政府は今年末をめどに「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」を改訂する。前回の改定から5年。この間に北朝鮮は核・ミサイルの開発を大幅に前進させた。トランプ政権が誕生し、米国の安全保障政策は内向きの度合いを強める。

 改訂に当たって我々は何を考えるべきなのか。小谷哲男・明海大学准教授 に聞いた。同氏は、離島防衛の核となる水陸機動団の統合度を高めるとともに、第3の連隊を沖縄本島に置くべきと語る。

(聞き手 森 永輔)

英航空ショーに出展された純国産哨戒機P-1(写真:PIXTA)
英航空ショーに出展された純国産哨戒機P-1(写真:PIXTA)

今回、「防衛計画の大綱」*1と「中期防衛力整備計画」*2を改訂するに当たって、小谷さんが重視するのはどんな点ですか。

*1:防衛力のあり方と保有すべき防衛力の水準を規定(おおむね10年程度の期間を念頭)(防衛白書 平成29年版)
*2:5年間の経の総額と主要装備の整備数量を明示

小谷:大きく3つのことを重視しています。第1は「統合機動防衛力」を実のあるものにすること。第2は、ミサイル防衛システムを引き続き強化すること。そして第3は、離島奪還部隊である水陸機動団の能力をフルに生かす体制を築くことです。

<span class="fontBold">小谷 哲男(こたに・てつお)</span><br /> 明海大学准教授、日本国際問題研究所主任研究員。2008年、同志社大学大学院法学研究科博士課程を単位取得退学。その間、米ヴァンダービルト大学日米センターでアジアの安全保障問題、とくに日米関係と海洋安全保障に関して在外研究に従事する。その後、海洋政策研究財団、岡崎研究所、日本国際問題研究所で研究員を歴任。現在は、日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋地域の国際関係と海洋安全保障を中心に研究・発信を行うとともに、「海の国際政治学」を学問として確立すべく奮闘中。(写真:加藤 康)<br /> ◇主な著書:『現代日本の地政学(共著)』(中公新書) 2017、 『アメリカ太平洋軍の研究(共著)』(千倉書房) 2018
小谷 哲男(こたに・てつお)
明海大学准教授、日本国際問題研究所主任研究員。2008年、同志社大学大学院法学研究科博士課程を単位取得退学。その間、米ヴァンダービルト大学日米センターでアジアの安全保障問題、とくに日米関係と海洋安全保障に関して在外研究に従事する。その後、海洋政策研究財団、岡崎研究所、日本国際問題研究所で研究員を歴任。現在は、日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋地域の国際関係と海洋安全保障を中心に研究・発信を行うとともに、「海の国際政治学」を学問として確立すべく奮闘中。(写真:加藤 康)
◇主な著書:『現代日本の地政学(共著)』(中公新書) 2017、 『アメリカ太平洋軍の研究(共著)』(千倉書房) 2018

第1の点からうかがいます。「機動」力を高めるのは、当時の民主党政権がまとめた22大綱(「22」は平成の年。2010年に閣議決定)の時から重視している概念ですね。尖閣諸島をはじめとする南西諸島に、必要な部隊を迅速に運ぶ必要が高まったのを受けて、「動的防衛力」という概念を提示しました。

小谷:そうですね。22大綱の次にまとめた現行の25大綱(2013年に閣議決定)はその路線を進め「統合機動防衛力」を打ち出しました。この考え方そのものは正しい方向だと思います。

 ただ中国がその軍事力を高める中、今の進め方で10年後、15年後も通用するかどうかは不透明です。具体的には、「統合」*3の度合いについて十分とは言いかねる部分があります。中国も統合の度合いを高めていますから。

*3:陸、海、空軍が協調連携して作戦を進めること

 また自民党が「多次元横断(クロスドメイン)防衛構想」という概念を提案しています。これには半周遅れとの印象を受けます。

統合について、どのような問題があるのですか。

小谷:例えば陸上自衛隊が2018年3月、佐世保の駐屯地を中心に離島防衛を主目的とする水陸機動団を設置しました。この部隊が海上自衛隊や航空自衛隊の支援をどこまで得られるのかは定かでありません。離島が外国に取られ、水陸機動団を現地に運ぼうとしたときに海上自衛隊の輸送艦がすぐに使えるのか。水陸機動団は専用の輸送艦を持っていません。離島奪還のため上陸したとして、航空自衛隊による近接航空支援が得られるのか。

南西諸島防衛のための統合任務部隊を!

