ストレス社会を背景に、患者数が年々増加の一途をたどるうつ病。この病の診断は医師が患者の話を聞く「問診」が主軸だ。医師はそのやりとりを基に主観的に診断を下すことになるので、診断名が医師によって異なることも珍しくない。そのため現場では、だれが診断しても結果が一致するような、客観的な診断法の登場が待たれている。

その一つとなり得るのではと注目されているのが、血液検査でうつ病を診断するというまったく新しい検査法だ。川村総合診療院(東京都港区)の川村則行院長らは、うつ病患者では血液中の「リン酸エタノールアミン(PEA)」という物質が低下していることを突き止めた。他の精神疾患との鑑別も可能なので、より正確なうつ病診断ができると期待されている。

「言葉に頼る問診には、どうしても限界がある」

 川村院長は国立精神・神経センター(現・国立精神・神経医療研究センター)に在籍していた2000年頃から、うつ病の新しい診断法に関する研究に着手。うつ病のバイオマーカーになり得る物質の探索に乗り出した。その理由をこう語る。

川村則行(かわむら・のりゆき) 川村総合診療院 院長
川村則行(かわむら・のりゆき) 川村総合診療院 院長
1961年生まれ。東京大学医学部医学科卒業。同大学院博士課程(細菌学)修了。医学博士。国立相模原病院を経て国立精神・神経センター心身症研究室長。独マックス・プランク精神医学研究所、米国立精神衛生研究所(NIMH)留学。2011年に開業。臨床分子精神医学研究所を併設。近著に『うつ病は「田んぼ理論」で治る』(PHP研究所)がある(写真:剣持 悠大)
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 「言葉に頼る問診には、どうしても限界がある。医師と患者との間でコミュニケーションエラーが起こりやすいし、しかも医師は自分の経験則と長年の勘に基づいて主観的に診断を下すため、医師によって診断名が異なったり、時には誤診だったりすることもある。診断が正しくないと、当然、治療はうまくいかない。そこで物質的な指標を用いた客観的な診断法が必要だと考えた。うつ病も糖尿病などの体の病気と同じように血液検査の数値を参考にして診断を下せるようになれば、今よりもずっと正確な診断が可能になる」

 2007年からは、慶應義塾大学先端生命科学研究所の研究成果をもとに生まれた「ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(HMT)」(山形県鶴岡市)と共同研究を始め、バイオマーカー探索にさらなる弾みがついた(関連記事)。HMTには「キャピラリー電気泳動を用いたメタボローム解析法」という独自の画期的な技術があり、水に溶ける代謝物のすべてを網羅的に分析できる。血液中の物質を調べるには格好の技術だったわけだ。

図1●疾患ごとのPEA濃度の比較図
図1●疾患ごとのPEA濃度の比較図
14の診断分類ごとに血中PEA濃度を調べた結果、統計学的な有意差をもって健常者より明らかに低かったのは、「うつ病群」と「うつ病部分寛解群」だった。統合失調症でも低下していたが、診断に使えるほどの有意差ではなかった(出典:川村院長著書『うつ病は「田んぼ理論」で治る』p.224を基にBeyond Healthで作成)
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 そして2009年、うつ病の患者と健常者との間で明らかに濃度が異なる物質が見つかった。それが「リン酸エタノールアミン(PEA)」だ。うつ病では、この物質の血液(血漿)中の濃度が明らかに低下していたのだ。

 図1は、うつ病などの精神疾患のある患者と健常者とで血中のPEA濃度を比較したものだ。「うつ病群」とうつ病が部分的に改善した「うつ病部分寛解群」では、健常者より明らかにPEA濃度が低下していた。「統合失調症でも低下傾向が見られたが、診断に使えるほどの有意差はなかった」と川村院長は言う。