中国国家発展改革委員会は2018年4月17日、自動車産業における外資の出資制限を22年までに撤廃すると発表した。これにより、日系を含む外資自動車メーカーにとっては、規制緩和による中国事業の自由度が高まると期待する声がある一方、民族系自動車メーカーの競争力低下を懸念する声も上がっている。大胆な市場開放政策で中国自動車業界に大きな波紋が広がる中、中国政府の戦略を浮き彫りにする。
2022年までに3段階で完全開放
中国政府は1994年に「自動車工業産業政策」を公布。これにより外資企業の中国での自動車生産を合弁形態でのみ可能としたほか、合弁相手を2社まで、出資比率を上限50%、といった制限を設けた。しかしその後、中国は2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟。産業保護的な政策に対し、国際社会から批判が高まってきた。最近では米中通商摩擦が激しさを増している。
こうした中で中国外務省は17年11月の米中首脳会談で、自由貿易試験区に限定して新エネルギー車と特殊車両の外資出資制限を18年6月までに撤廃する、と表明。習近平国家主席は18年4月、市場開放政策の推進や自動車分野の開放を表明した。
自動車出資制限の撤廃は今後、3段階に分けて実施する。第1段階では18年内に新エネルギー車(NEV)と特殊車両の、第2段階は20年に商用車の、第3段階では2022年に乗用車の生産における外資出資比率の、それぞれ合弁相手2社目までの縛りや出資比率の制限を撤廃する。これにより中国自動車産業は4年後の22年、全面的に外資に開放される。
NEVを先行して開放する理由
目立つのは電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)を中心とするNEV市場の早期開放で、この分野における中国政府の自信がうかがえる。実際、17年の中国NEV販売台数は77.7万台と世界全体の約5割を占めるほか、NEVメーカーのトップ10には比亜迪(BYD)や北京汽車など民族系4ブランドがランクインしている。
中国政府はさらにバッテリーやモーターなどNEV基幹部品の国産化をこれまで以上に促しているほか、レアアースの精錬能力、関連特許の出願などの面でも日米欧に遜色ない条件を整えている。地場メーカーを優先するNEV補助金政策や罰則付きのNEV生産義務、部品産業の育成政策もある。
一連の政策は外資系メーカーにとって中国市場参入のハードルとなる。このため、独フォルクスワーゲンやBMW、米フォード、日産自動車などの日米欧の自動車メーカーは中国NEV市場参入の難しさを勘案し、地場メーカーとのEVの合弁生産を既に選択している。
このため、NEV分野は外資規制が解除されても、実は外資企業がNEV市場を寡占するとは考えにくい。そのうえで中国政府が今回の政策転換によって米テスラなど出資比率にこだわる有力EVメーカーの中国進出を後押ししたら、部品・部材の現地生産も進み、やがて民族系メーカーの技術向上にもつながる。
また第2段階で開放する商用車は民族系メーカーが価格競争力を強め、市場シェアの9割弱を占めている。このため外資系メーカーにとって規制緩和の効果は限定的であろう。
日本企業に3つの選択肢
中国新車販売の8割超を占める乗用車の規制緩和は市場開放の最終段階になる。日系自動車メーカーの中国事業はこのとき3つの選択肢がある。
1つ目は、中国で100%出資の子会社を設立して中国で経営の自由度を高める方法だ。ただし、中国ではNEVシフトによってガソリン車メーカーの新設は制限されている。このため、日系自動車メーカーは中国環境省の環境評価、国家発展改革委員会の生産許可、工業情報省の製品販売許可など煩雑な手続きや不透明な面がある許認可をクリアする必要がある。このため、この選択肢は現実的には考えにくい。
2つ目は、合弁企業に対する出資比率を50%以上に引き上げ、連結子会社として合弁先に対する発言力を高める方法だ。主要な合弁企業の契約終了までの期間は日系企業が平均で残り18年、ドイツ系企業が平均残り15年だが、この手法も実際にはハードルが高い。ほとんどのケースで合弁企業の株式を取得する際に巨額な資金を必要とするほか、契約内容の変更に伴う合弁相手や地方・中央政府の認可も必要となるためだ。
3つ目は、合弁企業に強い発言力を持つ外資企業が別にガソリン車生産の合弁企業を設立する方法だ。しかし、厳しい許認可制度に加えて生産以外の参入障壁があり、実際には独高級車ブランドですら難しい。例えば独アウディは16年末に上海汽車と製造・販売の提携を発表。しかし、既存の一汽系ディーラの猛反発を受けたため、アウディは22年に中国販売90万台に達する前提の下で上海汽車と合弁企業を設立することを決めた。
