全2122文字

 ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)の電気自動車(EV)「ID.3」を購入して独自に分析・分解する特集「VW本気のEV『ID.3』徹底分解」。実車確認を済ませ、いよいよ分解に取り掛かる。

 分解記事の第1弾となる今回は、EVの心臓部であるリチウムイオン電池パックである(動画)。EV専用の新プラットフォーム(PF)に備えた拡張性の工夫や、米Tesla(テスラ)のEVとの違いなどが明らかになった。

動画 リチウムイオン電池パックを外した様子
車体と電池パックを固定するねじや高電圧ケーブルなどを外し、専用のリフターを使って電池パックを下ろした。分解は新潟国際自動車大学校(通称GIA)で実施した。(撮影:日経Automotive)

不自然な空間が必要だったワケ

 「あれ、空っぽだ」――。分解を担当した整備技術者の声が響く。後輪側の底面にねじ止めされた黒色の金属カバーを外したときだ(図1)。部品をパズルのように隙間なく配置するという車両開発の常識からかけ離れた、不自然な空間がそこにあった。存在するのは、電池パックと電動アクスルをつなぐ高電圧ケーブルだけだ(図2)。

図1 後輪側の底面に黒色の金属カバー
図1 後輪側の底面に黒色の金属カバー
固定用のねじを取り、カバーを外そうとしているところ。(撮影:日経Automotive)
[画像のクリックで拡大表示]
図2 後輪側に不自然な空間
図2 後輪側に不自然な空間
モーターやインバーターなどを一体化した電動アクスルと電池パックの間にあった。(撮影:日経Automotive)
[画像のクリックで拡大表示]

 VWは、ID.3から導入を始めたEV専用PF「MEB(英語名:Modular electric drive matrix、ドイツ語名:Modularen E-Antriebs-Baukasten)」の特徴の1つとして、部品配置を工夫することで広い車内空間を実現したことを挙げる。車室内を広くするのであれば、この空間は何らかの部品で埋めるべきだ。

 それでもVWがこの不自然な空間をあえて残したのには理由がある。さまざまな容量の電池に対応できるようにする拡張性を備えるためだ。幅広い電池容量に対応させたMEBを、小型車からSUV(多目的スポーツ車)、商用バンまで使用する構想がある。

 ID.3には、45kWhと58kWh、77kWhの3種類の電池容量がある。分解プロジェクトチームが購入したのは、中間の58kWhのモデルである。77kWhのモデルであれば、黒い金属カバーで閉じられていた空間を埋める大容量の電池パックを使えばいい。小容量の45kWhのモデルの場合は、58kWh品と同じ電池パックのケースを使い、内部の電池モジュールを減らすようだ。

 ID.3から取り外した電池パックの質量は374.5kgで、寸法は長さ1370×幅1450×高さ125mmだった(図3)。電池パックに刻印されていた電圧は396Vで、電流容量は156Ah。電力容量は62kWhと記されており、カタログ値とは4kWh分の差異があった。電池パックは水冷式で、前輪側に冷却水を循環させる接続部がある。

図3 ID.3の電池パック
図3 ID.3の電池パック
写真右が前輪側。質量は374.5kgで、寸法は長さ1370×幅1450×高さ125mm。(撮影:日経Automotive)
[画像のクリックで拡大表示]

テスラとの3つの違い

 「テスラより断然に楽でしたね」。電池パックを車体から取り外したところで、分解担当の整備技術者の頬が緩んだ。今回のメンバーの多くは2019年に実施したテスラ「モデル3」分解プロジェクトの経験者で、電池パックの取り外しに四苦八苦した。

 分解の工程や取り外した電池パックの構造から、テスラとの設計思想の違いが浮かび上がってきた。具体的には、(1)大量生産のしやすさ、(2)電池パックの保護、(3)部品調達の方針――の3つである。