 こうした懸念を払しょくするために、統合司令官を設置する案が議論の俎上に上っています。現在は陸、海、空の自衛隊を束ねて統合的に運用する専門の統合司令官がいません。

 現行の仕組みでは、統合幕僚長(以下、統幕長)が陸・海・空の自衛隊を束ねた全体の司令官の役割を果たしています。この統幕長は首相および防衛大臣に対して軍事の専門家として意見を具申する“参謀”の役割も果たさなければなりません。米軍との関係でいうと、前者の役割のカウンターパートは米統合参謀本部議長、後者のカウンターパートはインド・太平洋軍の司令官です。

 なので、司令官の役割と参謀の役割を切り離し、新たに統合司令官を配置する。

 東日本大震災の時には、二つの役割が重なり負担が重くなりすぎたとの指摘がありました。こうした課題も解決できます。

確かに、この二つの役割を同時に果たす負担は重いですね。合理的な案に聞こえます。

小谷:しかし、問題もあります。防衛省・自衛隊の中で、制服組と背広組のバランスが崩れかねないのです。日本の防衛省・自衛隊では背広組である官僚が運用企画局長として作戦運用にも関与してきました。しかし、2015年に統合運用機能強化の一環で運用企画局が廃止され、代わりに統合幕僚幹部に総括官(統幕副長級)を置きましたが、その結果統幕長の権限が強化されました。なので、統合司令官を新設して制服組を任命すると、さらに制服組の権限が強化され、防衛省内で背広組の不満が高まる可能性があるのです。

そういう経緯があったのですね。ほかに、統合を高める妙案はないものでしょうか。

小谷:現場に、統合任務部隊(JTF:ジョイント・タスク・フォース)を常設する方法が考えられます。東日本大震災の時に、陸海空の3つの自衛隊を統合的に運用するため、JTF東北を臨時で設置したことがあります。同様の組織を南西諸島防衛のために常設する。

その場合、誰が統合任務部隊の司令官を務めることになりますか。JTF東北では、陸上自衛隊の君塚栄治・東北方面総監(当時)が指揮官となり、同氏の下に海上自衛隊の横須賀地方総監と航空自衛隊の航空総隊指令官が加わりました。

小谷:海が主な舞台になるので、海上自衛隊で九州方面を担当する佐世保総監が適切でしょう。ここに、陸上自衛隊から西部方面総監、航空自衛隊から南西航空方面隊の司令官が加わる。

確かに、この案なら、防衛省・自衛隊の中で摩擦を起こすことなく、統合の度合いを高めることができそうですね。

クロスドメインからマルチドメインへ

先ほど、自民党の案は半周遅れとうかがいました。これはどういう意味ですか。

小谷:「クロスドメイン」という考えは、中国のA2AD*4戦略に対抗すべく米軍が採用したエアシーバトル構想の根底にある考えです。A2ADは空母を中心とする米軍が中国の東シナ海沿岸に近づけないよう、第1・第2列島線の中に入れさせない方策。具体的には弾道ミサイルの飽和攻撃、潜水艦や爆撃機による対空母攻撃などで構成されます。

*4:Anti Access, Area Denial(接近阻止・領域拒否)の略。第1列島線は東シナ海から台湾を経て南シナ海にかかるライン。第2列島線は、伊豆諸島からグアムを経てパプアニューギニアに至るラインを指す

 A2ADに対抗すべく米軍は空軍(エア)と海軍(シー)が協調して(クロスドメイン)*5作戦によって、A2ADを打ち破るエアシーバトル構想を考えました。米軍はその後、エアシーバトル構想を通じた「クロスドメインシナジー」を重視するようになります。空軍と海軍だけでなく、陸、海、空、サイバー空間、宇宙といった各ドメインの作戦を相互に連携させて相乗効果を生み、最大の成果を得るという考え方です。効果を足し算ではなく、かけ算で考えるということです。

*5:空、海という戦域を「ドメイン」と呼ぶ

 しかし、今、米軍は「マルチドメインバトル構想」という新たなコンセプトへのシフトを進めています。マルチドメインバトルは、陸、海、空……のすべてのドメインにおいて一斉に作戦を展開するものです。敵はすべてのドメインで米軍に対応しなければならなくなります。米国はこの6月に実施した環太平洋合同演習(リムパック)でこのマルチドメインバトルをテストしていました。

