すごいことが起ころうとしている。いや、もう始まったというべきかもしれない。米プロバスケットボールNBAで渡辺雄太選手(24歳、メンフィス・グリズリーズ)が待望のデビューを果たしたのだ。
日本時間10月28日、グリズリーズの本拠地メンフィスで行われたフェニックス・サンズとのゲーム。第4クオーター途中からコートに立った渡辺は、4分31秒間プレーして2得点(フリースロー2本)と2リバウンドを記録。2004年にNBAでプレーした田臥勇太選手(38歳 Bリーグ、リンク栃木ブレックス)に続き日本人2人目の快挙をやってのけた。
試合に4分余り出場しただけで「快挙」は大袈裟だろうという意見もあるだろうが、昔からNBAを追い駆けているファンにとっては、共感してもらえる感想だと思う。
自慢するわけではないが、1990年代は日本のNBAファンに毎晩コアな情報を届けていた。キャスターを務めていたNHKの「BSスポーツニュース」というテレビ番組で、この時期になると連日NBAのニュースを扱っていたからだ。日本人ファンはもちろん、米国人でも憧れるようなスーパースターにインタビューしたりしていた。
パトリック・ユーイング(213cm、ニューヨーク・ニックス)
シャキール・オニール(216cm、オーランド・マジック)
チャールズ・バークレー(198cm、フェニックス・サンズ)
アキーム・オラジュワン(213cm、ヒューストン・ロケッツ)
グラント・ヒル(203cm、デトロイト・ピストンズ)
そして
マイケル・ジョーダン(198cm、シカゴ・ブルズ)
(身長、チーム名は当時)
こうした豪華メンバーに直接話を聞くことができたのは、スポーツキャスター冥利に尽きるが、彼らに会って毎回実感させられることは、NBAで日本人がプレーすることの難しさだった。身長だけで言っても、ほとんどの選手が2メートルオーバーのスケールだ。ジョーダンやバークレーに関しては、190センチ台とNBAでは平均的な身長だが、それでも信じられないほどのジャンプ力や正確なシュート力を有している。ジョーダンは、空気のように軽く飛び上がるので「AIR(エア)」と呼ばれ、バークレーは当たり負けないことから「空飛ぶ冷蔵庫」と呼ばれ、対人プレーが抜群に強かった。
つまりNBAの選手たちは、2メートルを超える身長がありながらも、華麗なドリブルで相手をかわし、対人的なコンタクトプレーにもめっぽう強く、3ポイントシュートもなんなくこなし、12分×4クオーターを毎試合走り回れるスタミナを誇っているのだ。しかもベンチ入りの選手は、精鋭の12人だけだ。
ここに日本人が割って入ることがいかに厳しいか……は、身体性だけでも想像していただけるだろう。
高2で日本代表候補の神童、米留学で開花
田臥勇太もこれまで何度か取材してきたが、彼は身長173センチのポイントガードだ。抜群のクイックネスで相手をかわし、変幻自在のパスを繰り出す稀代のゲームメーカーだ。自分の前にスペースがあれば、瞬時にカットインしてレイアップも決める。田臥も横浜の小学生時代から天才バスケット少年と言われていた選手だが、ある意味では日本人の特性を生かした存在であり、NBAの大男たちと伍して戦うプレースタイルではなかった。
しかし、まるで違う惑星のスポーツかと思われていたNBAに米国的なサイズで挑戦する若者が現れたのだ。しかも、そのプレーは洗練されていて優雅さと強さを併せ持っている。
渡辺選手の身長は2メートル6センチ。左利きで、長身ながらアウトサイドからのシュート(3ポイント)も得意にしている。大学時代には、所属カンファレンスの最優秀守備選手にも選ばれている。
1994年、横浜生まれ。4歳から香川県で育ち、高校はバスケットの名門・尽誠学園に進み、高校2年で日本代表候補にも選ばれている。この時にはシュート力を買われてポイントガードに抜擢されている。彼の才能を大きく開花させたのは、やはり米国の大学に進学したことだろう。在籍したのは、数多くの学者や政治家、実業家を輩出している首都ワシントンの名門ジョージ・ワシントン大学だ。
本人曰く、「馬力やパワーで圧倒される中で、シュート力を磨いて対抗した」。顔立ちや話し方は、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平にそっくり。英語も堪能でスター性も大谷に負けないくらい十分に兼ね備えている。
ただ、冒頭で「すごいことが起ころうとしている」と控えめに書いたのは、まだ正式なNBA契約に至ってないからだ。彼がグリズリーズと結んでいるのは「ツーウエー契約」で最大45日間までNBAでプレーできるというもの。NBAでは最大15人まで出場選手登録ができるのだが、これにツーウエーの選手を2人まで加えられる(合計17人)ことになっている。つまり故障者や不振の選手が出た時のバックアップ的な立場なのだ。
もちろん渡辺も今の状態で満足しているわけではない。
「今日プレーできたことで1歩先に進めた。でも20点差以上リードがあった場面だし、あくまでもスタートラインに立っただけ」
短い時間のプレーが評価されて本契約に至ることもあれば、このまま昇格の機会もなく終わってしまうこともある。
渡辺が抜群のシュート力と的確なディフェンス力を生かしてNBAで本格的にプレーするようになったら、大谷の二刀流同様に日米のスポーツ界に大きなインパクトをもたらすことになるだろう。
若者の特権は、既成の価値観に縛られることなく未知の分野に挑戦できることだ。日本国内に留まれば、人気選手として安定した競技生活を続けることができただろう。しかし、それでも彼は海を渡る。挑戦こそが、何よりも面白いのだ……と!
渡辺雄太が重い扉を開けば、再びのNBAブーム、国内のバスケットボール「Bリーグ」誕生とあいまって空前のバスケットボール人気がやって来るかもしれない。
(=敬称略)
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