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 終電の時刻が過ぎ、大多数の人が家路に就いた深夜1時。JR東日本の駅や線路で、作業着に身を包んだ人たちが一斉に動き出した。鉄道の夜間工事である。駅舎の増改築や線路の補修、切り替えなど、毎晩どこかで鉄道工事が行われている。

 中でも都心の鉄道夜間工事は頻繁で、かつ大忙しだ。最終電車が出発し、朝の始発電車が走り出すまでのわずか3時間ほどしか時間がないのが実情である。

 深夜1~4時の3時間が勝負──。鉄道工事は夜間に実施するだけでも大変なのに、時間の制約が非常に厳しい。3時間以内に、駅や線路に持ち込む工事機器や資材の準備から最後の片付けまで、全てを済まさなくてはならない。

 要は、工事を始めた3時間前の状態に、(工事をした部分以外は)原則として現場が元に戻っていなければならないのだ。物の置き忘れなどは厳禁である。始発電車が走り出せば、列車事故につながりかねない。視界が悪い夜間作業でありながら、工事の撤収まで気を抜けない緊張の3時間である。

 分かりやすい例を挙げると、下の写真のように工事現場を照らすライトの設置・回収業務がある。工事は安全第一なので、明るさの確保は不可欠だ。それだけでなく、駅や線路の「ここまでは進んでよい」「これ以上は立ち入ってはいけない」を示す境界としてのライト(保安機器)が暗闇には必須になる。

線路に並べた保安機器。工事終了の午前4時には全て撤収されていなければならない。忘れると事故につながる可能性がある(写真:MODE)
線路に並べた保安機器。工事終了の午前4時には全て撤収されていなければならない。忘れると事故につながる可能性がある(写真:MODE)
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 こうした機器をこれまでは人海戦術で急ぎ回収し、取り忘れがないかを目視でチェックしていた。それにはある種の経験やコツが必要になる。

 だが現場の人手不足は、建設現場も鉄道工事現場も同じだ。ベテランの作業者は減っている。今後は少しでも効率よく、かつ、1つも見逃さずに撤収できる仕組みの確立が急務である。

 JR東日本は、米国に本社を置くスタートアップ企業のMODE(モード)と組み、夜間の鉄道工事現場をDX(デジタルトランスフォーメーション)する実験を、2022年前半に約3カ月間実施した。場所は、都内にあるJR浜松町駅周辺の線路である。

 今回のデジタル活用(デジカツ)の舞台である浜松町駅は、山手線や京浜東北線が乗り入れるターミナル駅だ。周辺の線路は複雑である。私自身が鉄道夜間工事の現場に立ち入ることはできなかったが、後日、JR東日本とMODEの担当者から謎に包まれた夜間工事の話を聞くことができた。

JR浜松町駅周辺での鉄道夜間工事の様子(写真:MODE)
JR浜松町駅周辺での鉄道夜間工事の様子(写真:MODE)
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 現場にもよるが、わずか3時間の深夜作業に100人以上が集結することもある。線路の上を走れる「軌陸(きりく)車」は、10台以上投入されたりする。特殊な工事機材などを含めて、大勢の作業者や車両が時に非常に狭い範囲を動き回り、短時間で集中的に作業を遂行する。過酷な現場だ。

線路と一般道を両方走れる特殊な車輪を備えた軌陸車(写真:MODE)
線路と一般道を両方走れる特殊な車輪を備えた軌陸車(写真:MODE)
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鉄道夜間工事で使う保安機器の1つ。置き忘れは許されない(写真:MODE)
鉄道夜間工事で使う保安機器の1つ。置き忘れは許されない(写真:MODE)
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 実験に参加したJR東日本建設工事部鉄道工事マネジメント推進プロジェクトの大西一陽氏は、「見通しが利かない夜間でも、作業者や車両、重機、機器類が今どこで動いているのかを一目で分かるようにしたい」と話す。

 そこでMODEと構築したのが、工事現場を上空から俯瞰(ふかん)したような見える化の仕組みである。人や物の動きに合わせて、リアルタイムの位置が分かる。

 鉄道工事は昼夜に関係なく、線路を封鎖する社内手続きを踏んだうえで保安計画を立て、工事の範囲を厳守する必要がある。間違って作業者が封鎖エリアを越えてしまったら、大変だ。その予防にも見える化の仕組みは役立つ。

作業者がどこにいて、車両や重機、機器類がどこにあるのかを示した管理画面。右側に表示された「作」「短」「灯」とはそれぞれ、「作業者」「短絡器(線路向けの機器)」「回転灯」の数を示す。立ち入り禁止の場所にいる作業者や、撤去を忘れている機器があっても、これならすぐに気が付ける(資料:MODE)
作業者がどこにいて、車両や重機、機器類がどこにあるのかを示した管理画面。右側に表示された「作」「短」「灯」とはそれぞれ、「作業者」「短絡器(線路向けの機器)」「回転灯」の数を示す。立ち入り禁止の場所にいる作業者や、撤去を忘れている機器があっても、これならすぐに気が付ける(資料:MODE)
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