 加えて、マルチドメインバトルでは、各ドメインで活動する部隊が一定程度の自律性をもって動きます。中国による弾道ミサイルの飽和攻撃を避けるため、米軍は部隊をある程度、分散させる必要あります。分散する部隊が連携するためには通信ネットワークを通じた指揮統制が必要になりますが、中国がこれの妨害・分断を図ることは間違いありません。よって、分散する部隊が、通信が切れても自律性をもって動けるようにすることが必要なのです。

 さらに、紛争が始まる前から、武力攻撃事態が始まった後までを視野に入れている点もマルチドメインバトルの特徴です。

 自衛隊と米軍との協力を想定するなら、マルチドメインバトル構想に合わせるほうがタイムリーですし、インターオペラビリティー(相互運用性)が高まります。

 またクロスドメインを目指すには、陸・海・空の3自衛隊が協調して一つのオペレーションを行えるよう統合されている必要があります。しかし、先ほどお話ししたように自衛隊の統合度合いはまだまだ弱い。各ドメインで活動するそれぞれの部隊が自律性をもって動くマルチドメインバトル構想の考えを取り入れるほうが今の自衛隊に適していると思います。

 さらにもう一つ、クロスドメイン構想に基づいて行動する米軍は、遠征軍に固有のパワープロジェクションを前提としています。米軍は緒戦において攻撃を避けるべく、いったん前線から後退し、その後A2ADを突破すべく作戦を展開する。これは、日本列島から退くことのできない自衛隊には適しません。

 自民党がいう「クロスドメイン」の詳細は分かりませんが、字句から見るに、エアシーバトル構想をイメージしているように受け取れます。米軍が進めるマルチドメインバトル構想と表現が異なるだけならよいのですが、構想自体が異なるのは好ましいことではありません。

輸送力を高めろ

これまで「統合」について伺いました。「機動」について、装備は十分でしょうか。

小谷:輸送力が全然足りません。船も航空機もです。佐世保の水陸機動団が専用の輸送艦を持っていないことは先ほどお話ししました。

海上自衛隊は「おおすみ」型の輸送艦を3隻保有しています。東日本大震災の時は、海外任務や修理のため、どれも利用することができませんでした。

小谷:そうした事態が起きないよう、ヘリ搭載型護衛艦「いずも」を改修して船体の側面に大きなハッチを付け、大型車両を積み込めるようにしました。しかし、いずもには対潜水艦戦というより重要な任務があります。民間のフェリーを借り上げて輸送艦として使うという話もありますが、有事の際に本当に動けるのか不明です。「多用途運用母艦」の導入についても検討がなされているようですが、機動力の強化という観点では考えられていないようです。

オスプレイ*6は役に立ちますか。

*6:米国製の輸送機。陸上自衛隊が水陸機動団の移動手段として使用する

小谷:用途によります。輸送力という意味ではヘリの方が適しています。オスプレイはヒトとモノは運べますが、大型車両や火砲を運ぶことができません。

CH-47J(チヌーク)などの輸送ヘリが必要になるわけですね。

小谷:そうです。ただし、これらのヘリの数をただ増やせばよいわけではありません。格納する場所の手当も必要です。また、ヘリを増やす分、オスプレイをどこまで減らせるのかを考える必要が出てくる。

 限られた輸送力をいかに効率的に使うかが大事になってきます。

MDはセンサーとシューターをクロス接続

二つ目に挙げていただいたミサイル防衛(MD:Missile Defense)システムについてうかがいます。これは今後どうあるべきでしょう。

小谷:政府は2017年12月、イージスアショアの導入を決めました。北朝鮮への核・ミサイルへの対応はこれに任せ、現在、哨戒に当たっているイージス艦を南西諸島防衛に振り向けるようにする。

 加えてIAMD*7の整備を進める必要があります。例えば、イージスアショアのレーダーが探知した目標をイージス艦が搭載するミサイル(編集注:各種対空ミサイルを「シューター」と呼ぶ)で迎撃する、といったことが可能になります。

*7:Integrated Air and Missile Defenseの略。弾道ミサイルや巡航ミサイル、航空機の脅威に対して、各種レーダー網と各種の対空ミサイル網をクロスでネットワーク化することで、一元的に対処する仕組み

 レーダーや対空ミサイルといったハードはそろいつつあります。次に、これらをネットワーク化するためCEC(共同交戦能力)というソフトを導入する必要があります。現在建造中の新しいイージス艦には搭載される予定です。今年末から本格運用に入る新しい早期警戒機E2Dにも搭載するよう決定して、中期防に書き込んでほしいと思います。

