祝・大谷翔平選手、新人王受賞(写真:AP/アフロ)
祝・大谷翔平選手、新人王受賞(写真:AP/アフロ)

 私たちは、今、きっととんでもないものを見ているのだと思う。それは、もちろん喜ばしいこと。もしかすると100年に一度の僥倖(ぎょうこう)なのかもしれない。

 しかし、それをやってのけている青年があまりにも普通に、そしてそれを誰に自慢するでもなく、自分の喜びとして淡々とやってのけているのでその偉大さを忘れてしまうほどだ。

 米大リーグで1年目のシーズンを終えた大谷翔平選手(24歳、ロサンゼルス・エンゼルス)のことだ。

 彼がアメリカン・リーグの新人王を受賞した日本時間11月13日は、朝からテレビとラジオのはしごだった。朝一番で広島の中国放送(RCC)のラジオ番組に電話出演。それが終わるとTBSテレビのビビット。そのまま同じ局のひるおび!に出演。その後は、汐留の日本テレビから情報ライブミヤネ屋に出て、夜は同じく日テレのBSの番組に出演した。もちろんそこでの話題は、大谷翔平選手の新人王獲得についてである。

 大谷を褒めるのは、前述の番組でもう十分に語ってきたので、ここでは彼の成績を記すだけにしておこう。

【投手として】

登板10試合 4勝2敗 防御率3.31

【打者として】

出場104試合 打率2割8分5厘 本塁打22 打点61 盗塁10

 受賞直後のインタビューで彼は言った。 

 「ありがとうございます。1年目に取ったのもうれしいですし、応援してくれた方にとってもうれしいんじゃないかなと思います」

 1年目に取ったのもうれしい……と言っていることから、自身の中では大リーグで活躍するには、もう少し時間がかかると思っていたのかもしれない。また応援してくれた方にとってもうれしいんじゃないか……と、いつも通りの周囲への気遣いである。

 しかし、どことなく心の底からこの受賞を喜んでいる感じがしないのは、私だけの感想だろうか? インタビューの最後に、「投打どちらの数字に満足しているか?」と聞かれ、こんなことも言っている。

 「数字だけ見ればやっぱり打者の方も貢献できていますし。大事な時に投手は抜けてしまったので、そこだけが心残りかなと思います」

 完璧な二刀流を目指す大谷にとっては、肘の故障もあって、決して満足なシーズンだったわけではない。それでも新人王を獲得してしまうのだから、まったく想定外の選手と言えるだろう。

去年だったら受賞できなかった

 災難だったのは、同じア・リーグで大谷と新人王争いをしたニューヨーク・ヤンキースのミゲル・アンドゥハー選手(23歳、ドミニカ出身)だ。彼の残した成績は、以下の通りだ。

■ミゲル・アンドゥハー(ヤンキース内野手)

 出場149試合 打率2割9分7厘 本塁打27 打点92 盗塁2 

 なぜ災難かといえば、ナショナル・リーグで新人王に輝いたアトランタ・ブレーブスのロナルド・アクーニャ選手(20歳、ベネズエラ出身)を上回る成績をあげているからだ。

■ロナルド・アクーニャ(ブレーブス外野手)

 出場111試合 打率2割9分3厘 本塁打26 打点64 盗塁16

 アクーニャにとってラッキーだったのは、大谷がア・リーグにいたことであり、アンドゥハーにとっての不運は、大谷が同じリーグでプレーしていたことだ。

 ただ私がここで言いたいことはそんなことではない。今回新人王になった大谷ですら、もし去年デビューしていたら間違いなく新人王は取れなかったはずだ。なにしろヤンキースのアーロン・ジャッジ選手が新人最多となる52本のホームランをかっ飛ばしていた。ジャッジは、満票で2017年ア・リーグ新人王に輝いている。

 それゆえに新人王と言っても、このタイトルは相対的なものなのだ。大谷がこの受賞をうれしく思いながらも、どこか他人事のようにこれを受け止めているのは、心のどこかにそうした思いがあるからなのだろう。つまり新人王には、運も必要なのだ。

 

 では、大谷の何がすごいのか。何が100年に一度の僥倖なのかと言えば、それはやはり「ベーブ・ルース以来」といわれる二刀流をこの時代に彼が志していることだ。

 新人王の権威を矮小化するつもりではない。しかし、周囲の喜びとは裏腹に、彼はそこを目指して米国に渡った訳ではないのだ。私がこの稿で強調したいのはその点だ。彼のすごさは、残した数字ではない。それを比べるだけでは、相対的なものしか見えてこない。

 彼が目指しているのは、比類なき絶対的な存在だ。

 彼の本当のすごさは、忘れられていた二刀流という快楽を復活させて、それを身をもって楽しんで見せていることだ。新人王がすごいのではなくて、誰もやっていないことを貫いて、周囲の評価を一変させてしまったことだ。

 そもそも大谷の二刀流というチャレンジは、既存のタイトルや価値観を壊す戦いである。そうしたものに縛られないプレースタイルが二刀流だ。

 だから、大谷にとってこれは、「もらえるものはとりあえずもらっておく(通過点)」というくらいのスタンスでいいのだろう。

 大谷翔平の爽やかさと気品のある謙虚さにだまされてはいけない。二刀流とは「野球を通じた世界制覇」の別称である。新人王というタイトルはそのチャレンジャーに似合うアクセサリーであり、野望に対する免罪符でもある。

 私たちが誇るべきは、新人王と取るような選手が日本から生まれたことではなく、絶対無比なスタイルを貫く(大志を抱く)若者が世界に飛び出していったことである。(=一部敬称略)

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