様子なども見える。

 「年末は中朝関係が悪かったから、琿春の観光客は減ったでしょう」と聞くと、「でも、これから暖かくなるし、中朝関係もよくなれば、観光客も貿易も増えるだろうよ」と期待を込めて語っていた。

 「琿春に北朝鮮から逃げてくる難民キャンプを建設中らしいんだけど、どこにあるか知っている?」と聞くと、「川向こうの北朝鮮人はみんな比較的富裕層だよ。難民なんて来ないよ」と笑っていた。

 タクシードライバーに中朝関係について聞けば、こんなことを言っていた。

 「北朝鮮はやはり、すごく貧しいというイメージだ。琿春の海鮮加工工場で、北朝鮮の女性労働者が出稼ぎに来ているけれど、中国人の半分くらいの給料だ。しかも、大半を北朝鮮政府に上納させられるんだろう。だから、中国が経済的に助けてあげなければと思っている。中国もそれによって経済的利益を得る」。

 いろいろな予定の合間に、ふらりと訪れただけなので、駆け足で、ざっくりと様子を見ただけだが、中国の対北朝鮮制裁で、経済的にはかなり落ち込んだようだが、金正恩の電撃訪中後は、禁輸解禁間近、という期待が高まっている。

漂う北朝鮮への親近感

 琿春は90年代から国連開発計画が主導する図們江地域国際合作開発の拠点であり、近年は習近平の打ち出す一帯一路構想の極東アジアにおける起点都市の名乗りをあげている。

 たとえば、中国の衣料品メーカーが北朝鮮に工場を作って北朝鮮の安価な労働力を利用して製造する、という出国加工が進められているが、それをそのまま北朝鮮の不凍港である羅津港から中国南部に輸送したり、あるいは輸出することもできたりすれば、陸のシルクロード、海のシクロードともに中国極東の起点となる。北朝鮮の核問題で、中朝関係が冷え込むと、こうした構想も暗礁に乗り上げてしまう。増えかけていた琿春への投資にもブレーキがかかり、街全体に停滞感が漂っていた。

 だが、金正恩が訪中し中朝トップ会談を実現し、続いて南北会談、そして米朝会談を行うことになるということで、この国際合作開発への期待はにわかにぶり返している。防川風景景勝区にいたる国道などで道路拡張工事も行われていた。

 朝鮮族が人口の4割以上を占めるこの町では、北京の中国中央政府よりも、共通言語と共通文化背景を持つ北朝鮮のほうに親近感を感じる人も多く、海産物禁輸が実施されて間もないころは、経済への打撃もあって、中央政府の反感が高まっていたと聞く。外交政策への抗議運動も起きたことがあった。それも、中朝関係の緊張が緩めば、多少緩和されるかもしれない。

 さて、来る南北会談、それに続く米朝会談を前に、金正恩は核実験施設の廃棄を発表。これを金正恩が核廃棄に前向きな姿勢を示したとポジティブに受け取る人もいるが、金正恩の口調からすれば、すでに核兵器保有国になったので、実験施設は必要ない、という宣言にも聞こえる。一部では、中朝国境に近い核実験施設を廃棄することで、中国に配慮を示して、米朝会談においては中国に援護射撃を期待したい考えだ、という見方もある。

 ただ、中国は今回の南北会談、米朝会談に関しては、傍観者を決め込むつもりではないか、というのが、ニューヨーク・タイムズ(NYT)が報じた中国国内外のウオッチャーの見方をもとにした分析だ。つまり、習近平政権としては、やはり金正恩もトランプもあまり信用していない、ということだろう。同時に、不確定要素が多すぎて、中国もうかつに動けない、という面もあろう。

 中国の一番の懸念は、南北が朝鮮戦争終結の平和条約に調印し、半島全体が米国に傾斜することだ。なので、平和条約締結に向けて協議が始まっているというのであれば、積極的にこれに干渉していこうとするのではないか、と思われていた。

 だがそうしなかった理由は、おそらく二つ。金正恩は一旦中国にすり寄っているように見えて、本音では中国への敵意をもっているので、下手に介入しようとしても、中国の思い通りには動かないであろう、という予想があったこと。NYTはこう指摘している。

「今回の金正恩の中国訪問は友好の回復というようなものではなく、金正恩が中国を利用して米国と対抗しようという巧妙な動きであり、これはまさに彼の祖父が中国とソ連の間でかつてやってきたことだ」。

 そうなると、習近平政権としては、二度も北朝鮮にいいように利用されるわけにはいかない。

 もう一つは南北の目下の融和ムード、米朝関係の融和ムードは決して中国にとって悪い話ばかりにはならないのではないか、という見方があること。

 ロングアイランド大学の朝鮮問題専門家・夏亜峰がNYTにこうコメントしていた。

 「北朝鮮の指導者があいまいに核兵器廃棄を承諾したとして、その後には長い時間をかけた協議が続くはず。その中で、中国の発言権は大きなものとなる」。

 さらに、米国主導で南北の平和条約が締結したとき、在韓米軍の存在の合法性、意義というものが維持できなくなる。「半島の非核化」実現という意味でも、平和条約締結後に在韓米軍は撤退するかもしれない。米軍が撤退しさえすれば、中国は統一していようがしていまいが南北ともども経済的影響力で併呑していくことも可能だろう。ASEAN諸国やアフリカを支配するのと同じやり方だ。

東アジア勢力図の「洗牌」の始まり

 前にもこのコラム欄で触れたかもしれないが、中国にとって半島問題は、非核化の問題ではなく、あくまで米中の軍事プレゼンス上の駆け引きである。プレイヤーは米国と中国であるべきで、コマは韓国と北朝鮮。だから中国が北朝鮮のコマになって翻弄されることはメンツにかけて許されない。ならば中国としては、傍観の姿勢を貫き、最後の最後で、情勢を見極めてから、動きだす、と考えるかもしれない。ところで、南北会談、米朝会談、習近平の北朝鮮訪問と続く中で、日朝会談は、どのタイミングに行われるのだろうか。日本が最初に考えるべきは、私は中国の出方にあると思う。この一連の会談が東アジアの勢力図の「洗牌」の始まりであり、拉致被害者を救う最後のタイミングになるのではないか。心して取り組んでほしい。

 2017年10月に行われた中国共産党大会。政治局常務委員の7人“チャイナセブン”が発表されたが、新指導部入りが噂された陳敏爾、胡春華の名前はなかった。期待の若手ホープたちはなぜ漏れたのか。また、反腐敗キャンペーンで習近平の右腕として辣腕をふるった王岐山が外れたのはなぜか。ますます独裁の色を強める習近平の、日本と世界にとって危険な野望を明らかにする。
さくら舎 2018年1月18日刊

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