イージスアショアの代わりに地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)を導入すべきだったという議論があります。また、米朝首脳会談で両国首脳が完全な非核化で合意するや否や、「高価なイージスアショアは不要」という議論が起きました。

小谷:イージスアショアとTHAADはそれぞれ特性があり、どちらが優れているという話ではありません。イージスアショアはミッドコース*8を飛行中のICBM(大陸間弾道ミサイル)を迎撃するものです。一方、THAADは落下するターミナルフェーズ*9における高度の高いところでミサイル撃ち落とすことを想定しています。

*8:ロケットエンジンの燃焼が終了した後、宇宙空間を慣性飛行している状態。この後、大気圏へ再突入する
*9:大気圏に再突入してから、着弾するまで

 イージスアショアの方が用途が広い。SM6というミサイルと使用すれば巡航ミサイルや航空機も迎撃対象にできます。一方、THAADは在日米軍が導入すれば、日米で役割分担をして多層化を図ることができます。

CECを導入すると米軍のレーダーや衛星、イージス艦とも情報をやりとりできるのですか。

小谷:技術面では問題なく可能です。ただし導入当初は自衛隊の中でのみ使用することになると思います。

韓国が運用するイージス艦とはつながりますか。

小谷:韓国はミサイル防衛システムを日米のそれとつなげないことを前提としており、CECを導入する予定も今のところはないです。

水陸機動団の第3の連隊は沖縄に

第3に挙げていただいた、水陸機動団の運用についてうかがいます。

小谷:先ほどお話しした、海上自衛隊や航空自衛隊からの支援を適切に受けられるようにすることが一番大きな課題です。

 加えて、3つめの連隊を作ることが中期防に書き込まれると思います。これをどこに置くかが重要です。現行の2つの連隊は長崎県佐世保市の相浦駐屯地を中心にいます。しかし、九州から南西諸島は遠い。3つめの連隊は沖縄本島に置く、と中期防に書いてほしいところです。加えて、キャンプ・シュワブに、米海兵隊と同居すれば抑止力が高まります。もちろん政治的なハードルは高いのですが。

 さらに付け加えるなら、自民党が提案している「多用途運用母艦」を導入するのであれば、これを事実上の強襲揚陸艦として主に水陸機動団の輸送のためと位置づける。F-35Bのプラットフォームとしても使えば、米海兵隊にかなり近い能力を発揮できるのではないかと思います。個人的にはF-35Bの運用を陸自が行うくらい大胆な発想も必要ではないかと思っています。

宇宙の専門家も登用すべき

宇宙、サイバー空間など新たな領域への対処が必要になっています。この点をどう見ていますか。

小谷:やはり、人と予算をもっと投入すべきでしょう。自衛隊でサイバー防衛に当たる要員は200人程度。これでは足りません。キャッチアップする必要があります。

 宇宙については、状況監視や宇宙ゴミの監視、宇宙からの海洋監視が進められています。これに加えて、ミサイル防衛システムで利用するセンサーの運用などでも宇宙を活用する必要があります。

 また中国やロシアが人工衛星を破壊する技術の開発を進めています。主たる目標は米軍の衛星でしょうが、日本の衛星も対象とならないとはいえません。これを守る仕組みを考えていく必要があるでしょう。

「衛星を守る」というのは、具体的にはどういう措置を取るのでしょう。

小谷:まずは監視です。衛星が攻撃されたとき、誰に責任を問うのかの情報が必要です。

 また衛星そのものが破壊されなくても、妨害電波などによって通信が妨害される可能性があります。これに対処する必要もありますね。

 防衛大綱の改訂を議論すべく政府が8月、有識者懇談会を開きました。ここに宇宙の専門家が入らなかったのは残念なことだったと思います。

哨戒機P-1の在庫が東南アジアにあれば

現行の大綱が会議決定された後、防備装備庁が2015年10月に設置されました。防衛装備についての考えを聞かせてください。

小谷:FMS(対外有償軍事援助)*10が問題視されています。これの運用を改善すると盛り込むのがよいと思います。価格やリードタイムなどについて、米国に言うべきことは言えるようにする。

*10:Foreign Military Salesの略。米国が採用する武器輸出管理制度の1つで、武器輸出管理法に基づく。購入する国の政府と米国政府が直接契約を結ぶ。米国が主導権を取るのが特徴。価格や納期は米政府が決める、米国の都合で納期が遅れることも多い。最新の装備品などは、FMSによる取引しか認めない場合がほとんど

