アストロズのバーランダー投手に4打数無安打に抑えられたエンゼルスの大谷翔平選手(Sipa USA/amanaimages)
アストロズのバーランダー投手に4打数無安打に抑えられたエンゼルスの大谷翔平選手(Sipa USA/amanaimages)

 清涼ドリンクのような、すっきりとした話を2題お届けしたい。理由は、このところのスポーツ界で残念なニュースが続いているからだ。女子レスリングにおけるパワハラ問題や、連日報道が続いているアメリカンフットボールでの悪質な反則など…。いずれも当コラムで取り上げてきたが、こんな話題ばかりでは、息苦しくてスポーツの清々しさを忘れてしまう。

 スポーツは人を磨き、人生を楽しく過ごすためにある。人の活躍を喜べないような狭量さや誰かをケガさせるためのタックルは、その報いや災いが最終的にはすべて自分に向かってくるのだ。

 ネガティブなことを考えれば、そのネガティブが自分の現実になる。人の失敗を願えば、自分の失敗となって現実が返ってくる。その心理と結果の関係性は、レベルを問わずどんなスポーツでも学ぶことができる私たちの摂理だ。だからこそ、正直で真っ直ぐな人が最後には勝つことになる。

 打ち勝つ対象は相手ではない。自分自身だ。

 まずはやっぱりこの人の話から聞いてもらおう。米大リーグ、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手だ。

 現地5月20日のタンパベイ・レイズ戦では、投手として4勝目をあげて、ホームランもこの日までで6本打っている。打率も3割をキープして二刀流でその存在感を遺憾なく発揮している。彼の凄さは、技術的なことでいくらでも語れるが、ここで触れておきたいのは、時速160キロを超えるフォーシームについてや、130メートルを超える特大のホームランについてではない。三振を喫した後の彼の談話だ。

 16日に対戦したヒューストン・アストロズのジャスティン・バーランダー投手から大谷翔平選手は3三振を喫している。この日の大谷選手は4打数3三振、1セカンドゴロと完ぺきに抑えられた。しかもすべての打席で2球で2ストライクに追い込まれている。バーランダー投手は、2011年にサイヤング賞に輝いた大リーグを代表する右腕だ。その対戦を振り返って大谷選手はこう言っているのだ。

 「ここまで品のある球は、経験したことがない。そこをクリアしていく楽しみ、そこが今後の自分にとって大事。何回も対戦する機会があると思うので、超えていけるように練習したいです」

品のある投球に、品のあるコメント

 なんと品のあるコメントだろう。彼の表現を借りれば、ここまで品のあるコメントは聞いたことがない。

 相手の投球に「品」を感じる感性。また大谷選手をして「品のある球」と言わせるバーランダー選手の投球の凄さ。打者に対して「おどし」や「すかし」のような小細工をすることなく、自分のボールを自在に操り、そのコントロールとボールの切れでアッと言う間に投手に有利なカウントに追い込んでしまう。そして最後は知性を感じる配球で、相手の予想を超えるボールを投げ込んで簡単に三振を奪う。その投球の見事さを大谷選手は「品のある球」と表現してみせたのだ。

 人が使う言葉は、人が持つ感性そのものだろう。日頃から、その感性を意識しているからこそ、言葉が自分の思いとして出てくる。その人の言葉は、その人の「品」そのものだ。

 大谷選手が「品」という表現を使うのは、彼自身がそのことを日頃から意識しているからだろう。投打における彼のプレーが放っている気配も、まさに「品のあるプレー」といえるのではないだろうか。

 大谷選手は、バーランダー投手との対戦を振り返ってこうも言っている。

 「いくら払ってでも経験する価値のあることなのかなと…。それくらい素晴らしい投手だという感じはしました」

 いずれも、心が澄むような清々しいコメントだ。

 大相撲を観ていて思わずファンになってしまったのは、西前頭2枚目、錣山(しころやま)部屋の阿炎(あび)関だ。5月13日に始まった大相撲夏場所6日目に横綱・白鵬と対戦した阿炎関は、立ち合いから迷うことなく横綱にぶつかり、得意の「突っ張り」で白鵬を一気に押し出してしまった。その相撲をテレビで観ていたが、思わずテレビに向かって拍手をしてしまった。懸賞が32本もつく注目の一番。その横綱との大一番を約3秒で勝った会心の金星。

 直後のインタビューでどんなことを語るのか楽しみにしているとこれが最高に愉快だった。

勝利インタビュー、質問遮り母に電話

 NHKのアナウンサーの質問に答えてその喜びを口にするが、何だか心ここにあらずでそわそわしている。そしてインタビューを遮るように彼はこう言ったのだ。

 「昨日は母の誕生日で何もできなかったから、すぐに電話したいんで、もう帰っていいですか?」

 そう言うと彼は、自分でインタビューを締めくくってそのまま支度部屋に帰ってしまったのだ。これには笑った。何だか分からないが、後に残ったのは幸せな気分だった。

 元大関・琴風の尾車親方から聞いたことがある。相撲界に入門してきた若者で「親孝行がしたい」と言っている力士は、苦しくても何とか頑張って一人前になれる…というのだ。お父さん、お母さんを喜ばせたい。活躍して楽をさせてあげたい。そうした思いで相撲を取っている若者は少々の苦難にも負けることなく頑張っていけると言うのだ。つまり、裏を返せば、それだけ相撲の世界は厳しいということでもある。だからこそ、親に対する思いがあれば簡単には諦めない、苦しくてもそれを乗り越える力が出ると尾車親方は言うのだ。

 インタビューもそこそこにお母さんに電話をしてあげたいと支度部屋に駆け込んだ阿炎関。きっとお母さんも喜んだことだろう。

 6日目まで2勝4敗の成績にもかかわらず、記者に囲まれた阿炎関は、大横綱に勝った喜びを「もう勝ち越した気分っす」と語り、「最高です。相撲人生で一番。大金星です」と興奮を抑えきれなかったそうだ。

 相手のすごさを素直に認め、そしてそんな相手に勝った時には、周囲の人とその喜びを分かち合う。相手に敬意を払うからこそ、敗戦も勝利も次につながる学びの場となる。

 スポーツにおける「品」の正体は、対戦相手や周囲に対するリスペクトがあるかどうかということなのだろう。だからこそバーランダー投手だけでなく大谷選手や阿炎関にも、清々しい「品」があるのだ。

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