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 エンジンにはできることが、まだまだある――。

 マツダが待望の「スカイアクティブX」ガソリンエンジン搭載車を発売。2019年12月に「マツダ3」、2020年1月に「CX-30」と立て続けに投入した。

 前後して、スカイX搭載車の公道試乗記や技術解説記事が、自動車雑誌やWEB上でにぎわう。世の中が革新的なエンジンに飢えていることを物語る。

マツダ「CX-30」
マツダ「CX-30」
「スカイアクティブX」エンジンの搭載車両を2020年1月に発売した。(出所:マツダ)
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 筆者が驚いたのが、「CX-30」の新聞チラシ。その面積の約半分がエンジンの写真だった。エンジンを大々的に扱う自動車広告は、10年近く見たことがない(たしか10年前も「デミオ」に搭載した「スカイアクティブG」だったように記憶するが)。マツダにとって、スカイXを含めてエンジンがどれだけ大事なのかがよく分かる。

 本コラムでは2回に分けて、スカイXの燃焼技術を公表文献のデータなどを基に、その詳細を解き明かしていきたい。

 本題に入る前に、まずはエンジン技術者にとって夢と言えた「ガソリンHCCI(予混合圧縮着火)燃焼コンセプト」を量産化したマツダの技術者らに大いに敬意を表したい。同じエンジン技術者として、開発に携わった人たちがうらやましい限りだ。

 どこかの会社では、若いエンジン技術者が疲弊している噂が絶えない。一方でマツダのウェブサイトでは、「エンジンにはできることが、まだまだある」と高らかにうたい上げる。思わず「そうだ!」と声に出してしまった。

主に大量EGRストイキ領域、それほど広くないリーン領域

 さて本題。

 スカイXの燃焼コンセプトは、「超高圧縮比による火花点火制御圧縮着火:SPCCI(Spark Controlled Compression Ignition)」である。欧州仕様の圧縮比は16.3(95RONのハイオク燃料)で、日本仕様の圧縮比は15.0(ハイオク燃料とレギュラー燃料)となる。

スカイアクティブX
スカイアクティブX
2019年12月から「マツダ3」で搭載車を発売した。(出所:マツダ)
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 運転状態によって、3種類の燃焼形態(燃焼モード)を巧みに切り替える。第1は一般的な燃焼で、理論空燃比(ストイキオメトリー、λ=1)の混合気による火花点火の火炎伝播(でんぱ)燃焼(以下、通常ストイキ)である。

 第2は、理論空燃比の混合気に最大35%の大量EGR(排ガス再循環)を加えたSPCCI燃焼(以下、EGRストイキSPCCI)。第3が、λ=2以上の希薄な(リーン)混合気としたSPCCI燃焼(以下、リーンSPCCI)である。

 3種類の燃焼モードの切り替えは、基本的に温度条件とエンジン運転領域の組み合わせで制御される。温度条件は、吸気温度と燃焼室壁温度で決まる。ガソリン燃料は軽油(ディーゼル車用)と異なり圧縮着火しにくいため、混合気を高温状態にする必要がある。

 スカイXの中核と言えるリーンSPCCIは、吸気温度で約20℃以上、かつ燃焼室壁温度で約80℃以上で運転される。吸気温度は可変吸気ダクト、燃焼室壁温度は冷却水温度制御システムで調整されるようだ。

運転条件によって3種類の燃焼を切り替える
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運転条件によって3種類の燃焼を切り替える
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運転条件によって3種類の燃焼を切り替える
マツダが公表している運転条件のマップは大きく2つある。燃焼室壁温度と吸気温度、エンジン負荷と回転数である。マツダの資料を基に日経クロステックが作成。

 リーンSPCCIのエンジン運転領域を回転数と負荷のマップでみると、回転数は約1200~3500rpm、負荷は回転数によるが約10~40%の範囲のようだ。この領域でさきほどの温度条件を満たせば、夢の技術とされた「HCCI」の考えに基づいた燃焼領域となり、最も燃費性能を高められる。

 資料のデータが正しければ、それほど広い領域ではないように感じる。

 次に通常ストイキは、吸気温度が約-15℃以下、または冷却水温度が約10℃以下で実施されるようだ。回転数はアイドル運転近辺(1000rpm以下)と約5000rpm以上で、負荷はフルスロットル近傍領域以上に設定したもようである。

 つまり、リーンSPCCIと通常ストイキの運転範囲は割と狭く、大半の領域でEGRストイキSPCCIを採用したというわけだ。