その関連で、F-X(次期戦闘機)の開発はどうするべきと考えますか。現行の支援戦闘機「F-2」の後継として、2030年をめどに導入する予定。日本による独自開発、外国との共同開発、外国からの輸入の3つの選択肢が想定されています。

小谷:共同開発になるのでしょう。日本の技術をなるべく多く取り入れるようにしたいですね。中期防には「日本の航空産業の将来を見据えた共同開発を促進」くらいは書いてもよいと思います。

もう一つ関連の質問です。条件がそろえば、日本が開発した防衛装備を海外移転できるようになりました。これは推進すべきでしょうか。

小谷:できるなら、やるべきと思います。日本の防衛産業の基盤維持に貢献するだけでなく、自衛隊が国際貢献する際にも役立ちます。

 例えば純日本製の哨戒機P-1を東南アジアのA国に輸出できたとしましょう。その国は部品の一部を在庫として保有します。すると、海上自衛隊が何かの任務でP-1を東南アジアに派遣し、故障が発生した時、日本に戻らなくてもA国で修理することができる。米軍が運用する哨戒機P-8は米ボーイングの737がベースになっているため、ボーイングのサプライチェーンを利用できます。この差を補える。

在韓米軍の撤収を視野に入れる

6月12日に開かれた米朝首脳会談でドナルド・トランプ大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長が完全な非核化で合意しました。けれども、北朝鮮は非核化を進めていません。2017年4月と同様に、米軍が北朝鮮を武力攻撃する話が再燃しないとも限らない状況です。

小谷:対北朝鮮では、先ほどお話ししたようにミサイル防衛システムの機能を高めていくことでしょう。

 昨年、危機感が高まった際に、自衛隊の中でだいぶ頭の体操ができました。米軍の戦略爆撃機B-52を航空自衛隊の戦闘機F-15がサポートする共同訓練なども実施されています。朝鮮半島に暮らす邦人をいかに保護するかの問題が残っていますが、論点は整理されています。

 実は私は、北朝鮮が非核化を進めなくても、昨年のような緊張状態に戻ることはないと考えています。北朝鮮の狙いは半島をめぐる緊張を緩和し、米軍のプレゼンスを低下させ、米軍が持つ核の傘が韓国に及ばないようにすること。これが彼らの言う「朝鮮半島の非核化」です。よって、核実験やミサイル実験を再び実施することはないでしょう。そんなことしなくても、事実上の核保有国として国際社会に対峙できます。実験をしなければ、米国が武力行使に踏み切る口実がありません。

 つまり北朝鮮は緊張を高めることのないまま核保有国として存在し続ける。このことが北東アジアの軍事バランスを変えかねず、日本に影響を及ぼす可能性があります。例えば、中国は、難民の流入を恐れて人民解放軍を中朝国境に配備して有事に備えています。中朝国境の緊張が緩めば、中国は台湾や尖閣諸島により圧力をかけてくるかもしれません。

 「在韓米軍はなぜ必要なのか」との議論が高まることも考えられます。そうなれば日本は、自衛隊はどうあるべきか、在日米軍といかに連携するかを考える必要が生じます。防衛大綱に「朝鮮半島における米軍のプレゼンスの変化に対処できるようにしておく」と書き入れておくべきかもしれません。数年内に起きてもおかしくないことですから。

在韓米軍は、日本の防衛にとってどのような役割を果たしているのでしょうか。兵力は2.3万人とさほど大きな部隊ではありません*11

*11:北朝鮮軍の兵力は約119万人。韓国軍は63万人

小谷:在韓米軍の大半は陸軍です。これは東アジアおよび西太平洋における米軍の唯一の陸上戦力です。先ほど述べたマルチドメインバトル構想は米陸軍が主導してきた構想です。在韓米陸軍は、北朝鮮はもちろん中国に対するけん制にもなっており、日本の防衛にも間接的に貢献しています。在日米軍に作戦を展開可能な陸軍はゼロです。

 戦闘機の数は多くはありませんが*12、即応力は高い。日本にある米空軍基地からではやはり1~2時間かかってしまいます。加えて、日本と韓国に米空軍が分散していることが大きい。北朝鮮から見れば、在韓米軍と在日米軍の両方に戦力を割かなければなりません。

*12:F-16が60機程度

 また、在韓米軍は今後、東アジアをローテーションすることになっています。在韓米軍の基地を6月、ソウルからその南方の平沢市に移動したのはこれを示唆する措置です。朝鮮半島に張り付いているわけでない、ということですね。この部隊が在日米軍や自衛隊と連携するようになることもあるでしょう。

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