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 2021年10月に始まったドラマ「日本沈没―希望のひと―」(TBS系)の視聴率が好調だそうだ。SF好きの筆者も、録画して見ている。本家である故小松左京氏の『日本沈没』はもちろん、そのパロディーである筒井康隆氏の『日本以外全部沈没』も、これまでに何度か読み返している。そこそこ思い入れのある作品なのだ。

 ネタバレになるので詳細は書かないが、ドラマの舞台は23年の東京。俳優の小栗旬氏が演じる環境省の官僚が、日本沈没という国家の危機に立ち向かう内容だ。政治家が主人公だった映画「シン・ゴジラ」(16年)の影響を受けている印象。正直に言って、ドラマの出来に満足しているわけではないが、地球温暖化対策を推進する環境省の官僚を主人公に据え、地殻変動に気候変動というテーマを絡めて時事性を出そうと苦労したことは伝わってくる。

 ドラマでは、日本沈没に先立って関東沈没が起こることになっており、東京都などが豪快に水没するシミュレーションなども出てくる。このような劇中の演出、昔は「おお、すごい。我が家も沈む」などと軽口をたたきながら眺めることができたが、東日本大震災の津波や西日本豪雨、東日本台風などの取材で目の当たりにした光景が脳裏に浮かび、娯楽作品とはいえ手放しで楽しめなくなった。この日もテレビの画面を前に、考え込んでしまった。

 というのも、日本沈没や関東沈没はともかく「東京水没」は水害によって実際に起こり得るシナリオなのだ。しかも、水害のリスクは気候変動の影響で、今後さらに高まっていくと考えられる。国土交通省の試算では、平均気温が2度上昇した場合、洪水の発生頻度は約2倍になる。日本沈没では、海中に沈んだ国土がそのまま失われるのだろうから、しばらくすると水が引く河川の氾濫などとは比較にならないかもしれないが、水害が現代社会を揺るがすリアルな脅威であることに変わりはない。

国土交通省が制作したドキュメンタリー動画「荒川氾濫」のワンシーン(資料:国土交通省荒川下流河川事務所/NHK)
国土交通省が制作したドキュメンタリー動画「荒川氾濫」のワンシーン(資料:国土交通省荒川下流河川事務所/NHK)
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 東京水没をもたらしかねない災害として比較的よく知られているのは、荒川の決壊による水害だろう。国交省が制作した「荒川氾濫」というドキュメンタリー動画では、上流域で3日間に500ミリ超の大雨が降り、東京都北区で堤防が決壊した結果、水に漬かってしまった銀座やJR東京駅前などが描かれる。動画では、荒川氾濫による想定死者数を約4100人、浸水戸数を約51万戸としている。

 19年10月の東日本台風では、荒川の水位が戦後3番目の7.17mまで上昇。堤防を越えるまでに余裕はあったものの、避難指示の目安となる氾濫危険水位に迫る勢いだった。ちょうど最高水位に達したころ、隅田川との分岐点に設けられている岩淵水門の上流側で取材していた筆者は、東京水没が間近に迫っていたことに驚きつつ、夢中でシャッターを切ったことを覚えている。

 突然だが、ここでクイズを1問。荒川の氾濫以外で、東京水没をもたらしかねない災害は? 「津波だ」と思った人は残念ながら不正解だ。

2019年10月の東日本台風で、荒川の水位は戦後3番目の7.17mまで上昇した。19年10月13日撮影(写真:日経アーキテクチュア)
2019年10月の東日本台風で、荒川の水位は戦後3番目の7.17mまで上昇した。19年10月13日撮影(写真:日経アーキテクチュア)
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