3つの選択肢はそれぞれに困難さが伴う。このため、乗用車の外資規制が撤廃された場合でも参入するのは簡単ではない。
系列 | 主な出資先 | 合弁企業名 | 契約開始 | 契約終了 | 残年数 |
---|---|---|---|---|---|
日系 | 長安汽車 スズキ | 重慶長安スズキ | 1993年 | 2023年 | 5年 |
広州汽車 ホンダ | 広汽ホンダ | 1998年 | 2028年 | 10年 | |
中国一汽 トヨタ | 天津一汽トヨタ | 1998年 | 2028年 | 10年 | |
広州汽車 トヨタ | 広汽トヨタ | 2004年 | 2034年 | 16年 | |
中国一汽 マツダ | 一汽マツダ | 2005年 | 2035年 | 17年 | |
東風汽車 日産 | 東風日産 | 2007年 | 2037年 | 19年 | |
中国一汽 マツダ | 一汽マツダ | 2005年 | 2035年 | 17年 | |
東風汽車 ホンダ | 東風ホンダ | 2003年 | 2043年 | 25年 | |
長安汽車 マツダ | 長安マツダ | 2012年 | 2062年 | 44年 | |
独系 | 華晨汽車 BMW | 華晨BMW | 2003年 | 2028年 | 10年 |
上海汽車 VW | 上汽VW | 1985年 | 2030年 | 12年 | |
北京汽車 Daimler | 北京Benz | 1983年 | 2033年 | 15年 | |
中国一汽 VW | 一汽-VW | 2008年 | 2041年 | 23年 | |
米系 | 上海汽車 GM | 上汽GM | 1997年 | 2027年 | 9年 |
長安汽車 フォード | 長安フォード | 2001年 | 2051年 | 33年 | |
韓国系 | 東風汽車 起亜 悦達 | 東風悦達起亜 | 1992年 | 2022年 | 4年 |
北京汽車 現代 | 北京現代 | 2002年 | 2032年 | 14年 |
「ゾンビ企業」化したカーメーカーの淘汰も図る
外資の段階的な規制撤廃について、中国政府の狙いは国際社会に対して市場開放をアピールするだけではない。市場競争や業界再編を通じて、民族系ブランドの育成を加速させる狙いもある。
中国には「ゾンビ企業」化したカーメーカーが多数ある。淘汰は進んでいるものの、17年末時点で乗用車メーカーは99社。このうち生産台数4万台以下のメーカーが43社あった。これを外資規制の撤廃により淘汰を加速する。
注目したいのは、このところ大手自動車メーカー3社(一汽、東風汽車、長安汽車)が経営トップ入れ替えや戦略提携を加速していることだ。大手の動きを弱小メーカーも絡めた中国政府の主導による業界再編のシグナルととらえる見方も出ている。一方、ブランド力の高い外資企業による新技術・製品の投入が進んだ場合、民族系自動車メーカーは厳しい競争にさらされ、業界再編の波が確実に押し寄せる。吉利汽車、長城汽車など一部の民族系自動車メーカーは既に中高級車分野で外資系ブランドの競合相手となっている。
最後に既存の合弁事業について触れておきたい。中国での合弁事業は中国企業による政府や規制に対する対応と、外資企業による技術・ノウハウといった役割分担は今後も存在するとみられる。このため、合弁相手との良好なパートナーシップが損なわれると様々な影響が出てくる。ガソリン車は既存の合弁が続くとの見方が一般的だが、予想外の変化が起きる可能性がないわけではない。それだけに政策の動向や各自動車メーカーの動きを注視しながら、慎重に中国事業に臨むべきであろう。
みずほ銀行国際営業部主任研究員・博士(経済学)
2008年入行時より国際営業部に所属。自動車・エレクトロニック産業を中心とした中国の産業経済についての調査業務を経て、中国地場自動車メーカーや当局とのネットワークを活用した日系自動車関連企業の中国ビジネス支援を実施しながら営業推進業務に従事。また継続的に中国自動車業界に関する情報のメディア発信も行っている。
直近の自動車関連レポート
- 週刊エコノミスト「中国 EV シフト加速」(2017. 10)
- 日経産業新聞 「中国新エネ車育成加速(上・下)」(2017年10月31日~11月1日)
- 「中国新エネ車産業の規制緩和と日系企業の対応」『Mizuho Global news』 Vol.93、みずほ銀行2017. 10
- 週刊エコノミスト「中国の野望 国策で新エネ車の開発加速」(2017. 9)
- 日経産業新聞 「中国に懸けるVW の焦燥」(上・下)」 (2017年7月19日~20日)
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