広島カープの本拠地マツダスタジアムでファンは日本一の美酒を味わえる?(写真:PIXTA)
広島カープの本拠地マツダスタジアムでファンは日本一の美酒を味わえる?(写真:PIXTA)

 プロ野球の日本シリーズがいよいよ始まる。セ・リーグの覇者・広島東洋カープとパ・リーグ2位から勝ち上がってきた福岡ソフトバンクホークスが激突する。

 どちらが勝つかは、「神のみぞ知る!」だが、今回の原稿の主旨からすると「広島が勝つ」と言わない訳にはいかないだろう。そこで勇気を出して、「広島が日本一になる」と言い切ってしまおう。

 セ・パ両リーグのクライマックスシリーズ(CS)を観ていて印象に残るシーンはいくつもあった。今シーズン限りでの退任が決まっていた読売巨人軍・高橋由伸監督が吹っ切れたように思い切った選手起用に打って出たのも印象に残ったし、パ・リーグのチャンピオンになりながらソフトバンクに苦汁を飲まされた埼玉西武ライオンズ・辻発彦監督が悔しさのあまり泣いてしまったのも印象的だった。

 東京ヤクルトスワローズを相手にノーヒットノーランを演じた巨人・菅野智之投手の快投も見応えがあったし、西武の栗山巧や山川穂高のチャンスに強いバッティングも見事だった。

 しかし、ここで私が取り上げるのは、投手力や守備力、打撃や走塁といった技術的な観点からの話ではなく、人間関係から見えるチーム力、あるいは「ケミストリー(化学反応)」が生み出す結束力のある組織についてだ。

 それを考えるきっかけになったのは、広島対巨人のCSファイナルステージ2戦目のことだ。1勝のアドバンテージに加えて初戦の勝利で広島が2勝0敗として迎えたこのゲーム。8回まで1対0でリードしていた巨人だったが、その裏の攻撃で広島が見事な逆転劇をやってのける。

 2アウトランナー2塁で代打・新井貴浩が体勢を崩されながらもしぶとくレフト線に運び同点に。続く1番田中広輔が四球を選び、2番菊池涼介が勝ち越しの3ランをレフトスタンドに叩き込んだ。2アウト、ランナーなしの状態から4対1と逆転に成功。最後は抑えのエース・中﨑翔太が失点0点で締めくくって、広島がわずか3安打で4点を取って勝利を収めた。

 この効率の良い攻撃にも広島の強さがよく出ているが、さらに印象に残ったのは、ゲーム後のヒーローインタビューだった。お立ち台に上がったのは、この日の打の立役者、新井と菊池だった。

「家族一丸」で頂点へ

 まずは、新井がタイムリー2塁打の感想を語る。

 「代走のタカシ(上本崇司)が2塁に走ってくれたので、一気に気持ちが高まりました」

 続いてマイクを向けられた菊池は、次のように答えた。

 「(新井のことは)お兄ちゃんにしか見えないです。(球場が)ガラッと、一気に『いってやるぞ』という雰囲気になりました。お兄ちゃんが打ったので弟も打たないといけないプレッシャーがありました」

 あと1勝で日本シリーズ決定。最後に新井が言った。

 「余計なことを考えず、とにかく明日の試合に『家族一丸』で頑張りたいと思います」

 そして、新井と菊池は、お立ち台の上で抱き合って見せたのだ。

 それは笑ってしまうほど大げさな抱擁だったが、私はそのシーンを見ていてなぜか広島の優勝を確信してしまったのだ。

 この予感めいたイメージを論理的に説明するのは難しいことだが、それを感じさせる要因は「兄」「弟」「家族」といった人間関係にまつわる要素だ。

 こうしたことの意味と機能を客観的に考えるために、次のような記事を紹介したい。10月22日の日本経済新聞の朝刊にこんなデータが載っていた。

 セーフティネットという民間の調査会社が手がけたメンタルヘルスケアに関する調査結果だ。働く人を対象に「ストレスが高いグループ」と「それ以外」に分類し、それぞれに「仕事上で困ったときに相談できる人の有無」を尋ねた。すると「相談できる人がいない」と回答した割合は、「高ストレス者」が45%で「それ以外」では15%にとどまったというのだ。

 また記事では「相談できる人の有無」と睡眠時間や残業時間の関係にも触れている。「相談できる人がいる人」は、睡眠時間が長く、残業時間は短い。「相談できる人がいない人」は、睡眠時間が短く、残業時間が長いという傾向にある。相談できる人がいる方が、どうやら仕事の効率も良さそうだ。

 ストレスにはもちろんいろいろな要因があるが、職場においては、何でも相談できる人の有無が、ストレスの高低にも関係している。カープにおける新井貴浩の存在は、まさに何でも相談できる「お兄ちゃん」なのだ。こうしたデータをもって、野球でもストレスの少ないチーム(人間関係)が、仕事同様により成果が上がる……と考えることは乱暴な仮説だろうか。

 古い話になるが、私もこれでもプロ野球の一員だった。その後も取材を通じて多くのチームを見続けている。選手間で「兄」や「弟」のように仲の良い関係はもちろんある。

派閥を乗り越え力を結集

 しかし、それが家族のような関係にまで発展するのは、難しいことだ。理想としては「そうありたい」と願っても、同じポジションの選手ならば、ある意味ではライバル同士だ。高卒組、大卒組、社会人野球出身など、さまざまなグループができることも悪いことではない。同窓生や同じ出身県などでグループが作られることもある。

 世間的な言い方をすれば、野球界にもさまざまな派閥があったりするのだ。それは、どこの職場でも同じことが言えるだろうが、多様な背景と価値観を持っている人たちが集まったときに、それを家族のように束ねることは、実は容易なことではない。

 今シーズンで引退する新井が、たとえ家族と表現してもチーム内には違う意識の選手たちがいる可能性もある。しかし、それでも私がこの発言に感心したのは、カープ内で「兄」や「弟」そして「家族一丸」という言葉が使える環境にあるということだ。そうした意識や感覚がないチームでは、こうした表現を使うことはないだろう。

 勝利を甘い果実に例えれば、家族一丸となって樹木の面倒を見れば、収穫する果実も甘くなる……という非科学的な論理に聞こえるかもしれないが、スポーツにおいては、そうしたことがよく起こるのだ。

 もうひとつ、広島有利の材料を挙げておこう。

 2年前の日本シリーズ。北海道日本ハムファイターズが広島に勝って日本一になった晩、室内練習場で深夜まで一人でバッティング練習をしていたのが鈴木誠也だ。その鈴木は、去年は足の骨折でCSにも出場できなかった。2年越しの雪辱。このシリーズで4番・鈴木の活躍を期待しない訳にはいかない。

 鈴木も新井のことを「兄」と慕う「弟」の一人だ。

 ソフトバンクが勝つとすれば、2位から駆け上がってきた勢いと失うものがない強さが炸裂したときだろう。柳田悠岐やデスパイネには、大暴れの可能性が十分にある。

 広島にとっては怖い相手だが、2年連続で日本一を逃しているチームのモチベーションとケミストリーは、極めて高い状態にあると言えるだろう。甘い果実は、カープが手にする。

 さて、結果やいかに……。

(=一部敬称略)

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