介護問題は誰もが他人事ではない(写真:KatarzynaBialasiewicz/Getty Images)
介護問題は誰もが他人事ではない(写真:KatarzynaBialasiewicz/Getty Images)

 「絶対に辞めちゃダメです。なんとかなるは通用しない。介護離職は終わりの始まりなんです」──。

 こう話すのは数カ月前、お父さんを見送った52歳の男性である。
 彼は数年前、私のインタビューに協力してくれた方で、当時は某電機メーカーの営業マンだった。それをきっかけにfacebookでつながり、一昨年、お父様の介護で仕事を辞めたことを知る。

 時折、お父さんの様子をFBにアップしたり、社会問題や政治への意見なども書いていたりしていたのだ。が、その投稿が最近途切れ「どうしてるのかなぁ」と気になっていたところで、彼からメールが届いた。

 そこには、“雨に降られた人”にしか決して綴ることのできない重い言葉と、絡まりまくった感情が切ないほど繰り返されていて、読んでいて苦しかった。

 そう。そうなのだ。

 私にとって親の介護問題は他人事ではない。ちょっとずつ、そして確実に老いていく母の存在が、日に日に自分の中で大きくなっている。

 FBのタイムラインに「親の介護」をアップする人を見かけるたびに「応援メール」を送ってしまったり(面識のない方達なのに……私、何やってるんだろう? 苦笑)、とにもかくにも経験者の生きた言葉を欲している自分がいるのである。

 というわけで今回は至極ストレートに「介護離職」について、考えてみようと思う。まずは男性から送られてきたメールの一部を紹介する。

 「それは突然の出来事でした。父親が脳梗塞を起こし、要介護になってしまったんです。癌を患っていた母親は3年前に他界。父は77歳ですが、一人で床屋を続けていました。はい、実家は床屋です。

 何しろ昔の職人気質で頑固なオヤジですから、身体が動けなくなっても強気一辺倒でした。一人じゃトイレにも行けないし、買い物にも行けない。なのに『老人ホームには入りたくない、入るくらいだったら死んだ方がましだ』って言い張って、僕の言うことなど一切聞きませんでした。

 僕は一人っ子で、結婚もせず、孫の顔を親に見せてあげることもできなかった。なのに母の介護は、父親に任せきりで……。あの頃はまだ、介護とか親が『老いる』ってことのリアリティを持ててなかったんだと思います。だから、母はもっと長生きすると勝手に信じていたんです。

 母親は結局、心筋梗塞で死んだ。闘病中の癌ではなく、朝起きたら亡くなっていました。青天の霹靂です。でも、それ以上に父親はショックだったみたいで、いっきに老いてしまったんです。僕は……半端ない後悔と自責の念にかられました。それで父親のときは絶対に自分が後悔しないようにしなきゃと、仕事を辞めたんです。ちょうど今から2年半前です。

 辞めるときにためらいはありませんでした。でも、今思えば、僕は介護のことも再就職のことも、甘く考え過ぎていたんだと思います。

 父は僕が実家に戻ったことで安心したようでしたが、僕は精神的に最悪の状態になってしまったんです。

 毎日、当たり前のように会社に行き、当たり前のように仕事をしていた男やもめにとって、小さな家で父親と四六時中向き合うのは地獄でした。

 仕事をしていない罪悪感もしんどかった。そんなものを感じるなんて思ってなかったので、とにかく苦しかったです。それで週に何日かでも働こうと思い、地元で就職活動をしました。

 ところが50近い未婚男性を雇ってくれるところはなかった。都内で勤めていた経験も足かせになった。たぶん『扱いづらい』と思われたんだと思います。

 そして、今。父が他界し、東京に戻って就職活動をしているんですが『前職を親の介護で辞めた』ことが、今度は邪魔しているみたいです。はっきりと理由はわかりません。でも、3年間社会から遠ざかっていた50代を、今さら雇おうとする会社がないんです。

 正社員はもとより、非正規もない。ひと月契約とか、長くても3カ月とか、そんなのばかりです。今さらながら前職を辞めたことを後悔しています。絶対に辞めちゃダメだったんだと。『なんとかなる』は通用しない。介護離職は“終わりの始まり”です。

