リテール業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を阻む要因の1つが、データ活用に携わる人材不足だ。データサイエンティストの育成や雇用に対応できる大手企業は限られている。多くの企業にとって個社対応が難しい、データサイエンティスト育成の課題を解決するべく、DX推進を目指す業界団体「リテールAI研究会」がスタートさせたのが「リテールAI検定」である。2018年に開始し、すでに受講者数は900名以上に及ぶ。実践を重視し、日本のリテール業界におけるデータ活用人材の底上げを図る。その特徴と真価について、キーパーソンと受講者に話を聞いた。

個社対応が難しいデータサイエンティストの育成問題を解決

一般社団法人リテールAI研究会
テクノロジーアドバイザー
今村 修一郎 氏

コロナ禍で1年半以上、社会活動の制限を受けてきた人々は、コロナ後に時間を取り戻すかのように一気に動き出すだろう。リアルな体験を求める消費者にとって、実店舗でのショッピングは大きな楽しみの1つとなる。リテール業界は、消費者のリアル店舗への回帰というビジネスチャンスをどう活かしていくか。重要な視点となるのが、コロナ後に来店する顧客は、以前の顧客とは意識が異なっているということだ。オンラインショッピングの利便性やパーソナライゼーション、品ぞろえなどに慣れた消費者が、リアル店舗に求める価値を提供できた企業に勝機は訪れる。チャンスを掴むためには、DXを加速し、データ活用を推進することが必要だ。

日本のリテール業界におけるDXは、一筋縄ではいかない構造的な問題を抱えていると、一般社団法人 リテールAI研究会 テクノロジーアドバイザーの今村修一郎氏は指摘する。「日本のリテール業界は、事業者の数が非常に多いのです。食品メーカーは3.5万社、化粧品メーカー・日用品メーカーは7,000社、小売業もアメリカに比べると1人当たりの小売店数が4倍あるといわれています。小規模企業が大きな割合を占めているため、DXを一気に進めるのは難しいのが現状です。未だに電話やFAXで注文が行われているケースもあります。逆転の発想に立てば、ITやデータの活用による伸びしろは非常に大きいといえるでしょう」

DXは目的ではなく手段に過ぎない。大事なのは、いかにリテールビジネスにデータを活用していくか。「問題は、リテール業界において自社でデータサイエンティストの育成や雇用に対して投資できる大手企業は限られているということです」

リテール業界のデータ活用に関わる人材不足という課題を解決するために、2018年にスタートしたのが、リテールAI研究会によるリテールAI検定だ。リテールAI研究会は、メーカー、卸、小売、物流が連携してリテール業界のDX推進、AIなどデジタル技術の活用推進を目指して2017年に設立された。現在、リテール関連企業も含め250社以上が参画し、大手もメンバーに名を連ねている。その役割について今村氏は説明する。「設立1年目の活動の中心はセミナーでした。2年目に、情報のインプットから人材を育成するユースケースを提供するアウトプットに軸足を大きく移しました。データを活用できる人材を育てていかないと、DXが前に進まないからです。個社対応が難しいのなら、業界全体で人材育成に取り組むべく、そのための仕組みとして低コストで、なおかつ実践を重視したリテールAI検定を作成しました」

リテールAI検定は、リテール業界におけるデータ活用人材の底上げを図る

リテール業界に特化したデータサイエンティストを育成

株式会社キカガク
取締役副社長
西沢 衛 氏

2018年に、スマートフォンとAIやセンサーなどを活用し、レジなしで決済できるAmazon Goが注目を集めた。リテール業界でもAIに対する関心は高まったが、実際にリテールビジネスの中にAIをどう組み込むことができるのか、多くの企業ではまだ具体策が見えていない状況だった。「リテールビジネスにAIをいかに活かしていくかを考えるだけでなく、データ活用を業務で実践できる人材を育成することが、リテールAI検定のコンセプトです」(今村氏)

リテールAI検定のコンセプトや基礎をつくった今村氏は、P&Gジャパンで営業やマーケティングを経て、ビックデータ分析や機械学習関連を行うデータサイエンティスト部門長として従事した経験を有する。「実際のビジネスにAIを活用する場合、データサイエンティストがAIを使って棚割りの最適化や商品販売予測、商品レコメンドなどを予測して終わりではなく、現場部門と一緒に検証し、その結果をもとに推論・予測・検証を繰り返すことが必要です。その際、課題となるのが、データサイエンティストと現場部門では専門領域が異なるため、知識も言葉も異なっているということです」と今村氏は話し、こう続ける。

「両者をつなぐためには、AIの基礎知識と業務知識の両方を有する人材が必要です。現場の言葉をAIの言葉に翻訳できる人材の育成を目指すのが、リテールAI検定ブロンズクラスです。営業やマーケティングなどの業務部門から、すでに800名以上が受講しています」

一方、リテール業界で懸案となっているデータサイエンティストの育成を目的とするのが、リテールAI検定シルバークラスである。カリキュラムは、AIを始めとする先端領域の研修授業を行う教育事業者のキカガクが作成した。一般的なデータサイエンティストのスキルセットとは異なる設計になっていると、キカガク 取締役副社長 西沢衛氏は話す。「現場でデータを活用し実践できることにフォーカスしてスキルを取捨選択し、リテール業界に即した必要不可欠な内容で構成されています。今村さんからは、リテール業界のDXを進めるために、データ活用の観点で求められる人材像を考えたとき、F1ドライバーのように最先端を走るデータサイエンティストではなく、実際にクルマを運転し目的地に届けるタクシードライバーが必要になると、方向性の提示がありました」

