スウェーデンのカロリンスカ研究所の科学者たちが、脳オルガノイド(実験室で培養した小型の脳組織)に新型コロナウイルスを感染させたところ、神経細胞(ニューロン)間の結合部である「シナプス」の破壊が促進されることが分かった。2022年10月5日付けで学術誌「Molecular Psychiatry」に発表された。
この発見は、新型コロナウイルスがどのようにして中枢神経系に侵入し、病気を引き起こすかについての理解をさらに深めるものだ。ここ2年間で、新型コロナからの回復後も長く持続する神経と行動の問題が報告されてきた。その一つに、頭の中に霧がかかったようになる「ブレインフォグ」という症状がある。ブレインフォグは、(人、時間、場所が分からなくなる)見当識障害、記憶喪失、慢性頭痛、しびれを引き起こし、新型コロナ後遺症患者の40%近くが苦しめられている。
カロリンスカ研究所に所属する精神科医で細胞生物学者のカール・セルグレン氏の研究チームは、新型コロナウイルスが脳に及ぼす影響と、それが上記のような神経症状を説明できるかどうかを調べるため、脳オルガノイドを用いることにした。
その結果、ニューロン同士をつなぐシナプスが過剰に刈り込まれることが、新型コロナ後遺症患者のブレインフォグを引き起こしている可能性があるとの結論が出た。「おそらくこのことは、新型コロナから回復してしばらく経過しても様々な神経症状がみられる理由の一つかもしれません」と、カロリンスカ研究所の博士研究員で、この研究を主導したサムディアタ氏は言う。
セルグレン氏の研究室の神経科学者で論文共著者のアナ・オゾーリオ・オリベイラ氏は、「ごくわずかな量のウイルスが脳オルガノイド内で急速に広がり、極めて多くのシナプスが除去されたことは実に衝撃的でした」と話す。
「この研究は、私たちの研究や他のいくつかの研究と合致します」と、英ケンブリッジにあるMRC分子生物学研究所の神経生物学者マデリン・ランカスター氏は言う。同じく脳オルガノイドを用いた氏の研究では、新型コロナウイルスは脳の血液脳関門(血液中から脳内への物質移動を制限する障壁)を傷つけることが明らかになっている。この障壁が破られると、病原体や異常な免疫細胞、炎症性物質が、脳脊髄液や脳に入り込む可能性がある。
学習にはシナプスの刈り込みが不可欠
脳は密集した神経細胞のダイナミックなネットワークでできており、神経細胞は末端部の「シナプス」を介してコミュニケーションをとっている。そのシナプスは、人間が学習するにつれて変化する。「シナプスは基本的に、神経細胞同士が会話し、脳のある部分から別の部分へ情報が伝達される仕組みを担っています」とランカスター氏は説明する。
シナプスは、記憶や運動制御、感情など脳の全ての機能に関わっており、接続のしかたが常に変化している。「私たちはそのようにして学んでいるのです」と氏は言う。
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