 今はわずかながらの貯金で暮らしていますが、全く先が見えません。ただ、親の介護のことも、仕事を辞めることも自分の選択だったので、どうにかしなきゃと気は焦るばかりです」

……以上です。

 介護離職は終わりの始まり──。
 なんて重くて、悲しい言葉なんだろう。

介護は突然やってくる

 親の変化は突然にくる。そう、その通りだ。私自身、身をもって経験しているので、彼の状況が痛いほどわかる。そして、一つの変化が次々と予期せぬ変化につながり、右往左往するばかりで。とにかく自分が後悔したくなくて、少々ムリをしてでもそのとき考えうる最善策を実行する。

 時間が経てば「あのとき○○できたかもしれない」と思えるけど、切羽詰まっていると頭が動かない。年老いていく親の不安な顔、「ごめんね」と謝る顔、一緒にいるときのホッとした笑顔……。そのすべてが悲しくもあり、愛おしくもあり、ただただ親の人生の最後に向き合いたくて無茶をする。

 そんな親を思う気持ちが“終わりの始まり”だなんてツラすぎる。でも、それは彼の心の悲鳴であり、自分が決め行動した後始末に疲れ果て、私にメールをくれたのだ。

 だが、なぜ「親の介護で辞めた」ことが就職の妨げになるのか? 
 人事経験者数人にコンタクトを取ったところ、以下のような意見が返ってきた。

 「介護離職が問題というより、3年のブランクが大きいのだと思う」

 「元営業マンで50代。3年間のブランクある社員を使いこなす自信がないのでは?」
「介護が理由でホントに離職したのかを疑っている可能性はある」
「非正規の正社員転換は40歳まで。それ以上は、コストになるから短い契約期間にならざるをえない」
「50代というのがネック。65歳以上は『高齢者枠』で採用できるけど……」
……。

 ふむ。冷静に考えばその通りかもしれない。
 つまり、男性が感じていたとおり、介護離職が悪いわけではなく、3年間のブランクと50代という年齢が問題なのだ。

介護離職のリスクは想像以上に大きい

 介護離職のリスクは想像以上に大きい。
 「働く」ことで得られる生活の安定以外にも、自律性、能力発揮の機会、自由裁量、他人との接触、他者を敬う気持ち、身体及び精神的活動、1日の時間配分などは、人間の心を元気にし、生きる力を与えるリソースである。

 が、「働く」ことの渦中にいると、「仕事=つらい 仕事=お金」という方程式しか思い描けず、仕事がもたらすリソースを認識できない。それが世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの要因)の回避や処理に役立ち、体や心、さらには社会的に良好な状態を高め、働くことで自己の存在意義が得られていることを忘れてしまうのだ。

 先の男性とは、メールをもらった数日後に実際に会った。

 私の想像以上に彼はやつれていて。別れ際に「河合さんに話を聞いてもらって、勤めていた頃の知人に連絡をとる勇気が出た」と言ってくれたのがせめてもの救いだった。

 これが介護。そう。親を介護するという現実なのだ。

 あと7年後の2025年。団塊の世代が75歳を超え、日本人の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、世界中のどこの国も経験したことのない超超高齢化社会に直面する。

 いわゆる「2025問題」である。

 それを待たずして、あと数年で首都圏の介護施設が不足する「介護クライシス」という状況に直面するとの指摘もある。

 思い起こせば半年前の1月31日。札幌市の生活困窮者らの自立支援住宅で起きた火災で、11人が死亡するという痛ましい事故があった。その大半は生活保護の受給者で、身寄りのない高齢者らが暮らす「最後のとりで」だった。

 身寄りのない、あるいは家族と暮らせない高齢者は危険と隣り合わせの住処を強いられ、高齢の親を抱える働き盛りは介護離職を余儀なくされる。

 そんなに介護離職する人は多いのか? こう思われる人もいるかもしれない。

 大企業の中には積極的に「介護離職ゼロ」に取り組む企業もあり、そこで働く正社員はその恩恵を受けることができる。だが、それはごく一部。そう、ホントにごく一部の恵まれた人々だけだ。法律上は非正規雇用でも介護休暇を取れる。が、実態はムリ。正社員だってままならないのに、非正規に取れるわけがない。