キリンホールディングス株式会社
ブランド戦略部
マーケットインサイト室
横山 圭 氏

第1回目のリテールAI検定を受講したキリンホールディングス ブランド戦略部 マーケットインサイト室の横山圭氏は受講理由をこう話す。「当社のお取り引き先である小売企業様から、ポイントカードを活用し顧客情報を入手できるID-POSのデータを分析し、改善点などを提案してほしいとのご依頼がありました。ウォルマートやアマゾンなど最先端のデジタル技術の活用に刺激を受け、小売企業様でもデータを活用したいという機運が高まっています。社内リソースでやりきれないカテゴリーの深堀などについて、メーカーにお声がけいただくケースが増えています。小売企業様の期待に応えるべく、機械学習に関する知識とスキルを身に付けるために、リテールAI検定のシルバークラスを受講しました」

環境構築が必要なく、すぐに研修が受けられる

リテールAI検定シルバークラスでは、予習動画による事前学習、講師が行うリモートセミナーによるハンズオン、実施計画レポートの提出を伴う認定試験に向けての実習の3つのプロセスを踏む。オンラインで完結するため受講しやすい点もメリットだ。すでに100名以上が受講し認定を受けている。

データ分析を学ぶだけでなく、業務でデータを活用する実施計画レポートの提出が認定条件となる。

AIを使ったデータ分析の進め方などを学ぶハンズオンに参加したキリンホールディングスの横山氏は、研修の受けやすさも評価する。「リテールAI検定の研修基盤には、Apache Sparkベースの分析プラットフォームAzure Databricksが採用されています。研修に際して環境構築の必要がなく、すぐに研修を受けられることに驚きました。通常、AIを活用する場合にはデータベースの構築やソフトウェアのインストール、パソコンの設定など環境構築に1日は要すると思います」

今村氏もこう付け加える。「仮想環境を立ち上げ、データを読み込んで、データを操作し機械学習にかけてアウトプットするまでブラウザ1つで完結する、この使いやすさは大きなアドバンテージです。また一般的に、機械学習を行う際にはデータを一度ディスクに書き込む手間が必要となるのですが、Azure Databricksはメモリ上で処理できるため、効率的に作業が行えます」

西沢氏は、研修による学習効果の観点から、機械学習開発の自動化を図るDatabricks AutoMLを評価する。「Databricks AutoMLは、ベースラインとなる機械学習モデルと、コードや実行計画が記述されたノートブックが自動的に生成されます。モデルとノートブックは、初心者にとってお手本となります」

ハンズオン後の実習において、受講者はAzure Databricksのデータ分析環境を使って、データ分析から課題を発見し、AIを活用しその解決策の考案に取り組む。より実践的な学習のために、自社データで実習する受講者も多いという。「データ分析を学ぶだけではなく活用まで一気通貫で体感できるプログラムになっているのが、リテールAI検定の特徴です」(西沢氏)

リテールAI検定の受講者が活躍するシーンも広がっている。横山氏は、スキルが社内で認められ、同氏をリーダーとするデータサイエンスチームが立ち上がった。「データサイエンスチームでは、小売企業様からお預かりしたID-POSデータの分析と自社ECの販売データ分析を行っています。今後、人材育成の観点からチームメンバーもリテールAI検定の受講を検討中です」

リテールAI検定は、リテールビジネスの変革に繫がると今村氏は強調する。「リテール業界におけるデータ活用の重要性は、データを通じて消費者と向き合うことができる点にあります。デジタル時代のリテールビジネスは、消費者の反応を見て商品開発の方向性や店舗戦略をスピーディに変えることが求められるからです。また、リテールビジネスに関わる人材の増加も大切です。リテールAI検定には、リテール業界以外の人も受講し始めています。リテール業界の活性化も、これからは重要なテーマとなります。さらに、機械学習のビジネスへの応用を目的とするディープラーニング・ラボや、日本ディープラーニング協会(JDLA)などAI関連組織との連携も行っています」

今後、リテールAI検定シルバークラスのグレードアップを図る予定だと今村氏は明かす。「トライアルホールディングスさんが福岡に創っているリテールAI開発拠点「リモートワークタウン ムスブ宮若」の中で、実店舗を使った研修による検定を計画しています。実店舗からあがってくるデータで機械学習を行い、課題の抽出や仮説の検証を実施し、その結果をもとに店舗を改善し成果を確認するといった内容を考えています」

日本のリテール業界におけるデータ活用人材の底上げを図るリテールAI検定。検定の受講者が、業務に戻り身に付けたAIのスキルを駆使し活躍することで、真の意味でDXが大きく動き出す。

リテールAI検定

https://r-kentei.com/

※本コンテンツは対談コンテンツで各出演者の発言をそのまま掲載しており、本文内で使用されている
AI・機械学習に関する用語の厳密な使い分けはされておりませんのでご留意ください。

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