ネットと出合い、売れっ子コピーライターから転身。50歳で「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げ、68歳でほぼ日を上場させた糸井重里さん。AI時代や人生100年時代、働き方改革など、様々なキーワードで表現される今の時代とその先にある近未来は、“変化し続けてきた”糸井さんの目にどのように映っているのか。

(聞き手:米田勝一=日経ビジネス アソシエ編集長/まとめ:高島三幸/写真:小川拓洋)

<span class="fontBold">糸井重里(いとい・しげさと)さん</span><br /> 1948年生まれ。コピーライター。ほぼ日社長。広告、作詞、文筆、ゲームやアプリの制作など、多岐にわたる分野で活躍。「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設し、「ほぼ日の学校」ではオンライン学習も配信。共著に『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(ほぼ日文庫)。
糸井重里(いとい・しげさと)さん
1948年生まれ。コピーライター。ほぼ日社長。広告、作詞、文筆、ゲームやアプリの制作など、多岐にわたる分野で活躍。「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設し、「ほぼ日の学校」ではオンライン学習も配信。共著に『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(ほぼ日文庫)。

AI時代や人生100年時代、働き方改革など、様々なキーワードで表現される今を、どのように見ていらっしゃいますか。

 例えば、競争社会という言葉を耳にする機会が多かった頃は、「ビジネス」や「スキル」が時代を象徴するキーワードだったと思うんです。競争で得られるものは栄誉とお金です。でも今は、その価値が相対的に下がり、「栄誉はおまえにやるよ、俺は楽しい方がいいから」という、自分の中の「生き方」という項目のパーセンテージが大きくなってきた。出世より、もっと休んで趣味を楽しみたいとかね。

 インターネットによる人とのつながりや、シェアリングサービスの拡大もあって、お金をかけなくても案外何でもできるし、同時に自分のために大金を使っている人が素敵でないようにも見えてきた。NPOが人気の就職先になったり、慈善基金団体のためにお金を使うビル・ゲイツをカッコいいと思えたりするわけです。

 「俺が一番いい意見を出してやる!」ではなく、「おまえの意見、いいな!」と言える人がカッコいいのも、今の時代の特徴だと思います。つまり競争よりも、協業や共同というスタイルが新しい価値を生み出し、面白そうだと多くの人が気づき始めた。スキルを丸暗記している人よりも、人のために率先して動き、仕事を仲良く進められる人の方が、これからは求められるんじゃないでしょうか。

社会は今、超高齢社会や人口減少といった様々な問題に直面しています。未来はどうしても、ネガティブなイメージになりがちですが。

 例えば、この間のサッカーのワールドカップが開幕した時、多くの人が「日本チームは弱い」というのを前提に観ていましたよね。でも監督や選手本人たちは、決してネガティブな気持ちで挑んではいなかった。負けるに決まっていると思われている戦いに、「なぜそう決めつけるの?」「そうじゃないぞ! 俺らは」という気持ちで挑める人には、誰もかなわない。

 だから僕も、未来を悲観的には見ていません。「自分がどうしたいか」という意志や動機を持った時に、“生命のうねりみたいなもの”が起こって、予測した前提を覆すことができるんだと思います。

「矢沢は考えたのよ、『矢沢、楽しめ』」って

そうした“うねりみたいなもの”を起こすためには?

 自分や他人の勝ち戦や負け戦といった経験を思い出すといい。僕の中では、永ちゃんですね。4万人のステージに立つ前、永ちゃんは「震えるくらい怖い」と話していました。でも、「矢沢は考えたのよ、『矢沢、楽しめ』」って(笑)。自分がこうしたいと思うプロセスをワクワクしながら楽しめば、不安を乗り越えて、道は開けると思うんですよね。

 サッカーの日本代表チームも「俺たちは負けない、見てろよ!」と、思いっきり楽しんでプレーしていたように見えました。結果ばかり考えすぎないで、自分が楽しく生き生きできていれば、手の打ち方も思い浮かぶのではないでしょうか。そのプロセスを楽しむために必要でない作業こそ、AIに任せればいいんです。

 歴史を振り返れば、社会問題はどの時代もひっきりなしに起きています。戦争はもちろん、中世のヨーロッパではペストやコレラといった疫病が大流行して、多くの人々が死んだ時代もあったし、ジャガイモが輸入された途端に、人口が大幅に増えるという出来事もあった。時代は常に社会問題に直面してきたわけで、今に始まったことではありません。

 じゃあ昔の人は、不透明な未来を予測して、今ほど不安になっていたのかなと。そこまで未来を気にする必要があるのかと、疑問に思うわけです。

最近の風潮を見ていると、変化に対する人々の耐性が落ちているように思うのですが。

 落ちている気がしますね。それはたぶん、生きていくのに精いっぱいだった昔の方が、“空が落ちてくる”といったこの世の終わりみたいな、余計なことを考えなかったからじゃないですか。今、そんな話ばかりしている人は、目の前の仕事が面白くなかったりする場合が多いようにも思います。