 介護離職者は年間10万人超とされるが、これはあくまでも離職理由に「介護など」と明確にした場合のみだ。あくまでも私の感覚でしかないのだが、実態はその倍以上はいるように思う。

 特に未婚や一人っ子の男性、非正規の男性ほど仕事との両立が叶わず、親を大切にしたい気持ちもあり、介護に専念する道を選ぶのである。

ミッシングワーカー

 実は冒頭の男性とは別に、もう一人さまざまな理由から正社員で勤務していた会社を辞め、妻といっしょに母親を養うために介護士になった知人がいる。

 彼は「お給料は減ったけど、妻と母親との時間を一日一日楽しもう」と考えていた矢先、お母さんが癌と診断され、介護生活に入った。

 彼は今の心境をこう話した。

 「自分は介護士として働き、家でも介護。24時間365日介護生活です。妻も働いていますが、なんとか分担して母親の面倒をみている状況です。自分は59歳ですが、辞めたら人手不足の介護の現場でも雇ってくれないと思うので、今の生活を続けるしかない。でもね、絶望的な気持ちに襲われるんです。苦しむ母親を助けてあげられないから」

 親の介護をする子にとって、親の笑顔は最高の報酬である。が、それがない。少しでも笑ってくれれば救われるのに……。閉じゆく人生と向き合うのはとてつもなくしんどい作業なのだ。

 ミッシングワーカー──。

 これは今月初めにNHKのテレビ番組で放映され話題になった言葉で、ご存知の方も多いかもしれない。

 ミッシングワーカーとは、働かなくてはと思いながらも求職活動をあきらめ、失業者にカウントされない人たちのこと。日本でのミッシングワーカーは103万人と推定され、失業者72万人より多い(NHKによる)。

 番組ではその多くが「40代、50代の親の介護のために離職した人々」とし、実際にミッシングワーカーになってしまった人たちを追いかけ、男性たちのリアルを描いていた。

 男性たちはみな独身で、親の年金で暮らす人たちもいた。年金が10万円しかないので施設に入ることもできない。親から目を離すことができない。就職活動もできない。そして、終わりの見えない介護生活の中に閉じ込められ、親を介護することだけが「自分の存在の証」となっていた。

何から手をつければいいのかもわからない

 やがて、介護していた親が他界し、「働かなきゃ」と思うも気力がわかない。自分のことなのに。何をどうしていいか、何から手をつければいいのかもわからない。「考える」力も失せ、やせ細り、生きる力が萎えるが死ぬ勇気もない。「美味しくすると美味しいものを食べたくなってしまうから」と味付けを一切しない料理を食べる男性もいた。

 男性たちが語る言葉は、とてつもなく重く、ゆるぎない強さがあった。

 そして、それが決して他人事ではないと痛感させられたのが、 画面に映し出された若い頃の写真だ。彼らはみな普通に大学や高校を卒業し、企業に正社員として就職し、将来を夢見て元気に働いていた。

 みな、どこにでもいる、普通のビジネスマンだ。

 前回「孤独という病」について書いたが、彼らはみな孤独だった。孤独という病に、心身を蝕まれていたのである。

 番組では、そんな彼らに救いの手を向ける自治体の取り組みが紹介されていたのだが、そこにも人生の不条理が潜んでいた。

 働く意欲を取り戻し、介護士の資格を取り、「何十年ぶりのスーツだろう」とはにかんだ顔で介護施設に出社した男性が、仕事中に息苦しくなり緊急搬送。
なんと……心筋梗塞を発症してしまったのだ。

 なぜ、こんなにも生きることが難しいのか。介護問題は誰もが他人事ではないのに、そのしんどさは実際に雨に濡れた人にしかわからないのが最大の問題である。

 今回紹介した男性が2人は、奇しくも同じこと訴えた。

 「とにかく国は…、超高齢化社会だってことわかっているのか?」と。

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