耳が痛いです(笑)。

 「5年後、10年後、20年後はどうなっている?」と未来の問題ばかりを考えても、不安で苦しいだけですよ。仮に予測が当たっても、そんなに意味があることでしょうか。その“当たり”に関わらないまま生きていたとしても僕はダメだと思わないし、それほどひどい目に遭うとは思えないんですよね。

 それよりは、「大切な自分の人生をどう生きていくか」に焦点を当てる方が、ずっと大事だと思います。また、世の中から求められるものだったり、自分や多くの人にとって大切な価値だったりする、その時々の“当たり”を見定めていく方が大事だとも思う。平成であろうが飛鳥時代であろうが、時代がどうであれ、核となる大事なことは、そう変わらないのではないでしょうか。

「うちは芸人さんにちょっと近いんですよ」

“当たり”を見定めるうえでのコツはありますか? ほぼ日では上手にキャッチしている印象がありますが。

 うちは芸人さんにちょっと近いんですよ。「喜ばれているかな」「飽きてないかな」「寂しそうにしていないかな」と、芸人さんが客席を見るような気持ちでしょうか。

 そのためには、ベースとなる「感じる」部分が錆びないことが大切です。次に「思う・考える」。それで「何をするか」だと。「感じる」が消耗すると、考えることだけしかしなくなって、それこそ前提などにとらわれてしまい、「誰も要らないよ、そんなの」といった、とんちんかんな商品やサービスを提供しかねない。

 「今、そんなことをしている場合じゃないんだよ」という考えはマイナスに働くと思っていて、古典でもアートでも映画でも何でもいいから、「感じる」時間を持つことも大切ではないでしょうか。

「感じる」部分を鈍化させないためには、何を心がければいいのでしょう。

 ほぼ日では「ほぼ日の学校」というシェイクスピアや歌舞伎、万葉集といった古典を学ぶコンテンツを提供しています。僕が学び始めて思ったのは、偉人の哲学といった知が身につくと、生き方を考えるための武器になり、同時に他者への想像力を深めると思うんですよね。AIやIoTといったテクノロジーの話ばかりに視線を向けがちな今だからこそ、そうした人間の礎となる部分の大切さを忘れてはいけないと思う。時代がどう変わろうが、「人間って本来はこうだろう」みたいな。

糸井さんと「ほぼ日」の足跡
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次の「少年ジャンプ」まで生きようと思う人は、幸せです

糸井さん自身は、50歳でコピーライターから転身してほぼ日を立ち上げ、68歳でジャスダックに上場を果たされました。「変化」し続ける原動力は何でしょうか。

 「少年ジャンプ」の次の発売日までは生きていようと思う人は、たくさんいると思うんです。未来につながるようなワクワクする楽しみがある人は、幸せだと思う。一方で僕は、人に言えるような趣味がなくて、実は、明日も生きていく理由が少ない人なんです。だから、自分を動かすワクワクをいつも探しています。ツイッターなどで人とつながったりして見つけるんです。

 広告の仕事に限界を感じた40代の頃、仕事をやらずに年間140日ほど釣りばかりしていた2年間がありました。ワクワクに満ちたあの時間のおかげで、夢中になる自分を思い出し、心の底から生きていたいと思えるようになった。どうせ生きるならもっと面白いこともやりたいし、釣りばかりしていてもいけないとも思いました。絶対に嫌だと思う仕事を引き受けるのをやめ、厳選するようにしましたね。依頼があれば一晩寝て、僕がその相手から言われたのと同じ言葉で「一緒にやろうぜ」と言えると思えれば、引き受けようと決めたんです。

 その働き方は、50歳の時にインターネットに魅せられ、「ほぼ日刊イトイ新聞」という自前のメディアを始めてからも続いています。

 ワクワクするような夢中になれるものが今見つからなくても、自分で探したり、「一緒にやろうぜ」と思えることが増えれば、そのうちきっと見つかると思うんですよ、僕みたいにね。

糸井さん自身は、2025年には何をやっていると思いますか?

 引退して、社員が少ないアナーキーな会社を起業して、バカ笑いしながら何かやっているはずです。「そんなことしていいんですか!?」「いいんだよー!」って(笑)。

 ほぼ日は上場して規模が大きくなり注目度も上がってきて、楽しいことがたくさんできるようになりました。上場した1つの理由は、ちゃんとした組織にして、多くの人に評価していただきたいという思いがあったから。これからもっとたくさんの面白いことをやろうとしています。

 でもね、多くの社員がいるからできることと、少人数だからできることがそれぞれあるわけで。予算や儲けを気にせずに、自分も周りも心から面白がれることをやるのが、僕が最後にやりたい仕事かなと思っています。

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